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第五話 「引越しとファーストコンタクト」

第五話

「引越しとファーストコンタクト」



 二年後、僕は家を建てた。

 実は重いうつの人にとって、環境を変えるのはあまり良い選択では無い。

 ひたすら同じ日を繰り返すことが良い。

 少なくとも妻にとってはそうだった。


 狭いアパートで永遠にカーテンを閉め切って、外界から自分を切り離している妻ではあるが、他の部屋の住人たちの声が駐車場から聞こえたりすることが、寝込んでいる彼女に平穏を与えていた。

 対して小さい家ではあるが、アパートよりは部屋数があって、隣の家までそこそこ距離が離れているから、僕が仕事で居ない間は静かな家で一人寝ていることが多い戸建ての家は、あまりに静か過ぎた。


 そんな生活が続いたからか、その一年後くらいから、うちには異世界から彼女たちが来るようになった。



 初めて会った時、彼女は寝室の机に向かって何かのチラシを、鼻歌混じりに唄いながら千切っていた。

 歌は『あめふりくまのこ』だった。


 適当に千切った紙をパッと上に投げ、雪のように舞う紙を見て、

「ふふふふ」

と笑っていた。


 僕はその様子を後ろから見ていた。


 クスリの所為だろうか、いつもの緩慢な動きが更に緩慢な動きになっている。

 お風呂に呼びに来たのだが、何だか楽しそうにしてる妻に声を掛けるのは忍びなくて、暫く見ていた。


 暫くしたら亜希子がこちらに振り向いて、怪訝な顔をして言った。

「誰?」


「……?……舞斗だよ?」

「……マイト?……お父さんとお母さんはどこ?」

「……???」

 亜希子の喋り方は舌足らずな子供のようだった。

 抗不安薬はダウン系のクスリが多く、今亜希子が飲んでいるクスリがそうなので、普段からおっとりしている妻は、クスリの作用で更にボヤっとする。


 うつのクスリのメインは『抗不安薬』と言うもので、脳にクスリの成分が作用して、文字通り不安感を抑えるクスリだ。


 脳の前頭葉に不安を感じる部分があり、うつになるとそこが必要以上に不安感を感じてしまい、体が動かなくなったり、他人が怖くなったり、大量発汗が起きたり、逆に暴れたり、身体に色々な弊害が起きる。

 だから不安感を抑えれば『その症状は収まる』と言うことになる。


 実際にアメリカには重度のうつ病患者で、前頭葉に電極を埋め込んでいる人が居る。

 スイッチが入っている状態だと脳に電気パルスが流れ、そのパルスが不安感を創り出す信号を打ち消すと言う仕組みらしい。


 古くはロボトミー手術と言うものがあり、前頭葉白質切截術によって、その人は感情が無く言う事だけを聞くような人間になってしまう手術だ。

 ロボトミーというのはロボット化すると言う意味では無く、『ロボトミー(lobotomy)』肺や脳などで臓器を構成する大きな単位で切除することを言う。この場合は前頭葉の器官を切除することだ。

 もちろん今は禁止されている。人間らしい感情が無くなってしまい、極端に言えば人間では無くなってしまう。


 前頭葉にパルスを送るのは、ロボトミー手術の研究から得られた技術だろう。

 今の今まで全く普通に、快活に喋っていたおばさんが、胸に付けてあるパルスのスイッチを切った途端、泣き出して座り込んでしまった。

 そしてスイッチを入れたらまた普通に動き出すと言う映像を、十何年か前に観たことがある。

 それは『TMS:経頭蓋けいとうがい磁気刺激』と言う治療法。

 現在は日本でも行われており、技術も発展して電極を刺すことも無く、局所的に渦電流を発生させることができる特殊なコイルを用いて治療しています。そのため目的部位以外を刺激してしまうことは無く、目的部位以外に影響を与えないため副作用が少ないと考えられていると言うことです。


 つまりそのスイッチの代わりをクスリで行うのだが、クスリには副作用もある。そもそも自分の身体に合う合わないもある。

 クスリはたくさんの種類があるし、ホンのちょっとの量の差で体調に劇的な変化を起こす事もある。

 それが脳に作用するのだ。クスリは怖い。


 話しが脱線してしまったが、クスリの効力によって強制的にボヤっとしてしまうので、その所為で変な質問をしているのかと思ったのだ。


「お父さんとお母さんはここからはちょっと遠い所にいるよ。今日はもう夜遅いから会いに行くこともできないよ」

 妻の言っていることの意味がよく分からないが、とりあえず言っていた事に対して返事をしてみる。


「お母さんに会いたい」

 子供みたいな喋り方で、子供のような事を言っている妻を見て、『子供返り』かと思った。


「頭痛い……」

 亜希子はその場でうずくまり、暫くしてから頭を上げてこっちを見た。頭を手で押さえたままだ。

「あぁ、マーくん。ちょっと寝てたみたい。どうしたの?」


 どうやら意識がハッキリしたようだ。

「お風呂に入ろうか」

「もうそんな時間?」

「ちょっと寝てたみたいだからね」


 僕は亜希子に肩を貸してお風呂まで移動した。







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