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第九話 自称彼女と元元カレが修羅場っている件

 

 その日の午前中は長く感じた。

 昼休みになると気まずそうに白石が聞きに来る。


「……美術室行きます?」


「もちろんいつも通りな。隣の部屋で文乃がお取込み中であろうと関係ない」


 そう言って俺は白石と美術室に向かう。


 文乃と近藤の件は瞬く間に広がり、休み時間の話題を席巻していた。

 さすが学年の人気ツートップといったところか。

 俺と白石は、住む世界が違うなぁなんて言ってランチタイムを過ごす。

 

 隣の部屋のドアが開く音がした。

 話し声がかすかに聞こえてくる。

 

「近藤君、話っていうのは何かな?」


「そんな急ぐのかい? 久しぶりに二人っきりだっていうのになぁ」


 ここで文乃の返答が途切れる。

 早く話を進めて欲しいという意思表示だろうか。


「分かったよ。単刀直入に言うと、僕の悪口を広めたのは君だよね?」


「さてなんのことだろ~」


 とぼける文乃。

 しかし俺と白石は思い当たる節があって、図らずも顔を見合わせる。

 勉強会のワンシーン。図書室で場所を譲ってもらうため、文乃は近藤のクズエピソードをダシにしていた。

 その時の男子から伝播したんだろう。


「僕と付き合ってた君しか知らないはずの浮気話なんだよね。あのさ……、近藤こんどう公人きみとのイメージが下がるんだ。やめてくれないか?」


 その冷たいトーンに白石の顔が引きつった。

 人気者の裏の顔を垣間見た気がしたのだ。


「でもそれが近藤君の本当の一面だし、時間の問題だと思うけどな~」


「神崎さん、僕は君みたいなビッチと違って清廉潔白なイメージを貫きたいんだ」


「そっか~。近藤君はモテることしか脳にないもんね。ううん、ヤることといったほうが正解かな!」


 文乃は俺でもドン引きレベルのひどいことを淡々と口にする。


「そんなのは結果的に伴っただけだよ。経験人数は数十いるけどね」


 経験人数をさらりと披露するあたり、その数を自慢したそうに感じた。


「ふぅん、そのくせして性行為もキスも断ったら浮気したのは誰だったかな~」


「君は僕と付き合っているのにハグすら嫌がるから我慢できなくてつい。とはいえ、恋愛ごっこだから仕方ないのか」


 ん? 文乃のやつ、俺のことはすぐ抱きしめようとしてくるくせに近藤には嫌がっていたのか……?

 それと「恋愛ごっこ」という表現も気になった。


「そう、恋愛ごっこ。恋愛経験と色々な人の性質を見極めるための疑似恋愛だからね。それで……もういいかな? 誰にも近藤君との過去は言わないって誓うから。わたしには一緒に昼を過ごしたい人たちがいるの」


「あぁ、あの根暗そうな陰キャくんと一緒にいたいって? どうしてあんなのがいいのか理解に苦しいよ」


 白石がそんなことないとぶんぶん首を振ってくれた。

 一方で文乃も否定してくれる。猛抗議するようにその言葉は重く勢いがあって、彼女の熱い思いをのせている。



「あんなの? 言っておくけど遍くんとは本当の、本気の恋愛をするつもりだからっ。遍くんは近藤君みたいな薄っぺらい人間じゃない。ツンツンだけどなんだかんだ構ってくれて、謎に正義感あってさらっと人を助けちゃうし、わたしにとっては昔からヒーローみたいなもんだからっ! だからあんなのとか言わないで!」



 その迫力で全身がしびれるような感覚に苛まれる。


 俺は陰キャ枠として交際を求められたと思っていた。

 事実、屋上で最初はそう言われた。

 だけど、文乃の叫びにも似た告白はもっと深い理由があるように感じた。

 まだ、俺はその理由を知らない。


「……驚いたよ。君がそんなに熱く語るなんて。そこまで好きなんだね。キスはしたかい?」


「……してない」


「じゃあ僕と練習する? 今なら誰もいないし──」


「ねぇちょっと──」


 明らかに嫌悪感を示す声色。

 俺は白石を置いて走り出していた。 

 机の脚にぶつかるが、痛みなど気にせず文乃のもとへ向かう。


 勢いよく扉を開けると、近藤が文乃の両肩をつかんでいた。

 彼は俺を確認すると引きつった顔で呟く。


「……へぇ、正義のヒーローね。このタイミングで来るなんてあながち間違いじゃないのかなぁ」


 近藤はそう言って両手を挙げ、文乃を開放した。

 文乃はすぐさま俺の後ろへ隠れる。

 

「近藤、それ悪役のセリフだけど大丈夫か?」


「今来たってことは聞き耳建てていたはずだからね。今さら取り繕っても意味ないかなって」


 爽やか笑顔で現実を語る近藤。

 

「開き直りってやつか」


「うん、開き直りだよ。そんな怖い顔しないで欲しいなぁ。もしかして噂通り(・・・)すぐ殴っちゃうタイプ?」


 噂通り、か。


 俺は高校一年の夏、プールの授業で胸の傷跡が露わになった。

 そしてそれを機に、不良、ヤンキーと呼ばれて誰も話しかけに来なくなっている。


 ──白石と文乃を除いて


 そのことを揶揄して彼は煽っているのだろう。


「俺のモットーは非暴力、不服従だ。殴らないから安心してくれ」


「安心させてもらうよ。けど、来週の球技大会で報復としてラフプレーするのはやめて欲しいね」


 彼はニヤリと笑って近づき、そのまま去っていった。

 文乃は疲れ切った顔で俺に向き合う。


「遍くん、ありがとう──」


「礼には及ばない。結果的に盗聴してたしな」


 むしろ文乃の熱い思いとか聞いちゃったしこっちこそすまんって感じ。


「あとごめん、独りにさせちゃって」


「ん? 白石と一緒に食べてたぞ」


「……分からないならいいやっ! ふぁ~疲労困憊! 遍くんに全身マッサージお願いしていいですかな!」


 文乃は一瞬で快活さを取り戻す。

 マッサージなんてする訳ないだろと黙殺していると、白石がそろっと現れた。


「あの……大丈夫そうです?」


「あむちゃんっ! あ~癒しだ~! 遍くんが清楚系おとなし少女を好むのが分かるよ~!」


 そう言って文乃は白石に抱きついていた。

 あ、俺じゃないんですね。別にいいですけど。


「神崎さぁん、激しいですっ! うぅぅ」


 文乃の胸に溺れる白石を見て羨ましいなとか思って……ないですよ?


「遍くんが鈍感だからあむちゃんで回復回復~」


「眼福眼福~ってこら、白石をいじめるな!」


 白石を文乃から引きはがし、救出に成功する。

 すると白石はきょろきょろと俺と文乃を見まわし、すーっと息を吸って吐くと同時に喋り出した。


「あのっ! お二人とも元気がなさそうですし、来週の球技大会に向けて極秘練習でもしませんか……? 休日の気晴らしにどうです?」


 白石も近藤との一部始終を見ていたはずだ。

 消極的な少女なりに俺たちの元気を取り戻そうとしていた。

 やはり白石は健気で天使だ。


「あむちゃんってもしかして天才? 日曜日ならおっけーだよ。どうせ遍くんも暇だし、あむちゃんが日曜よければ!」


「ってなんで俺の予定なしが確定なんだよ! あってるけど」


「日曜部空いてます! 友達いなくていつでも暇なので……!」


 白石の自虐が最近止まらない件について。

 

「ところで俺と白石は球技大会でフットサル選んだけど文乃は?」


 球技大会は体育館で行うバスケと、外コートで行うフットサルの二種から選択できる。

 どちらも当然男女別で行われる。


「あちゃ~わたしはバスケだ」


「ま、スポーツ公園でどっちも練習すっか」


「楽しみですっ」


 待ち遠しがる白石は可愛いが、確か運動音痴じゃなかったっけな。

 記憶通りなら、週末は面白いことになりそうだ。

 

 俺は半分だけ食べたクリームパンを取りに美術室へ向かった。



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