第七話 愚妹にブラコンか問いただしてみた件
「兄貴〜あんなにあった勉強のやる気はどうしたの」
俺の部屋で一緒にゲームをしながら、千夜は言う。
「今こうしてゲームしてるのが物語ってるだろ」
「えぇ……、あんなに勉強生活の幕開けだ〜って意気込んでたのに?」
「二日前の俺はそうだった。けど人は変わるもんだ。昨晩アップデートしたら、勉強の意欲はことごとく消え去り、残ったのはゲーム欲。つまり今の俺はゲームに生きるべきなんだよ……!」
俺の熱い思いに千夜の手が止まる。
「何それ。そんなの寝てたらやる気なくなっただけでしょ。二日間ゲーム我慢してたし、したくてたまらなかったんだろうね……悲しい人」
嫌味たっぷりの翻訳だが、あながち間違いでもなく、ぐうの音も出なかった。
最後の哀愁漂う「悲しい人」を聞いて涙が出そうになる。
まあけど、アップデートした後ってよく不具合があるし仕方ないよね、うん。
「ってか、お前もテスト期間だろ? こんなことしてていいのか?」
「あたしはマメに勉強してるタイプだし。どこかの愚兄と違ってね。兄貴のゲームに付き合ってあげてんだから感謝してくださ〜い」
「へいへい、ありがとさん」
そう言えば千夜がゲームの誘いを断ったことは一度もない。
そこでふと、悠希ちゃんがカミングアウトした「宮野千夜、兄のことが大好きすぎるらしい」という噂を思い出す。
ことの真実を確かめたいものだが、直接聞くのは憚られる。
「兄貴、キャラ動いてないけど? ん? 何か考え事?」
千夜は俺の隣で指をわちゃわちゃと動かして奮闘しているが、思案顔の俺が気になるようだった。
「──千夜、俺がお前のことを超絶好きだったらどうする?」
瞬間、コントローラーが床に落ちる音がした。
ゲーム画面のキャラは二人とも動いておらず、ゲームオーバーの文字が浮かび上がる。
千夜はロボットのようにカクカクとして俺の方を向いた。
「……兄貴、今、ナント?」
ポニーテールが揺れ動くだけで、千夜は電源が落ちたロボットのように固まる。
「喋り方おかしいぞ。だから、俺がお前のことを超絶好きだったらどうするって言ってる」
「な、な、何その告白みたいなセリフ……」
そうして黙ってしまった。
千夜の耳は赤く染まっている。
え、何この緊張感。
昔先輩に告白する寸前だった気持ちが蘇る。
青春の甘酸っぱい香りがしたあのシーン。
その後の酷い顛末を思い出して、なんとか気を取り戻す。
「告白じゃないからな。血が繋がってる家族だし。ただそういうのが嫌われるものなのか確認したかったんだ」
もしここで千夜が俺のことを好きならば、「わたしも好きだから構わない」と言いやすい状況である。
そうでなければキモいだ臭いだの言われて部屋を出ていくだろう。
こうして直接は聞かずとも、千夜の想いを暴くことができるというわけだ。
策士、宮野遍、ここに誕生したり。
内心ドヤ顔を決めていると、千夜は深呼吸をしてからアンサーを出した。
「あたしは、あたしは別に嫌じゃない。だって兄貴のこと割と気に入ってるし。キモくて、ひねくれてて、キモいけど。あと陰キャだし」
デレかと思いきや、ふんだんに罵倒されていた。
判定が難しいので仕方なくネタバラシをする。
話を聞き終わると、なぜか俺は正座させられて説教を受けていた。
顔を真っ赤にした千夜は腕を組んで俺を見下ろす。
「で! あたしが兄貴のこと好きなんて事実はありません! でも! 悠希って子の聞いてる噂はあってる。この意味分かる?」
とんち問題を出されるが、てんで分からなかった。
「兄貴の脳みそで分かるわけないっか。正解は兄貴を隠れ蓑にしている、でした!」
「と言いますと?」
「あたしはこう見えてモテるんです。しかし誰とも付き合う気はありません。そこで、兄が好きすぎるゆえに、誰とも付き合わないというブラコンキャラを上手く使ってるのです! ふんっ、だ〜れが兄貴なんかを好きになるかっての!」
確かに兄にゾッコンという堅固な鉄壁は色恋沙汰を阻むだろう。
「そういうことか。でもだとしたらさっき、割と気に入ってるって言ったのはどういうことだ? その後べらぼうに罵られてたけど」
「そ、それはその──」
千夜はあたふたと視線を巡らせるが、ハッとした顔になると俺の目を見た。
「ふふん、それは隠れ蓑として気に入ってるってことだから!」
「そう言われれば全て辻褄は合う。けどキモいお兄ちゃんでごめんな。もっと立派でイケメンな兄ちゃんだったら隠蓑としても有効だっただろうに」
俺は正座しながら虚ろな目をした。
すると餌に引っかかった愚妹は慌てて訂正する。
「や、そこまでは思ってないし。兄貴はそこそこかっこいいし、意外と正義感あって性格もいいと思ってるから! だから……気にしないで」
俺は千夜のデレを見納めて確信した。
多分こいつ少しブラコン入ってるな。
かく言う俺も割とシスコン気味なのでおあいこってことにしておこう。
千夜は悠希ちゃんと話したがっていたし、もしかしたら輪が広がるかもしれないな、なんて思っているとゲーム画面が新たに始まる。
机上に置かれた綺麗な教科書から目線を外し、楽しい楽しいゲームに興じることにした。