ジャドウは俺の修行の邪魔をする
俺が地球に赴いてから数億年の年月が経つ。
人間のガキ共は相変わらず成長していない。
否、少しは成長しているかもしれないがクソガキの度合いが目立つので、俺が往生させることで奴らを地獄に送って魂のステージの上昇を目指している。
だが、どれほど地獄へ往生させようと奴らは反省も何もなく湧き出してくる。
まるでアリだ。
往生させ続けてもキリがない。俺――不動仁王の『怒りをもって人を救いに導く』方針は正しいのか、いささかながら疑問を覚えてきたところだ。
怒りをもって武力を振るい、痛みを通して骨の髄まで反省させ改心へと導く。
『愛をもって人を救いに導く』カイザーよりは厳しく、『悪をもって人を救いに導く』ジャドウよりは甘い自覚はある。
両極端ではなく中庸の立ち位置に俺はいる。
中途半端という見方もあるだろうが、これが俺にはあっているような気もしている。
それに数億年も同じ生き方を続けてきたのだから、今更変えようとは思わない。
自分から変えるつもりはないが少しながら疑問を抱くようになったのは、弟子の存在が大きい。
俺の弟子、闇野美琴は全ての点でスター流では異質の存在だ。
いきなりスター流に入門し、俺の弟子になった。
普段は泣き虫で頼りない天然で女のガキだが、格闘に関しては天賦の才がある。
入門時点で俺とほぼ互角だったのだから恐ろしい。
数億年もの鍛錬を重ねた俺がわずか二十一歳のガキに追い詰められる。
それほどまでに美琴の才能は圧倒的だ。
田舎の高校を出たということと、生まれながら超人であったことぐらいしか出自はわからず未だに謎に包まれている。
なぜこれほどの逸材に俺の師が気づかなかったのか?
半ば隠居で感知能力が鈍ったか、それともあえて放置していたのか……
美琴に関しては不用意に詮索しない方がいいような気もする。
師と側近が何やら隠している予感が――
「ほほう。吾輩を呼びましたかな?」
噂をすれば影という奴だ。舌打ちが出る。
ジャドウ=グレイ。俺の師、スター=アーナツメルツの側近で最初の弟子。
銀髪のオールバック口髭。黒い瞳の枯れ木のような老人だ。
暗躍や謀はジャドウの得意分野だが、その能力をスターの繁栄のためにしか使わない。
味方になれば心強いだろうが、残念ながらジャドウが仲間のために働いたことはない。
仲間の足を引っ張り戦力低下させることに関しては右に出るものはいないだろう。
数億年来の付き合いになるが、いい加減に往生させてやりたい。
なぜ、スターはこの男を重宝するのか理解できん。
白い軍服姿に凝りだして二百年以上になるが、同じ服装は停滞の証拠だ。
「吾輩は同じ服を何着もありますからな。常に上半身裸のお前に言われるのは心外ですな」
「これが俺の戦闘服でな」
「どうやら愚者にしか見ることのできない服のようですな。
吾輩はお前と頭の出来が違うようで、服の繊維さえも目視することができませんな」
大仰な喋り方はいつ聞いても腹が立つ。
早く失せろ修行の邪魔だ――と言いかけた俺にジャドウが顔を近づけ問うた。
「美琴のことをどう思うか、だと?」
「左様。率直な意見を聞かせていただきたい」
「俺は奴を弟子としか思っていないがそれがどうかしたか」
「仮に美琴がお前に師弟関係や友情以外の感情を抱いていたらと思いましてな」
「美琴が俺に恋をしていると? お前にしては面白い冗談だ」
「仮定の話だとして、想いを伝えられたらどう対処する?」
「わからん。想像もできん」
「フフフフフ。それだけ聞けば結構。では失敬しよう」
ジャドウは瞬間移動で姿を消してしまった。
我々スター流メンバーはテレポートを体得しており、どれほど遠くの惑星だろうが一瞬にして移動することができる。
代わりに体力の消耗が激しいので多用を避けているのだが、ジャドウほどの使い手になると息を吸うように行う。
逃走にこれ以上ないほど便利な能力だからか、重要な局面で奴とスターはこれで撤退する。
そして大迷惑をこうむるのはいつも俺たちだ。
奴が逃げたあとは決まってロクなことにはならないが、この日もまさにそうだった。