5 好きなこと
とつぜん声をかけられて、あわててノートをとじる。
顔をあげると、いつの間にか白金さんが立っていた。
「ん? やめちゃうの?」
「白金さん、いつからそこに」
「あたしのことは凛でいいわよ。それより、絵が好きならもっと早く教えてくれたらよかったのに! 描くのは油絵? 水彩? それともイラスト? マンガ?」
「ええっと、油絵をよく描いて……たかな」
「じゃあ、あたしと一緒!」
白金……じゃなかった。凛ちゃんは、パンッと手をたたいた。
「クラスで絵を描く人がいなかったからうれしいわ。ねえ、一緒に描きましょうよ」
うっ! 朝の神山くんといい、今日はよく話かけられるなあ。
「ありがとう。でも、もう絵はやめるつもりなんだ」
「そうなの? どうして?」
「前の学校で、いろいろあって」
全部、ジゴージトクなんだけどね。
「ふうん? でも、絵を描くのは楽しいじゃない?」
楽しいに決まってる。だからこそだめなんだ。
亜衣の夢をこわした私には、絵を描く資格なんてないから。
凛ちゃんはうーんと首をかしげる。
「菜月さんは、まだどこの部活も入ってなかったわよね?」
「えっ? う、うん」
「じゃあ、美術部に入部しない?」
「入部!?」
「身近に絵があるだけで、毎日が楽しくなると思うわ」
ドキッと胸が高鳴る。
「マンガだけ読んで人もいるしね」
絵を描くことはあきらめても、絵のそばにいることぐらいは許される?
「それなら……入ってみようかな」
「やったあ。じゃあ、放課後になったら入部届を出しにいきましょ」
凛ちゃんは、ふふふっと楽しそうにほほえむ。
「……どうして私なんかを誘ってくれるの?」
「あら。だって、上手になるためには、たくさんのライバルが必要でしょ?」
凛ちゃんは「またあとでね」と言いのこして、自分の席にもどっていった。
ライバルかあ。
そんなふうに言いきれちゃうなんて、かっこいいな。