禁断への挑戦
大日本帝国の中枢である機関は、その日大いに満足した。
ここ最近、二言目には彼への忠誠を謳いながら、彼の赤子を地獄に放り込む輩に、頭を悩ませる日々が続いていたので猶更だ。
彼が嫌いな者は形でだけの忠義を口に出す者であるし、もっと大嫌いな者は、忠義を口にしながら自分勝手な理想象を彼に押し付け、己の自慰行為に彼の赤子を巻き込む輩である。
自慰行為をしていた連中が自爆した挙句、自分を恨んでいるのは八つ当たりもいい処だとすら思っている。口に出したりはしないが。
だが「あの時、近衛を率いてでも殺しとけば良かった」位の事は考えているし、その近衛の中にも居るであろう、手前の立身の為に自分の赤子を消費して憚らない連中には怒りを滾らせている。
行動に移したりはしないが。
なぜなら、機能不全で近代国家とはとても言えない帝国とは言え、その立憲君主であるからだ。
何かあれば自分に泣きつく連中を軽蔑、、、、哀れんですらいるが。
東条英機は、現在進行中の、彼から見たら、自殺行為としか言えない戦争を、止められなかった臣下であり、期待外れも良いとこの臣下であったが、その忠誠は本物であったので、どう評価しようか迷う存在であった。
まあ、誰がやった所で碌な目に会わない役職を押し付けた手前、可哀そうな事をした思っているし、正直責任も感じていたので、本当に評価に困っていた。
彼の赤子を、何処とも知れない場所で、無駄に死なせ続けている事に関してはマイナス一億点であるが、それでも一応は忠臣で有る事は理解している。
その彼が。
「未来から援軍を得ました」
と報告してきた時は。
「ああ遂に狂ったか、、、すまんかった」
とお思いになったが。本当に未来だか別世界だかから、驚天動地で頓智機極まりないパウアーを手にし、収拾の付かなない泥沼から帝国を足抜けさせた上、負けが込んで。
「ああこの責任、僕が取らなきゃダメだろうなぁ、、、、お爺様済みません、、、臣民たちよ許してくれ」
と思っていた戦争に勝機が見え始めると、虚空から食品が湧いて出る奇跡を目にした時にも、半信半疑だった「援軍」の存在を信じる気になった。
誰であれ、食い物で大陸中を踏みつぶし、苦杯をなめ続けさせられていた米英に一矢どころか、致命打を与える事が出来るなら大歓迎なのだ。
(兎も角も勝て、、、、いや無理だろう、、、痛み分けに持ち込みたい)
そう欲がでてきた。其処にサイパン島防衛成功、英国の降伏の知らせで有る。
帝国の一機関として喜ばしい限りである。
そう思うと。彼が、東条の話ではへーこー世界と言う別の世界?の日本人にあって見たいと思う様になったのは無理からぬことであろう。
参内した東条が青い顔で。
「無理です!御上に合わせる連中ではございません!もう無礼で傲慢で何の教養もない連中です!」
と言うので彼も俄然興味が出て来た。
「帝国の恩人にそこまで言うのは、流石にどうかと思うぞ?聞けば、その者たちは市位の身分で義憤から帝国の勝利に協力してくれていると言うではないか?朕から是非礼を言いたい、合わせてくれないか?」
と言われれば、東条も、これまで自分に都合よく「援軍」について御上に報告してきた手前、断れない。
かくて御目通りは叶う。
秘密裏に皇居でセッティングされた会談は、東条英機のみを同伴者とする事を条件に渋々頷かれる事になったのである。
「では、本当に遥かな未来から援軍に来てくれたと言う訳であるな?有難い事だ。朕からも礼を言おう。有り難う、君たちの働きで今次大戦にも勝機が見えてきた」
「いえいえ、それ程でもございません。ホンの片手間です。ちょーっと軌道工場を動かしただけですから、本当すよ!あんなもの今の時代、少しバイトすれば買えるんです」
会談は和やかに進んでいた。
流石の彼も、東条が手にした「たぶれっと」と言う物から、人が(彼らが言うには「質量ほろぐらふ」と言う超科学の産物だそうだが)でてきた時には仰天したが、未来人の説明を聞くと朧気ながら理解は出来た。
彼は生物学者でもある。
生物学と機械工学の差はあれ、サイエンスで有る事には違いない、学者肌の彼の理解は早かった。
「謙遜はいらないよ。その片手間で帝国は飢餓とは無縁になりつつある、その上敵軍には大打撃だ。まあ、もっと早くに来てくれれば、そも戦争等しなくて良かったよは思うがね」
「すみませんねぇ、成原!だから早く参戦しようよと言ったろ!」
「君ねぇ、僕のせいにする気かい?面白いから暫く見て用といって、四年も見物してたの君だろ?」
「たった四年だ!俺も四年で戦争に負けかけるだなんて思ってなかったんだ!アルデンバラン動乱をニュースで見たろ!あの戦争三百年は続いてたんだ!こっちの戦争もそれ位長いと思ってたんだよ!」
「異星人の戦争と過去の地球を一緒にする方がおかしい!この人たちはねぇ、百年も生きないんだよ?長生きしようと思えば、何千年でも生きられる僕たちとは違うの!君ホントに歴オタ?」
「言ったなこの!」「言ったがどうした!」
自分の言葉に何やらとんでもないスケールで話す二人。田中と成原と名乗った二人を彼は面白げに見見ている。
「お前ら止めんか!御上の御前だぞ!これだから連れてくるのは嫌だったんだ!失礼を致しました!後でキツく注意しますのでこの場は如何か御心を鎮めて、、、」
割って入った東条が慌てて言い訳をするのも面白い。(この男、意外と面白所も有るのだな)、彼はそう思う。
「良い良い。朕も面白い者を見れて愉快だ。所で、、、一つ気になっている事が有るのだが良いかね」
東条の言い訳に笑って返した彼は、実はどうしても聞きたかった事をギャーギャー言い合う、未来人?に問う。
「何ですか?」
「此奴スリーサイズは聞いても無駄ですよ?今の時代幾らでの変えられるんだ、こいつも若作りしててもホントは何歳だか、、、」
「天然ですぅ~!君こそ、その童顔何とかしたらぁ~!」
「童顔はとは何だ!童顔とは!」
「違う違う。朕が聞きたいのは君たちが出してくれる食品に関してだ」
放っておくと何処までも脱線しそうになる二人を止めた彼は本題を切り出した。
(今日くらいは良いだろう。もしかした、そうもしかしたら)
戦況は好転しつつあり臣民は飢えから解放されつつある、こんな日である。
日頃のストレスからか彼は少しだけ自分に我儘な気分になっていた。
「なんですか?あれの中身?殆どトラクタービームで拾ってきた彗星を分解して作ってますよ?我々の世界では元素から何でも合成可能ですか」
「ふむ。正に夢の世界だな。では、何でも作れるのかね?」
「ええ、でも月サイズのタコ焼きとかは駄目ですよ?さすがに時間が掛かる」
「たこ焼きが何かは知らないが、そんな物は求めてないよ。別に出して貰いたい物があるんだ」
彼は期待を込めて言葉を紡ごうとし、、、、
「あっ!御上!それは駄目!それは駄目です!」
ピンときた東条に止められた。
「良いではないか。此処にはお前と朕だけだ。今を時めく独裁者と朕の命令で人払いは出来ている。典膳も侍従も遠ざけてある。大丈夫だよ、君と僕が黙っていればよい」
「御上!」
「固い事言うな。僕は君を随分と後押ししたつもりだよ。なぁ良いだろ?」
悪だくみを感ずかれ、彼は普段とは違う砕けた物言いで東条に迫る。脅しまでしている。
「はぁ。此処だけですよ?誰にも言わないで下さい」
東条は折れた。実物を見せたとは言え、自分の頓智機を聞き入れて、一番初めに指示してれたのは、目の前の尊い御方である今日くらいは良いか。
「何を出すんです?満漢全席?龍のフォアグラ?視肉?ずんどこべろちょ?」
「最後のは少し興味があるが違う。唯の魚さ。刺身と天ぷらを出してくれないか?後は、、、何処かで耳にしたが卵巣の粕漬けが有るらしいな、、、」
「御上!幾らなんでも卵は!もし当たったら!」
「良いじゃないか。其れにだよ、この未来人が作る模造品なんだ。君達、毒を含まない物でも作れるのだろ?」
「勿論です。でも毒がある物なんですか?美味いんですかそれ?」
「随分と美味いらしいね。僕は食べた事はない。食べさせてもらえないんだ。だから、是非食べたい」
「分かりました。その魚、なんて名前ですか?」
「名前はねぇ」
彼はその日、東条英機の参内を受け、一日上機嫌であったと侍従の日記には記されている。