止めろ~辻~!ブッ飛ばすぞ~
唐突ではあるが、大日本帝国陸軍大尉、杉浦三四郎は改造人間である。誤解しないで貰いたいが彼を改造したのは秘密組織ではない。
世界征服を企む悪の組織ではある。だがそのその組織には市ヶ谷に庁舎を持っていて、大日本帝国臣民の税金で賄われている陸軍の一組織であるので、秘密ではない。電話番号だって登録されている。
組織の名をガ号機関と言う。
東条英機の肝いりで作られた、平衡世界の未来技術を今次大戦に有効利用する為に作られた機関である。
現在アルコールを用いた有害思想動物の駆除作業に勤しむ殺熊鬼と同じく、いや彼らにその技術を提供したのだからもっと早く大日本帝国はタブレットを用いた戦法で多大な戦果を挙げている。
自分たちが提言した方法で、大戦果が上がっているのは鼻が高いが、種々問題が出てきている事も機関は承知しているの。
「武人の蛮用に耐える性能」と言う物はあらゆる兵器に求められるものであるが、それは超技術の塊である、かのタブレットにも要求されている。
物自体は、流石は遠未来の製品でそう簡単には壊れない。だが只今絶賛戦争中なのだ。
だから強度以外の問題も発生する。
具体的には、落とす、無くす、水没する、奪われる、、酷いと員数を付けられる。無制限銀蠅誘因機として機能している駆逐艦等もいるがこれは諦めよう。それぐらいは許す。
幸いにも、監視している平衡世人たちと、彼らが用いる超技術は、登録されている人間以外の使用を許す事はないので、敵軍に奪取され、味方が中華粥に埋もれたり、トーストサンドに挟まれたり、スクランブルエッグに混ぜられたりする事態は発生してはいない。
だが少なくない数のタブレットが行方知れずになっている事は確かであるし、追跡機能を使えば幾つかは米軍の手に渡っているのも事実である。(彼らの手に有っても唯の板であるが)
「これは不味い。もし味方がタブレットと一緒に捕虜になりこちらに使用されたら?」
「指紋認証では腕だけ切り取られない?顔認証?俺だったら顔の皮剥がして被るよ?」
どぎつい事を言っているが今は戦時、相手の頭蓋骨お土産にする馬鹿だっているのだ。(ライフ誌に載ってた)
ガ機関から受けたこの提言を、東条経由で聞かされた平衡世界人田中は、ドン引きしつつ解決策を提案。
「でしたら切り替えます?何時でも行けますよ?」
「切り替える?なにをだ?腕時計型にでもするのか?それでは解決にならんぞ?」
いとも簡単そうに、タブレットの向こうで答えた田中に、東条は胡乱な顔をする。これが昭和二十年代の発想の限界であろう。
「違いますよ。前にも言ったでしょ?貴方が嫌がった脳操作式ですよ」
「まてまて、それをやるのか?幾ら何でも将兵を改造するなんて出来んぞ!」
慌てる東条。そうだろう、この時代で機械を脳に埋め込むなんて言われればそうなる。だが田中は笑っている。
「東条さん古いなぁ、、、、、いや昔の人か。怖がらなくても大丈夫ですよ。それにですね皆さんお気づきではないでしょうが、改造されたも同然なんですよ?」
「は?いま何と?改造?何時?私は手術なんて受けた覚えはないぞ?」
「そんな事しませんよ。ご説明しますとねぇ、、、、、」
そうして誕生したのが改造人間杉浦大尉である。彼は今本土を離れ満州にいる。
1944年11月末日 満ソ国境
「だからって俺が実験台にされる言われはないぞ、、、人をなんだと、、、」
改造人間杉浦大尉はボヤいていた。
あの日、軍病院に来た眼鏡参謀め!アイツが来てから碌な事がない。今までだって碌な事が無かったが、人間やめる事に成るまでは落ちぶれてない!
地獄のニューギニア戦線に送られ、餓死と疫病の恐怖に格闘する事二年、やっとこさ戦況が安定し内地に戻れたと言うのに今度は満州に行けだと!
「しかも人間を止めてまでだ、、、目は見えますよ目は、、、だがなぁ」
彼の目には夜の闇は昼間同然で、少し目をやれば、自分の視界に作戦開始の時間が表示されているのが見える。目を閉じて少し間を置けば、遥か上空から自分と、同じく待機する部隊が見下ろせる。
杉浦大尉は目を開けてため息をついた。
「俺は作戦機材か、、、それにだなぁ」
ため息をつき更にボヤく大尉。其処に近づいて来たのは中隊付の准尉だ。
彼との付き合いは長い、ニューギニアのジャングルを彷徨った仲であるし、あの新兵器で中隊が救われ、一緒に泣きながら握り飯を頬張った間柄であるので邪険にも出来ない。
腐れ縁となった准尉(その時分は曹長だったが、ニューギニア帰りは一階級特進だそうだ、クソ!それで、おお間抜けの責任とった積りか!)は何やら笑い顔だ。
(此奴こう言う顔をしてる時は禄でもない事を頼むつもりだ)
長い付き合いだから大尉には分かる。この准尉、相当に要領がよいのだ。
「寒いですなぁ大尉殿、ニューギニアとはエライ違いだ。所で小腹が空くと思いませんかな」
「飯はもう食ったろ、作戦開始まで間がない我慢しろ」
猫なで声の准尉に返す大尉。
「はい、しかしですねぇ。兵共も腹を空かしてまして、大尉にチョットご協力して頂けると嬉しいのですが?ダメですかね?」
「駄目だ。持ち場を離れるな、後二時間もない」
大尉の目には刻刻と時を刻むデジタルの数字が見えている。だが准尉は諦めない。そしてこれは彼なりの忠告でもある。
「良いんですか大尉殿?兵の中には、大尉だけ好きな時に食ってると思っとる馬鹿もおりますよ?」
「どこの馬鹿だそいつは、、」
心底心外だと言わんばかりに言う大尉。そんな彼に准尉は答える。
「ほら、アレですよ。大隊長に呼ばれて、会議の茶菓子だ何だと用意させられてたでしょ?あれ見られてたんですよ。もう仕方がない人ですねぇ」
「あれは仕方なくだ!俺は新兵器の運用の為にいるの!あれは余技!大隊長が機械音痴で、自分で板を操作できないから仕方なくやったんだ!どいつもこいつも俺を便利に使いよってからに!」
遂大声を上げる大尉。彼の我慢の限界と言う物があるのだ。だがそれを受けた准尉は飄々としている。
「まあまあ、落ち着いて。ですから兵の間では大尉は、失礼ながら人型売店で通っております。何で兵に恨まれない内に、アンパンの一つでも配られる方が良いと自分は思う訳です。はい」
食い物を好きに消費できる様になった今の陸軍でも、作戦行動中には自由な飲み食いが許されるハズも無い。兵器でもあるタブレットの運用にしてもそうだ。
であるから改造人間、、、経血管フェムトマシン電脳化処置を受けた大尉は便利に使われている。
一々どうにも難しい(間違えて使えば自分の上に飯の雨が降ってくる)タブレットを操作しなくても口で命令すればいいのだから、大隊司令部が便利に使い倒すのも無理はない。
兵にしてもそうだ。24時間営業の酒保が歩いているのだ少しくらい買い物したいと思う。
「分かった。中隊全員か?クソ!激辛カリィーパンにしてやろうか、人を売店扱いしよってからに」
渋々脳内の機械に注文を届ける大尉。この後、中隊全員からコーヒーの注文が届いたのは言うまでもない。
大日本帝国軍人杉浦大尉は改造人間である。
彼はニューギニアで失った両目の代わりに改造され、今日も、同じく改造された戦傷兵たちと共に、大日本帝国の世界征服の為戦うのだ。行け杉浦大尉!戦え杉浦大尉!
話は変わるが、大尉を改造したのはフェムトマシンである。
極小のそれこそウイルスよりも小さな機械。それがフェムトマシンの正体だ。
何故に田中は東条に改造されたも同然だと言ったのであろうか?
それはもう体内にいるからだ。
撒き散らされたフェムトの砂、それは風に乗り、土壌に浸透し、何れは体内に取り込まれ定着、自己を複製しながら待機状態にある。
杉浦大尉の受けた改造手術はそのマシンにGOサインを送っただけである。
さて、大日本帝国は占領地にこれを撒き散らしている。そして敵地にも。
杉浦大尉は作戦行動中と言っていた。後二時間もすれば開始されるだろう。
フェムトの砂、十分に工作を受けた敵地、其処居るのは体内に爆弾を有した者ばかり。
これで何も起きないハズも無く。
地獄が始まる。