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第五話 自称彼女が俺の救った中学生に嫉妬している件

 

 デザートを堪能した俺たちは二階の本屋に来ていた。

 相変わらず神崎はアクセル全開の様子で──


「遍くんはどんな本が好きなの? 漫画? それともラノベ? はたまた純文学? さては……エロ本だな!」


 黙殺しようと思ったが、放っておくと鬱陶しいので返答する。


「ラノベだな。強いて言うなら学園ラブコメものが好きだ」


「ほほう? 確かに遍くんは現在進行形で学園ラブコメしてるもんね! わ・た・し・と!」


 流石に無視して小説に目を通す。

 本棚からラブコメ系のラノベを取り出し、挿絵や表紙、さらにあらすじを見て吟味する。


「ね〜え〜あ〜ま〜ね〜く〜ん〜」


 かまちょな神崎に一冊のラノベを渡してやった。

 

神崎・・にお勧めの小説だ」


「わたし推理小説が好きだけど、遍くんと好きなものを共有するのもロマンチックでよき!」


 喜ぶ神崎は不敵な笑みを(たた)える俺に気づかない。

 ふっふっふっ、なぜ俺がその小説を渡したのか知るがよい……!


「ふむふむ、身長が低くてボブヘアーの照れ屋な女の子がヒロインっと。まるで白石ちゃんみたいだな……。気のせいかな〜? うん、気のせいだな」


「気のせいじゃないぞ。それが俺のお気に入りの小説だ。そしてお気に入りのヒロインだ」


「あっもしかして──」


 ようやく気付いたようだな。

 俺は先輩のトラウマもあって、その真逆である清楚系おとなし少女がタイプだということに──


「もしかして、わたしを嫉妬させようとしてる!? より深い愛を受け取るために!」


 やはり気付いてなかった。

 どんな翻訳ソフトを入れたら、そこまでポジティブな解釈ができるのだろうか。


「神崎、もう賞賛したいレベルだ」


 皮肉を知らず、てへへとピュアに喜ぶ神崎。


 ストレートに告げてやろうかと思ったが、遠くの漫画コーナーに広がる光景を見てやめた。

 男子中学生のグループだろうか、三人して嫌がる一人に漫画を押し付けていたのだ。


「神崎、ここで待っててくれ」


 着いてこようとするお天馬娘を手で制し、俺は漫画コーナーへ向かった。

 本棚を挟んで忍び、彼らの不穏な会話を聞く。


「早く万引きしろって」

「え、でもだめだよ。できない……」

「んなこと言ってると学校でももっとイジめっからな!」

「イジめられたくなかったらオレらのために万引きしろって」


 万引きの強要。しかも会話から日常的なイジメも窺われる。

 やはり無視することはできないな。

 俺はスッと彼らの前に立ちはだかって一声発する。


「悪いことは言わないから帰るんだ」


 二人は固まってしまったが、ガキ大将らしい一人が俺に喰らいつく。


「なんかうぜぇやつ来た〜」 


 俺は負けじとニヒルに笑って応戦する。


「俺はうざいぞ。今から店員、警察に連絡してもいいんだ。そしたら中学の先生、親にも伝わって退学になるかもな」


「う、なんだよこの人……」


「なんだって、うざい高校生だ」


「高校生とか知らねえし! オレ、空手やってっからボコボコにできんだぞ!」


 空手の技を軽く披露した彼は腕っ節に自慢があるらしい。


「若気の至りだな。やりあうとしても俺の傷は深くしないでくれよ」


 俺はそう言ってTシャツをめくり、胸からヘソにかけて広がる切り傷を見せた。 


「うぇ、なんだこれ……やべぇよ」

「ちょ、これ多分ガチな人だって」

「もうよくね? 長引きそーだし」


「君たちも同じようになりたくなかったら帰るんだ」


 怖がる三人はやばい奴に絡まれたと思ったのか、そそくさと逃げていった。

 残るのは中性的で整った顔つきをしたイジメられっ子のみ。


「あ、ありがとうございます」


「感謝できるのはいいことだ。でもごめんな、根本的な解決になってなくて」  


 イジメ自体をなくすことはできてない。

 これからも彼はひどい仕打ちを受けるかもしれない。

  

「いいんです、諦めてますから。それよりも傷、大丈夫なんですか?」


「あぁ、あれは昔フラれた後、むしゃくしゃして喧嘩した際にできたんだ。実はダサい理由でごめんな」


 藤堂先輩にフラれた帰り道の出来事──

 記憶が飛ぶくらいボコボコにされたが後悔はしていない。


「お兄さん、こんないい人なのにフラれたんですか? 僕ならフラないのに」


 中学生の少年からラブコールを受けてしまった。

 しかしそんな少年さえ敵視するのが神崎だ。

 一部始終を見届けていたのか、間に割って入ってくる。


「──だめよ、遍くんはわたしの自慢の彼氏なんだから!」


「わわわっ、彼女さん持ちでしたか。出過ぎた真似をっ」


 えっへんと威張る神崎が癪なので訂正しておく。


「コレは自称彼女なだけだ。正式に付き合ってないし、なんなら友達なのかも怪しい」


「は〜! 遍くんはすぐそうやってツンツンしちゃうんだから! 恥ずかしがり屋さんだし仕方ないよね……。いつだって人を助けられるいい人なのに、そこだけが惜しい……!」


 いきなり繰り広げられる夫婦(めおと)漫才に困惑する少年。

 俺はそれとなく本当に伝えたいことを告げる。


「いいか? こういう変な奴や嫌味な奴が現れたら逃げていいんだからな。学校が全てじゃないし、逃げることは正当な手段だ」


 神崎は変人扱いされて釈然としないようだったが、一方で少年は晴れた顔つきをしていた。


「なるほど、逃げるのも選択肢……と」


「そうだ。身近な人に頼れないなら俺でもいいし。まぁ見知らぬ高校生だけど」


「──でしたら、よければ連絡先交換しませんか?」


 思いの外、俺を信頼してくれているようで嬉しかった。


「いいぞ。軽い児童相談所とでも思ってくれればいい」


 速やかにQRコードを読み取ると『倉科(くらしな)悠希(ゆうき)』が追加されました、とログが出る。


悠希(ゆうき)くんっていうのか。よろしく」


 握手に応える少年。

 しかし、何か思い当たったことがあるのか、言いにくそうに口を開く。



「一応、僕、女なんですよね」



「……え?」


 一人称の僕、そして短い髪で勘違いしていたが、確かによく見ると骨格は女性のそれだった。

 俺が必死に謝ると、笑って許してくれる。


「はは。でも仕方ないですよ。よく間違われますし、いじめの原因も男っぽいからって理由でしたから」


「うわぁ、遍くんが中学生女子を傷つけた〜! イジメだ〜! 悠希ちゃん、一緒に逃げようっ! 誰かさんいわく逃げることは正当な手段キリッらしいし」


 キリッは余計だ。

 ちなみに悠希はキリッにツボったらしく笑っていた。


「あはは、本当にお姉さんたちって面白いんですね。僕が悩んでることがくだらなく思えてきちゃいます」


「おお〜! さすがわたしのユーモアセンス。あ、そうだ。せっかくだし悠希ちゃんもこの後着いてくる?」


 悠希は気を遣って悩んでいたが、にこにこの神崎を見て首を縦に振った。


 そうしてたどり着いたのは二階のフードコート。

 多くの学生が賑わうなか、談笑をかわす。

 各々の自己紹介に始まり、質問コーナーで盛り上がる。


「悠希ちゃんは何歳なの?」


「僕は中学二年生です」


 その割には落ち着いていて受け答えもしっかりしている。

 我が愚妹とは正反対だ。


「ということは俺の妹と同じ年齢か」


 もしかしたら同じ中学かもしれないな、なんて思っていると悠希から衝撃の事実が告げられる。


「お兄さん、苗字は宮野でしたよね? もしかしたら隣のクラスにいる宮野って子が妹だったり」


「まさかな。ちなみになんて名前なんだ?」

 

「たしか、宮野千夜さんって方です。お兄ちゃん好きでめちゃくちゃ有名な」


「いかにも俺の妹は千の夜とかいて千夜なわけだが。お兄ちゃん好きというのは悠希なりのユーモアか?」


 千夜が俺のことを慕うなど片腹痛い。

 いつもツンツンなあいつが学校で噂されるブラコンな訳がない。

 しかし悠希は真面目な顔で語り続けるのだった。


「そ、そんなっ、ユーモアじゃなくてリアルですよ。接点はないから詳しくは分かりませんけど、お兄ちゃんが好きすぎて彼氏を作らないって噂は有名です」


 俺は千夜に深く干渉しない。

 てっきり、俺のあずかり知らぬところで恋愛をしていると思っていた。

 しかし、考えてみれば休日は俺とゲームに興じていたり、そんな暇はなかったように思える。


 神崎は鼻歌混じりに俺を見つめていた。

 俺と目が合うと、ドヤ顔で話し始める。


「ね、わたしが言ったように妹ちゃんは裏でデレデレだったわけだ! ふふ、なんでもわかってしまうわたしが怖いっ!」


 ついさっき、神崎はパンケーキを食べながら「妹ちゃんだって裏ではデレデレかもしれない」と見抜いていた。

 伊達に交際経験が多いだけあって、人を見る慧眼が備わっているということか。


「ま、たまたまだろうけどな」


 むきになって己の凄さを語り始めた神崎に、悠希はまた始まったと笑っていた。


 あの、中学生に笑われる高校生ってどうなんですかね。


 しかし何はともあれ、最初は表情が固まっていた悠希も今では心の底から笑ってくれている。

 少しでも彼女の居場所を作れただろうか。


 かくして自称彼女との初デートは中学生を交えることで終わった。

 神崎を知るためのデートだったはずだが、なぜか妹のブラコンぶりを知ったのは数奇な運命というやつか。

 どうやら神崎文乃という人物を紐解くにはもう少し時間がかかるようである。

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