第四話 自称彼女と『甘々』なデートをしてみた件
──放課後の屋上、そこに藤堂先輩はいた。
栗色のウェーブがかったロングヘアーが風で揺れる。
モデルのような綺麗な顔、すらりとしたスタイル、今日も先輩は美しかった。
「やほ、遍くん。こんなところに呼び出してどうしちゃった?」
柵にもたれかかる先輩は柔和な笑みを浮かべる。
その顔は俺が言わんとすることを知っているようだった。
「藤堂先輩、いえ麻衣さん。今日は伝えたいことがあります」
俺は先輩に向かい合うように突っ立った。
中三の先輩は中二の俺より背が高くて、背伸びをするか迷う。
俺だって告白するときくらいはカッコつけたいのだ。
「なぁに?」
知っているくせに、なんて言えない。
告白にはムードというものが大切だから。
「藤堂先輩のことが好きです。付き合ってください」
正直、フラれることは考えてなかった。
それは付き合える確信があったからだ。
毎日連絡も取り合っていたし、先輩に誘われてデートも何回かした。通話では好きなところをお互いに発表しあった。手を繋いでショッピングして、手を離した方の負けいうゲームもした。誕生日プレゼントを交換しあった。一緒に「キスの仕方」という動画を見て、いつか実践しちゃう?なんて話もした。同じ高校に通うため、先輩が通う進学校に向けて勉強の指南もしてもらった。
だけど先輩は薄ら笑いでこう言ったのだ。
「ごめん、遍くんと付き合いたいとは思えないや」
ごめんという言葉に謝意は感じられなかった。
俺は先輩の顔を見れず、地面をただ見つめながら叫んだ。
「じゃあなんであんな思わせぶりなことをしたんですか!」
さまざまな思い出が走馬灯のように蘇る。
どれも先輩にとっては瑣末な出来事だったのだろう。
「だって面白いじゃん、遍くんのうぶな反応。誕生日プレゼントなんて違う男から早めに貰っていらなかったんだよね。だからそのまま遍くんに渡しちゃった。けど遍くんたら目を輝かせて喜んじゃっててさ。あの芝犬のぬいぐるみ、まだ持ってる?」
俺が犬派だという話をしてて、だから先輩がくれたんだって思い込んでいた。
そのぬいぐるみは生憎ベッドで毎晩一緒に寝ている。
今すぐ家に帰って焼却したい限りだ。
その後も聞きたくない裏事情を先輩は暴露した。
勉強を教えてくれたのは勉強が苦手な俺を嘲笑うためだとか、キスどころか現在進行形でセフレまでいる事実だとか、とにかく聞きたくないことを聞かされた。
耳を塞ぎたかったがやめた。
自分の初恋から目を逸らしたくなかった。
どんなに悲惨で残酷だろうと向き合うことに決めたのだ。
「ということでごめんね、遍くん。わたしは君で遊んでたってこと。ビシッと言っておかないとワンチャンスあるんじゃないかって諦め切れないだろうから言っておくね、一生付き合うことはできないよ。そもそも顔面偏差値が釣り合ってないし、遍くんってば平凡なのよね〜」
これこそが藤堂麻衣の本性なのだろう。
先輩は下を向いて固まる俺を覗き込んだ。
手をゆらゆらと振って、生きてるか〜と生存確認をしてくる。
「……もう恋愛なんていいや」
ぎゅっと拳を握りしめた。
義憤、失望、悲哀をその手の中に抑える。
先輩はまだなお揶揄ってくるが、俺は茫然自失のままに足を進めた。
「遍くん、失恋の気持ちはどう?」
先輩は帰る俺を追いかけようともせず、さらに追い討ちをかける。
だから俺は決意表明をしたのだ。
「次は先輩みたいな積極的ビッチじゃなくて清楚系おとなし少女にします」
──そうして俺は恋愛恐怖症になった。
◇
「遍くん、いた!」
土曜の昼下がり、俺は神崎とプライベートで会っていた。
「よう」
彼女は茜色の花柄ワンピースをまとっていた。
駅の構内でもひときわ目立つ色合いだ。
「どう? 今日のファッション!」
モデルのポージングを忙しなく披露する神崎。
その少しの挙動にも胸が揺れていて、ファッション云々はどうでも良くなっていた。
「どうってまぁ六十五点くらいじゃないか」
「ほぇー! 満点ってことだね!」
「どこに六十五点満点のテストがあるっていうんだ……」
神崎のボケを軽々といなしてショッピングモールへ向かう。
今日はそこで半額セールの特大パフェを食べるのが目的だ。
るんるんな神崎は手をつなごうとしてきたが断固として拒否する。
「遍くんのけちんぼ! デート誘ってきたくせに手はつなごうとしないんだ!」
「それとこれとは別だ。早くしないとパフェが売り切れちまう」
「パフェとわたしどっちが大切なの!」
「パフェ」
むきーと怒りながらも神崎は俺の隣を歩く。
甘い香水が鼻腔をくすぐった。
甘党な俺のための配慮かと思ったが、勘違いだと恥ずかしいので口にはしない。
駅からショッピングモールに続く渡り廊下は風が吹きぬけていた。
「さむっ。遍くん、お願いだから盾になって?」
迫り来る風を防ぐように俺の背中へ移動する神崎。
俺は肉壁となって歩み続け、なんとか室内に避難する。
「あの、普通は互いに身を寄せ合って寒さを凌ぐものじゃないんですかね」
「でもそんなことしたら風で前髪が崩れちゃうんだもん! 前髪は女子の命! 義務教育で習わなかった?」
なぜか逆に怒られていた。
しかし女心というものを習った記憶はない。
すかさず反論を決める。
「逆に男心というものは習わなかったのかよ」
「陰キャ男子以外の男心は心得てますぅ! うんうん分かった分かった。遍くんはわたしとくっつきたかったってことね、可愛いねえ」
神崎はお得意のポジティブ解釈で喜んでいた。
こうなった神崎は無敵スター状態なので、放置して先を急ぐことにする。
「──って先行かないでよ! 謎に足早すぎだから!」
「陰キャぼっちは足が早いんだよ。心の恋愛ノートにメモしておくんだな」
「ふむふむ、なるほど」
神崎はポーチから何やらメモ帳を取り出して、すらすらと書き込んでいった。
「ってガチでメモするんだな……」
「わたしは勉強熱心だからね。本命の攻略は本気ですると決めているのであ〜る!」
また訳のわからないことを。
思わせぶりな言動はいつ裏切られるか分からない。
だから俺は未だに疑心暗鬼で話を聞いていた。
ショッピングモールの三階はやや高い飲食店がひしめきあっていた。
優雅なカフェ、特上ステーキ屋、鰻専門店、回らない寿司屋、どれも高校生には手が出しにくい値段である。
そんななか向かうのは、甘党が歓喜するであろうスイーツ店。店前の看板には『特大パフェ半額』と大々的にアピールされていた。
執事のような服装をした店員に案内され、シックなソファに腰を下ろす。
「注文が決まりましたら、机上のベルをお鳴らしくださいませ」
店員がはけていくのを見届け、向かい合う神崎にメニュー表を見せる。
「遍くんはこの特大パフェだよね?」
「その通り。足りない甘々成分をここで一気に頂戴するつもりだ」
「相変わらずの甘党……! 辛味、苦味、酸味じゃだめなんだ……」
よくぞ聞いてくれたとばかりに俺は饒舌に語る。
「辛いとは辛いに他ならない。そして苦いは苦しいに通ずる。最後に酸味。辛酸を舐めるともいうし、元来辛さや苦しみを表す酸は悪だ。畢竟、甘味だけが俺を甘やかしてくれる最高のエッセンスなのである」
ふんっと鼻を鳴らして威張ってみたが、神崎は素知らぬ顔でメニュー表を見ていた。
「っておい! 俺の講釈は聞いてないのかよ!」
「……あー、うん、聞いてた聞いてた! 遍くんが糖尿病になる未来が約束されてるって話でしょ?」
「そんな話してねえ。確かに妹には心配されてるが……」
どうやら俺の味覚に対する持論は受け流されていたようだ。
神崎はベルを鳴らし、店員を呼ぶ。
「ご注文はいかがなさいますか」
「俺は特大パフェで」
「わたしはこの国宝級エメラルドパンケーキで!」
神崎は五千円もする高価なメニューを頼んでいた。
エメラルド色に輝くキャラメルソースが存分にかけられた極上の一品。
こいつ、さては金持ちだな……?
ほどなくして各々のデザートが届く。
一応女子の前と言う事で優雅に味わってみるが、一方の神崎は気にせずバクバク食べていた。
「お前、女子力のかけらもないのな……」
「んまいんまい、ってこら、女子にそんなこと言っちゃいけません! あーけど、お父様のパーティーでも言われたっけな……」
「なぁさっきも思ったんだが神崎って金持ちなのか?」
金銭感覚といい、パーティーといい庶民的とは思えない。
もしかしたら結婚の話も関係あるのかもしれない。
「ん~まぁね。隠す事でもないし。お父様が社長だから平均よりは上だと思う」
いつもの陽気さとはうってちがい、神崎は少しだけ暗い顔をしていた。
庶民とはまた違ったしがらみや悩みもあるのだろうか。
「……それなら前のクレープは神崎がおごってくれてもよかったのにな」
「そんな暇もなく遍くん帰っちゃったんだもん! しかも妹ちゃんと手つないで!」
ぷんぷんと憤る神崎は、怒りを払拭するようにパンケーキをほおばる。
「妹なんかに嫉妬すんなって。千夜のやつ基本ツンツンしてるし、思ってるほど仲良くないぞ」
神崎はノーノーと人差し指を過剰に振った。
「遍くん、人ってのは両面性があるものなんだよ。その人が見せている一面が本物か、それとも偽物かなんてすぐには分からないけどね。例えば妹ちゃんだって裏ではデレデレかもしれない。サッカー部の近藤君だって性格いいなんて言われてるけど、実は浮気するクズ野郎かもしれない。それにわたしだって、ね」
そう言ってパンケーキを上品にカットする神崎は、まさにお嬢様といった感じだった。
一つ一つのしぐさが精錬されていて、表情は人形のように作りこまれている。
「近藤の件はリアル過ぎて引くが、言っていることは紛れもなく自明だ。はじめて神崎の意見に同意した」
──きっとあの日見た藤堂先輩はあれこそが素顔だったのだろう。
楽しかった思い出は偽の顔を見ていたにすぎない。
俺はいつか神崎の本当の顔を見れるのだろうか。
それとももう見ているのだろうか。
「遍く~ん! そんな難しい顔しているとパフェのアイスが溶けちゃうよ!」
「へいへい。ってお前、ほっぺたにクリームついてんぞ。慣れない食べ方するからだ」
「あちゃ〜カッコつけたのに面目ない面目ない」
腑抜けた神崎を見て、真剣に考えてる自分がバカらしくなった。
兎にも角にもパフェは美味いし、悪くないデートなのかもしれない。