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おちゃらけちゃんとコミュ障ちゃん

作者: 冬木アルマ

「はい、三話分の原稿。あとで確認ヨロ」


「ん、確かに」


 今日も相棒に原稿を手渡し、任務完了。なかなかハードだった作業に、無事一区切りつけることができた。


 あたしはいつもの酒を注文すると、相棒と他愛ない世間話や仕事の打ち合わせを始める。月に三度ある、ちょっぴり心躍る集会日。相棒は変わらずそっけなく、けれでもあたしの言うことにちゃんと反応してくれる。ツンデレ気質の可愛い女の子だ。


 相棒こと「コミュ障」は、誰もが認める最高のイラストレーターだ。常に相手の希望に応える絵を描き、何ならそれ以上のもので仕上げてきてしまう。今や界隈に属する者で、彼女を知らぬ者は存在しない。それくらい、人気絶頂中の絵師なのだ。


 まさしく()()。誰もが認める()()の創作者である。あたしとは違う。


 思えば彼女との出会いは高校生の時。当時のあたしはクラスに馴染めずによく虐められていた。その時、虐めから助けてくれたのが当時隣の席だったコミュ障ちゃんだった。

 正直意外だった。彼女は今と変わらず、誰とも関わりを持とうとしなかった。席についてひたすら絵を描いていた。クラスメイトが話しかけても一切無視。それどろか、ドスのきいた声で「邪魔、消えろ」とまで言い放った。そんな感じなので、彼女には誰も近寄ろうとしなかったのだ。


 だから、彼女が虐めグループを追い払ってくれた時、思わず「どうして」と尋ねてしまった。今思えば失礼な態度である。まず何よりも「ありがとう」と礼を伝えるべきだった。


 コミュ障ちゃんはあたしをしばらくジッと見下ろすと、こう言い放った。


『別に、ムカついていただけだ。山猿みたいにうるさいあいつらにも、狸みたいに縮こまってるお前にも』


 静かだけど力強く、そして美形に相応しい澄んだ声。なにかが、あたしの心を鷲掴みにした。


『やるならよそでやってほしいものだ。わたしの隣は今後勘弁願いたい。お前、あいつらを連れて屋上にでも行ってくれよ』


『……できると思う?』


『無理だろうな。はぁ、疲れる……』


『じゃあ、さ。あたしと友達になってよ』


『はぁ? 何で……』


『だってさ、あなたといるとあの子達も近づいてこない気がするから』


『わたしは番犬か何かか? お断りだ』


『おーねーがーいー、友達になってー、あと絵見せてー』


『やめろ、近づくな! おい、ばか!』


 などと言い争いを続け、最終的にはコミュ障ちゃんが折れる形で、あたし達は友達となることができた。まあ、コミュ障ちゃんの方はあたしを友達と思ってるかは微妙だけどね。


 コミュ障ちゃんは基本的に他人と関わらない。煩わしいとか、他人が嫌いとか、色んな理由があると思う。


『嫌なんだ、他人に時間を奪われるのが。わたし達の時間は有限なんだ。他人と無駄話している暇はない』


 前にコミュ障ちゃんはこんな風に格好つけていたけど、要は面倒くさいだけなんだ。どこまでも自分本位、自分優先ってだけなのだろう。


 その割にはコミュ障ちゃん、他人と話す時はしっかりと受け答えができている。何ならアドバイスまでしちゃうくらいだ。意外と他人のことをしっかり見ているのである。


 ほんと、今すぐ改名したほうがいいと思う、そのペンネーム。


 ☆☆☆


「――――んでさ! ここでヒロインがバーンと爆発して死んじゃうってのどうかな!?」


「さすがに急過ぎるだろ、残酷だし」


「う~ん、だめかぁ……案外アリな気がするんだけどなぁ」


 原稿を渡した後、コミュ障ちゃんとあたしは酒を飲みながら、今後の展開について打ち合わせをする。コミュ障ちゃんは嫌がることなく、最後まできちんと付き合ってくれるのだ。


 あたしが思いついたことをとにかく案として示し、コミュ障ちゃんが適宜ツッコミを入れながら修正案を示す。こうして、あたし達の物語は作られていくのだ。


 この修正案が、物語作りに大いに役立っている。あたし自身、一人だと煮詰まってしまうことが多いので、コミュ障ちゃんのように理性的な人の意見が入るとうまくまとまりやすくなる。


 あたしにとって物語作りは、いわば一縷の望みだ。あたしがこの世界を生きていくうえで、生きる意味にしたい、死ぬまで続けていきたいと思えるものである。


 昔から、何かを空想して形にするのが好きだった。おとぎ話は勿論、小説や漫画、ドラマ、アニメ、映画、果ては古典芸能等――――物語のあるものがとりわけ好きだった。自然と、自分も描いてみたいと思うようになった。


 学校でも、ノートにひたすら自分の物語を創作した。いずれ世に発表し、誰かの心の支えになれたら……などと、ありふれた希望を胸に抱きながら。


 その後、あたしは小説で一度賞を獲り、紆余曲折を経て今の仕事――――漫画原作の仕事に携わっている。正直この仕事を得るまで現実を痛いほど思い知らされた。


 周囲には天才しかおらず、その天才もまた別の天才に揉まれるという世界。揉まれた天才は無様に足掻くか、世界からおさらばするかの二択を迫られ、心は常に緊張を強いられる。あたし自身、何度か自分を否定されるような意見をもらい、消沈したこともあった。


 あやふやな考えで足を踏み入れ、結果うまくいかない毎日を過ごす。自分の世界は描けず、下らないことで苦悩して心を疲弊させる。まさか自分が、ここまで脆い人間だとは思いもしなかった。なんとかなるだろうと、どこかで高をくくっていた。結果、惨敗。


 かたやコミュ障ちゃんの方は順調に成長している。彼女の評判は幾度となく耳にした。天才イラストレーターの肩書を手にした彼女は、あたしなんかじゃ手を伸ばしても届かないような高みにいた。その名声を得ても、あいも変わらず他人と関わろうとしないと聞き、昔から全然変わってないなと懐かしく思った。


 今思えば、コミュ障ちゃんのこの芯の強さ、ブレの無さこそが、コミュ障ちゃんをてっぺんに押し上げたのかもしれない。他人の意見になびかない、何者にも崩されない強固な自信が、コミュ障ちゃんを輝かせているのだ。


 気高く美しい、孤高の芸術者。誰もが見惚れるのも納得できる。あたし自身、それに魅入って好きになった一人なのだから。


 ☆☆☆


「コミュ障ちゃん、絵を描いてて楽しい?」


 ふと、聞いてみたくなった。思えばコミュ障ちゃんの、絵に対する姿勢とかを聞いたことがない。ジャンルは違えど、創作という意味で共通している彼女から、何か学べるものがあるかもしれない。


「どうした急に」


 コミュ障ちゃんは訝しげな表情でそう返す。確かに、いきなりだ。


「いやさ、そういえば、コミュ障ちゃんと話してる時、あんましコミュ障ちゃんから絵の話とかされたことないな〜って思って」


「お前がほとんど一方通行で喋ってるからな」


 確かに、いつもあたしばっかだ。自分勝手だな、あたし。


「うぐっ、それはまあ、そうなんだけど……」


 言葉が濁る。すると、コミュ障ちゃんはクスッとちょっぴり微笑んだ。珍しい、あたし何か変だったかな?


「それでもあたしが尋ねても、無難な答えしか返さないじゃん? まあまあ、とか、良くも悪くない、とか」


「それしか答えようがないからな。わたしは、絵に対して特に思い入れはない」


 やっぱり。


「へぇ、そうなんだ。よく絵描きさんとかさ、絵を描くのが好きで好きでたまらない〜って人ばかりだから、てっきりコミュ障ちゃんも実はそうなのかな〜って思ってたんだけど……違うの?」


「違うな。わたしは別に絵を描くのは好きじゃない」


 きっぱりと、迷いなく答える。ちゃんと本心みたいだね。


「そうなんだ……何となくそんな気はしてたけど」


「わたしにとって絵は、わたしが生計を得るために必要な手段に過ぎない。わたしにはたまたま絵を描く才能があり、それでご飯を食べることができるとわかった。だから絵を描く。客の望む絵を描き、報酬を得る。ただのビジネスでしかないんだよ」


 それができるからこそ、コミュ障ちゃんは天才イラストレータなんだよ。相手の望むものを提供できるのは、創作者にとって何よりも得難い素晴らしい才能なんだ。


 結局こところ創作は、誰かに評価してもらわないと成り立たないものだからね。


「おちゃらけ、お前はどうなんだ? 物語を書いていて楽しいのか?」


 今度はコミュ障ちゃんがあたしに尋ねてきた。あたしは、精一杯の笑顔を見せて、


「うん! 楽しいよ! あたしはね、もっともっと書きたいの! 色々な世界を生み出したいからね!」


 と、明るくはっきりと答えた。


 せめて気持ちだけでも前向きに保っておきたい。そうでなければ、とても彼女のような()()と一緒に仕事などできはしない。


 あたしは創作が好きだ。毎日毎時毎分毎秒していられる。これは、あたしの持つ強みだと思う。


 コミュ障ちゃんは、そんなあたしこそ()()といえるらしい。だけど「好き」だけで物事がうまくいくとは限らない。その「好き」を叶えるだけの現実的な技量がなければならない。そして、それを持っているのがコミュ障ちゃんだ。


 コミュ障ちゃんは自分のことをよく理解してる。だからこそ、迷いのない素晴らしい絵が描ける。万人がコミュ障ちゃんを評価する。


 これを創作者といわず何と言おうか。迷ってばかりのあたしには、決してたどり着けない場所である。


 あたし自身、ここ最近は自分の能力に疑問を抱いていた。今も、自問自答の最中である。好きだといいながら、果たしてこの道が正しいのかなんて、下らないことに時間をかけてしまっている。キッパリと、己自身を決めることができないでいる。あたしは、未熟者だ。


 でも、


「コミュ障ちゃん」


 それでも、あたしは創作の道を突き進む。隣に座る天才が、あたしのことを信じてくれたのだから。


「これからもよろしくね」


「何を今更」


 フッと軽く微笑みながら、コミュ障ちゃんは力強い言葉を返すのだった。


 終わり

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