第六話 自称彼女と陰キャ少女が勉強でバトっている件
俺の昼休みはいつのまにか変わっていた。
もう屋上に行くことはなく、美術室で白石、神崎と食べるのが日課だ。
「よしっ! 今日の放課後、三人で勉強会をしよう!」
ちなみに神崎が急な提案をするのも日課みたいなものだ。
中間テスト一週間前なので妥当な案ではあるが。
「あ、私もです? お二人でするものかと……」
白石の疑問はもっともである。
俺にゾッコンらしい神崎からすれば、白石は恋敵だと考えるのが普通だろう。
「もちのろん! わたしはあむちゃんとも仲良くなりたいからね!」
コミュ力が俺や白石とは一線を画しているとわかる発言だった。
「あわわっ、てっきり敵視されてると思ってました。これが陽キャ……」
白石は陰キャらしく唖然とする。
「敵視なんてとんでもない! なんてったってわたしは遍くんに誘われてデートしちゃってるし~!」
おや、雲行きが怪しくなりましたね……。
言外に、関係が進んでいるから安心できると神崎は言う。
白石の弁当を食べる手が止まった。
「私の知らないところでお二人は色々してたんですね……」
白石、悲しそうに俺を見つめないでくれ。
撫でたくなったが拒絶されたら虚しいので自制する。
「妹に言われたんだ。積極的にきてくれる女子が少ないんだから、たまには自分から行けって」
「出ました~! 遍くんの言い訳タイム! 恥ずかしくて外的要因のせいにしちゃうやつ~」
「事実だから、事実。それに勉強会だって三人でするデートみたいなもんだしな」
「……二人でするからいいんですよぅ」
白石が何か言ったようだったが、か細く聞こえることはなかった──
◇
放課後、図書室は勉強をする者で溢れていた。
長テーブルにはぎっしりと生徒が詰まり、それを囲むように四人テーブルがぽつぽつとあるが、やはりどこも埋まっている。
「満員御礼だな。他の場所でするか?」
「うーむ、ちょっと待ってて。わたしの力を持ってすれば余裕余裕!」
神崎は四人テーブルで勉強する男子生徒に話しかけに行く。
笑顔で何やら話すと、男子は場所を空けてくれるのだった。
「す、すごい……」
白石が心の底から感嘆する。
当の神崎は頭上で大きく丸を作り、オッケーサインを出していた。
「さすが陽キャといったところだな」
「陽キャ、怖いです……陽キャ……」
手招く神崎に従って椅子に座る。
勉強の用意をしながら神崎に問うてみた。
「どんなマジックを使ったんだ? まさか身体を対価にしたり──」
「ノンノン! そんなことしたら遍くんの彼女失格になっちゃうじゃん! 現実はもっとゴシップな理由だよ」
「というと?」
「さっきの子達はサッカー部の一年生なんだけどね、先輩になる近藤くんについてクズエピソードを教えるからどいてくれないかな〜って」
「うわぁ……」
結構最低な理由だった。
だがその交渉を快諾する男子も、クズなことをしでかした近藤も悪いと言えば悪い。みんな違ってみんな悪い。
たまに聞く近藤の話だが、深く掘り下げると地雷を踏みそうなのでやめる。
尤も、神崎は地雷どころか自ら追尾してくる魚雷みたいなものだが──
そんなことを考えていると、お二方ともせっせと勉強していた。
右隣の白石も向かい合う神崎も数学を解いている。
しかもよく見てみると、解く問題は二人とも同じで、二次試験レベルの高難易度なもの。
「え、なんかバトってます?」
冷戦の如く静かに繰り広げられる戦い。
スピードは神崎に軍配が上がるが、途中式と回答がどこまで正確か──
「ふふんっ。遍くん、答え合わせしてみて!」
神崎が一歩早く終わり、なぜか俺が丸付けをする。
「ふむ、途中式も答えも全部あってる……だと!」
神崎の答え合わせが終わった頃に、ようやく白石が解き終わる。
ちなみに白石は途中式で場合分けのパターンが一つ抜けており、答えは合ってるが減点という結果だった。
両者、汗を拭って一言。
「さすが学年二位、まあまあやりますなぁ!」
「む、これが学年一位を守り続ける猛者。さすが……です」
「え、君たちそんな成績いいの?」
ぽかんと置いてけぼりの俺。
成績が平凡な俺は気にかけてなかったが、神崎は入学してから常に学年一位、そして白石も学年トップレベルに成績がいいという話だった。
「ってことはライバル関係だったのか」
「そうなんです。神崎さんの成績はずば抜けてますけどね」
学年二位がそこまで言うあたり、王者神崎の凄さが目立つ。
「白石は真面目そうだし納得だが、神崎には裏切られた気がするな。てっきり恋愛脳もあって、成績下位者かと思ってた」
神崎は向かい側からチョップしようとしてきたが、俺は軽くのけぞって避ける。
「失礼千万! 遍くんが思うよりずっと努力してるんだよっ!」
「失敬失敬、まさかそこまでとは。にしてもなんでそこまで頑張るんだ?」
勉強を頑張るのは当然だと言われれば反乱の余地はない。
しかし神崎の表情は特別な理由があるのを物語っていた。
「……お父様と学年一位を死守する約束をしてるんだよね。本当はここよりレベル高いところを薦められたけど、無理言って入学させてもらって……。学年一位はその条件って感じ」
「……神崎さん、そこまでしてこの高校に入学したかったんですね」
「こんな至って平凡な高校のどこが良かったんだ?」
俺が家から通いやすいという理由で決めたように、我が高校は優れた特色もなく至って平凡である。
神崎はうーんと考える素振りを見せ、あっと何か閃いたように言う。
「そりゃあ、もちろん遍くんがいるからに決まってる〜!」
「またふざけたことを──」
しかし白石の解釈は違うようで、ゆっくりと一言一言を口にする。
「……遍くん、神崎さんのことです。本気で言っているかもですよ?」
「まさか。そうなれば高校入学前から神崎が俺のことを知っているってことになる。うーん、考えにくいな」
神崎は長く目を閉じてから俺を見つめる。
その強い眼差しが何を意味するか、俺にはまだ分からなかった。
私語もほどほどに、俺たち三人は勉強に勤しむ。
英語を解くのに手が止まる俺を見て、白石がすかさず教えてくれた。
神崎はそんな俺たちを見てにこにこしている。
あの、逆に怖いです……。
「──よぅし、せっかくの中間テスト! みんなで勝負するしかないようですな!」
「出たよ、唐突な提案。白石、こんなの無視してもいいんだからな」
しかし当の本人はやる気のようで──
「……いいでしょう。神崎さんに陰キャの意地を見せたいと思います」
「あれ、白石? あの、白石さーん……」
燃えたぎる闘志を抱く白石に俺の声は届かない。
白石と出会ってから初めての経験で狼狽する。
「でも神崎、学年一位を取らなければならないお前からしたら、白石をヒートアップさせるのは失策なんじゃないか?」
白石が一位をとってしまえば、神崎は父親から叱責を受けるだろう。
当たり前な質問をするが、神崎は不敵に笑って話を続ける。
「今回の勝負! 三人のうち、総合点一位の者が三位の者に何でも命令ができるのであ〜る!」
なるほど。リスクはあろうとも、この一位の特典を狙ってというわけか──
「っておい、完全に出来レースじゃないか! 三位なんて俺確定だし、命令を受ける対象者は決まったも同然だろ……」
「……なんでも命令……なんでも」
ゴクリと生唾を飲み込む白石。
白石のことだ、四葉のクローバーを取ってきて、程度の可愛い命令だと信じているよ!
「そもそも俺はこの勝負受けるとは言ってないぞ。神崎が勝つものなら、無理やり彼氏にさせてきそうだし」
「はぁ、遍くんは本当に何も分かっていないなぁ。これは遍くんをかけた女と女の勝負なのだよ。大丈夫、神に誓っても無理に付き合うなんてことしないから!」
出会った初日から強引に付き合おうとしたり、既成事実で彼女になろうとしてるのは誰でしたっけ。
とはいえ白石もやる気満々で、中間テストの勝負は決定事項のようだった。
神崎はどこまでも勝つ自信があるらしく冷静沈着。
対する白石は瞳に炎を燃やしていた。
「いや待てよ、テストまであと一週間。頑張れば俺が一位になる可能性もあるんじゃないか?」
そう言うと神崎に鼻で笑われたので、これから毎日勉強を頑張ろうと思いました。
下克上見せてやるからな……!
宮野遍の勉強生活が今始まろうとしていた。