甘き死よ来たれ
1944年4月 アメリカ合衆国上層部は戦慄していた。
限界を迎え得ていた筈の大日本帝国が突如として大攻勢をチャイナで仕掛けてきたのだ。
なにがあったのかは分からない。本当に分からないのだ。
辛うじて分かる事は日本軍が呼称している大陸打通作戦は成功し、国民党軍は追い詰められつつあると言う事、そして中国共産党の策源地であった延安が壊滅的被害を受け毛沢東始め共産党幹部の生死すら不明になったと言う事だけである。
日本軍は度重なるゲリラ攻撃に悩まされ動きが取れないハズでは?
錯綜する情報に連合国が頭を悩ませ、何とか正確な情報を得ようとしている頃、彼らを更に凶報が襲う。
重慶消滅の報である。
消滅?何だそれは?陥落ならまだわかる、だが消滅だと?
現地に派遣している義勇兵部隊も音信が途絶。さらにである、五月に入り大日本帝国は、中国全土からの撤兵と汪兆銘政権によるチャイナ平定を発表した。
「は?」連合加盟国全てが疑問符を浮かべていた。
「魔法でもつかったのか?」「それとも新兵器?」「もしや!」
心当たりのある合衆国の戦慄いかばかりであろうか?
一撃で都市を壊滅させ、その威力を持って反抗の力を根こそぎ奪う超兵器の存在。
「核兵器を日本は実戦投入したのか!」
自分たちでさえ、実の所本当に上手く行くのか分からない計画を、先に敵国が成功させたかもしれない!
恐怖と嫉妬そして疑念の嵐は合衆国上層を襲い、何としても情報を得ようとするが上手く行かない。
入ってくる情報は「都市は雨に押しつぶされた」「日本軍は徹底的に食料生産を破壊している」「それでいて、ゲリラが沈黙している」「兎も角も日本は破滅的な空中投下する兵器を持っている」「だがガスの類ではない」「市民を一人も殺さず、それでいて農業生産を破壊できる兵器」「塩を撒かれた」
何だこれは?つまり日本軍は、任意で殺傷能力と破壊力を調整できる超兵器を突如投入してきたことになる。
「信じられるか!こんなもん!」
レポートを見ていた合衆国大統領は吠えた。当たり前だ、そんな物あったらとっくに合衆国は察知しているし、長い手を持つ英国が見逃すはずも無い。
「誰か教えてくれ!」
1944年五月
国民党の兵士であった趙は怯えと諦めを持って、食事の配給に並んでいた。
配給を待つものは大概が趙と同じ顔をしている。そうだろう、日本軍は逆らう者を一瞬で皆殺しにできるのだ。それもとんでもない方法で。
長い長い戦争はどうにか終わりを迎えそうな感じだったんだ。趙はため息をつきながら考える。
「それがなぜ?」
でる言葉は重い。あの日、飲まれゆく重慶から逃れた自分たち敗残兵が見た物は、悪鬼の所業であり、天の怒りとしか思えない物だった。
天災、まさしくそう言う言葉でしか言い表せない。それを日本軍が行ったのだ。
趙は見た。やっとこさ逃げ込んだ陣地が沈むのを、町が村が枯れていくのを、飲み水一つなく飢えと渇きでのたうち回り、日本軍に縋る他はない人々を。
あいつ等はそれを人道的だと抜かす。ふざけるな!なにが人道な物か!お前ら俺たちを家畜にするつもりなんだ!俺たちはこれからお前ら無しには生きられない!
俺は良い!若い奴らは逃げる事は出来る!でも年寄りは如何する!女子供は如何する!お前ら鬼だ!東洋鬼ども!
「はぁ、、、」
ため息がでる。だがどうする事もできない。銃が何丁あろうと砲が山ほどあっても飢えと渇きには何の足しにもならない。
逆らえば大陸は枯れる。枯れてただ鉱物資源を出すだけの場所になる。俺たちは生死を完全に握られたのだ。
自分の番がきた。手渡された肉粥はいかにも美味そうで実際美味い。
「チクショウ美味いなぁ。此奴を幾らでも食えるなら従う奴もいるわなぁ」
逆らえば飢餓、従えば飽食、何とも恐ろしい。
日本軍は自分たちの皇帝を神だと言っているが、この有様を見れば信じる奴もでる。
趙はふと目をやると黄金色に沈んだ町が朝日に照らされキラキラと光っている。彼らは中華民国政党政府の命令でこの死の町の清掃に駆り出されているのだ。
死都重慶。数億トンになる蜂蜜の海に埋もれた都は無数の死者を抱え佇んでいた。