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第三話 自称彼女の存在が愚妹にバレてカオスな件

 宮野遍は偏食家であり、大の甘党でもある。

 

「二番と三十五番のクレープください」


 放課後、俺は商店街に立ち寄っていた。

 バナナとプリンのクレープを両手に、ウキウキで帰路につく。

 クレープをふたつも買うという大盤振る舞いに心が舞い踊っていた。


「やはり甘いものに限るな」


「わかるわかる! けど辛いのもおすすめ!」


「いやいや甘さしか勝たん──っていつからいたんだよ!」


 ぼっちで楽しく帰ろうとしていたのに、なぜか神崎文乃がそこにいた。まさに神出鬼没である。


「いつからって、遍くんが高校を出て、スキップしながら商店街に向かう時から。簡単に言えばストーカーしてただけ!」


「何がストーカーしてた『だけ』だ。その『だけ』が犯罪行為であることに気付け!」


 俺の指摘に動じることもなく、神崎は自分本位な素敵解釈をする。


「でもふたつも買ってるってことは、ひとつはわたしにくれるってことだよね? 気が利くな〜わたしの彼氏は」


「俺の愛人(クレープ)を奪う気なのか?!」


「遍くん、いくらなんでもクレープを愛人扱いは引くよ。ドン引き……」


 神崎に冷たい目で見られていた。


 とはいえ隣に女子がいて俺だけがクレープを食べるのも無粋だ。

 そんな気遣いで神崎にひとつあげることにする。


「……仕方ないな。どっちがいい?」


「そうだねえ。遍くんはプリンの方が好きだからバナナクレープ貰う!」


「了解。って、なんで俺の嗜好を知ってるんだ?」


 神崎は分かりやすいように目を泳がせて、俺のバナナクレープをぶんどる。

 そして上唇に生クリームをつけながら笑顔で食べ始めた。

 そんな無邪気な姿に少し可愛いと思ってしまった自分が憎い。


「唇についたクリーム、チューして取ってくれてもいいんだよ?」


「俺の大切なファーストキスをそんなことで消費するかっての」


「ふ〜んだ」


 神崎は拗ねたようで、小走りで先に行ってしまう。

 かと思うと、振り返ってあっかんべーをするのだった。

 実にあざとい。

 しかし足もとを見ていなかったのか、小石に躓いたようで──


「きゃっ────」


 俺は何も考えずに走り出していた。

 背から倒れようとしていた神崎に手を伸ばす。

 そして掴んだ両手を思いっきり引っ張り、ぐいと胸に抱き寄せる。


「あ、ありがと。死ぬかと思った……」


「俺の愛人(クレープ)は死んだけどな」


 アスファルトに無惨に転がるふたつのクレープ。

 神崎のクレープは倒れる際に、俺のクレープは助ける際に手放していた。

 

「いつか埋め合わせするから!」


「大丈夫だ。てか、その、そろそろ抱きしめなくていいと思うんですが」


 商店街のど真ん中で抱き合うのは実に恥ずかしい。

 それに加え、大きな胸があたって僕の胸が躍ってしまうので……。


「え〜いいじゃん! 今なら合法的にぎゅーできるし、なんならチューもしちゃう?」


「アホか、するわけないだろ。商店街のおばちゃんがこっち見て指さしてんだから離れろって」


 このままではおばちゃんたちに「最近の若者は」と怒られてしまう。

 無理やり引きはがそうとするが、神崎は必死に抱きついて離れない。

 このアホ、どんな馬鹿力してんだ。


「彼女なんだから抱きつく権利があるんです〜! 離れません〜!」


 そうして三分近くも抱きつかれていた。


 顔が妙に近く、首に当たる吐息が艶かしい。

 まだ春だというのに全身が(ほて)る。

 自分でも鼓動が早まるのを実感していた。

 

 そんなある種の拷問を止めたのは、想像だにしていなかった乱入者だった。


「あ、あ、あ、兄貴だよね?」


「──その声、千夜(ちよ)か?」


 後ろから聞こえたのは紛れもなく妹、千夜の声だった。


「ありゃりゃ、まさかの妹さん!?」


 するりと手を放した神崎はしおらしく佇まいを直す。

 振り返ると、ポニーテールとうさぎのシュシュがトレードマークの妹がいた。

 

「兄貴がこんなところで不純異性交遊……。お母さんに言いつけてやる」


「これは誤解だ。俺は変質者に絡まれていただけで」


「初めまして、遍くんの妹さん。恋人の神崎文乃と申します」


 神崎は清純で落ち着いたキャラを偽装していた。

 言葉遣いまで変わっている。


「はじめまひて! あっ! 初めまして。遍の妹の千夜(ちよ)って言います、あ、申します。中学二年生、好きなものはイケメン、嫌いなものは兄です! どうぞお見知り置きを」


 我が愚妹も慣れてない自己紹介をしていた。

 謎の言葉遣いと誰も聞いていない情報が耳に残る。


「千夜、こいつは彼女なんかじゃない。ただのストーカーだ。今すぐ警察に通報しよう」


 必死に警鐘を鳴らすのだが、ことの妹はどうやら神崎派のようで──


「兄貴、こんな美人さん相手に何を言ってるの! 人生でまたとない奇跡なんだよ?」


「何が奇跡だ。これは厄災って言うんだよ。神崎が破天荒で雑食でめちゃくちゃ鬱陶しい奴ってのを知らないから言えるんだ!」


「へぇ、首にキスマつけてる男の言うセリフは違いますなあ」


 千夜はニヤリと悪い笑みを浮かべる。

 スマホのカメラで確かめると、たしかに俺の首には口紅の跡が残っていた。


「おい神崎、お前わざとつけただろ……!」


 首謀者神崎は泣き真似をしながら、申し訳なさそうに語る。


「だって、遍くんがつけろって言うから。愛されている証拠を肌で感じたいって言うから……うぇぇん」


 それを見て千夜が我慢できないと俺を叱りつける。


「兄貴、ほんっとうにクズで最低っ! 兄貴の変態なお願いも聞いてくれる最高の彼女さんなんだから大切にしなさいよ!」


 ティッシュで首もとのキスマを拭い取る。

 そして俺は千夜の手を握り、歩き始めた。


「ほら、帰るぞ。宿題見てやるから」


 これ以上神崎といると収集がつかなくなりそうだ。

 と言うことで、俺は早くこの場を立ち去る判断をした。


「遍くんたらもう帰っちゃうんだ。さみしいな」


「兄貴ったらまた彼女さん傷つけて──」


「神崎に騙されるなっての。早く帰るぞ」


 俺は千夜に説教されながらも、歩く足を早めた。

 手を繋いで帰るなんて何年ぶりだろうか、そんな柄にもない感想を抱きながらただ歩く。

 商店街を抜けた先、もう神崎が見えなくなったところで千夜はポツリと呟いた。


「兄貴、まだ昔のこと引きずってんの?」


「引きずらないわけないだろ。中二の時、あんなに好き好きしてきた先輩にフラれてんだ。しかも翌日には全校で噂されてるし、そりゃ恋愛恐怖症にもなる」


 千夜は繋ぐ手を振り払って立ち止まった。

 怒っているような、悲しんでいるような複雑を表情をしている。

 

「せっかくの機会なんだし踏み出さないと、神崎さんがどこか行っちゃうかもだよ」


 千夜は恋愛恐怖症を克服するいい機会なんだと諭してくれた。

 我が妹ながら実にお節介で兄貴思いだ。


「別に俺はあいつのことを好きなわけじゃない。確かに顔もスタイルも俺好みだが、性格についてはまだ知らないことばかりだしな。今はまだ知る過程だ。もしその最中で見向きもされなくなったらそれまでの人間だってことでもある」


「──なんだ。しっかり考えてるんならいい」


 千夜はぷいっとそっぽむくと俺を置いて歩いていってしまった。

  

「まぁ俺も少しは神崎を知る努力もしなくちゃだな」


 俺はスマホを取り出して神崎に連絡することにした。

 幸い連絡先は数えるほどしかなく、すぐにデートの約束を取り付けることに成功する。

 ちなみに、神崎の返信がものすごく早くて引いたのは秘密である。


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