第二十一話 最愛の彼女とハッピーエンドな件
「やりましたね! お兄さん!」
観客サイドだった悠希が笑顔で駆け寄ってきた。
俺たちは五人全員で喜びを噛み締める。
「俺がやったというより、文乃がチートだったのが勝因だな」
「へっへっへ〜。だからわたしは勝つビジョンしか見えないって言うたでしょう!」
勝利のVサインを掲げる文乃。
MCと藤堂先輩の絡みなど一切聞いていない。
「ま、文乃が飯を食べ過ぎていなかったらもっと早くケリはついたんだがな。飯の食べ過ぎで最初は動きが鈍かったし」
とはいえ、男子大学生と経験者を吹き飛ばすジャンプサーブは圧巻だった。
文乃がいなければ負けていたのは言うまでもない。
「そこをケアしてくれるのが遍くんの仕事なのであ~る。将来わたしはキャリアウーマンになるから、専業主夫としてケアしてね!」
「悪くない提案だな」
というより、割と想像できるから怖い。
この完璧超人、俺が働く三倍は稼いできそうだし。
勝利の余韻に浸っているとイベントは終了した。
観客も散り散りになり、残るのは約束の謝罪だけ。
俺たちは白石たちを置いてテトラポットが並ぶビーチの端に移動した。
ここなら人影も少なく、謝罪に向いているだろう。
「さて、俺たちが勝利した訳だ。誠心誠意謝ってもらいたい」
櫻井は顔を歪ませた。
「マジかよ。なんでオレがこんな歳下に」
「年齢は関係ない。過去の過失を謝罪しろと言っている。俺にはしなくていい。ただ文乃にだけはしっかりと謝って欲しいんだ」
「く…………」
厳格な雰囲気に押される櫻井。
しかしよほどプライドが高いのか、一向に謝ろうとしない。
そんな彼を見て、文乃が深呼吸した。
「……あなたには感謝してる。わたしが遍くんと出会えるきっかけをくれたのだから。今こうして交際できているのはあなたが、愚かで、傲慢だったおかげ。己の容姿、家柄に満足して、人を貶める。そんな最低な人格だったおかげ。だからお礼を言うね、あ・り・が・と!」
櫻井は威圧で竦んでいた。
文乃が笑っているというのに。
ここまで言われてなお、櫻井は謝らない。
生まれてこの片、ろくに謝ってこなかったのだろう。
そうさせる環境がなかった。
だから謝る気もなければ、謝り方も知らない。
残念な奴だ。
「もういいよ~。わたしは大丈夫。謝罪なんてなくても達成したから。本当は遍くんの傷について謝ってほしかったけれど、この様子じゃ、謝罪すらできないみたいだし」
冷酷で現実的な分析。
滅多に見ることができない一面だ。
達成か。
どうやら文乃は一歩前に進んだらしい。
次は俺の番だな。
「文乃が過去を断ち切れたようで何よりだ」
「わたしはあむちゃんたちと合流してくるね! ここにいると精神衛生的に良くないから」
怒りもせずもぬけの殻になった櫻井。
ぐうの音も出ない正論にただただうちひしがれている。
文乃には容姿も家柄でも優位に立てず、能力では圧倒的に劣っている。
しかもこの一連の流れで人格まで歴然とした差が判明した。
櫻井が何かを言う隙はない。
文乃も立ち去り、今度は俺と藤堂先輩の番だ。
櫻井を置いて、俺たちは防波堤に場所を変えた。
「遍くん、久しぶりだね、二人きりなんて」
昔の俺ならば喜んでスキップまでしていたに違いない。
けれど今の俺は違う。
「ですね。二人きりなんて屋上以来です」
「うんうん。それで……謝ればいいんだよね」
「そうですね」
「前はごめんね」
あっけらかんと先輩は言った。
櫻井とは違い、そこにプライドはないようだ。
「謝罪の意思があるようには思えませんが」
「あるよ? わたしが遍くんを弄んだことで、あんな彼女が出来ちゃったんだし。わたしより顔も性格もブスな彼女を作らせちゃったっていう罪悪感はあるんだよ」
先輩は悪びれもせず言い切った。
正直かなり頭には来ているが、ぐっと拳を握ってこらえる。
冷静に。理性的に。
「俺はそう思いません。文乃は先輩よりあらゆる点で勝っていますから」
「ふぅん。じゃあさ、遍くん、あんなのと別れてわたしと付き合おうよ。下僕じゃなくて、対等にね」
「ありえないですね。生まれ変わっても答えはノーです」
「は? 聞き間違いかな。わたしが付き合ってやってもいいって言ってるんだけど」
「無理です。生まれ変わっても。大金を積まれても」
「はいはい、意地になるのも分かるけどさ」
そう言って先輩は艶めかしく俺の腰に手をやってきた。
だが俺はそれを強く払いのける。
「そういう表面的な魅力で己のものにしようとするのが気持ち悪いんです」
中学の時なら容易く手籠めにされていただろう。
だが、あの一件から、神崎文乃と出会ってから変わった。
「は……わたしの誘いを断るバカなんているんだね」
「そもそも先輩には櫻井敬志がいるはずですが」
「あーあれね。付き合うとかじゃなくてただのお金用。親の金で何でも買ってもらえるし」
金目的の先輩と、複数の女目当ての櫻井。
実に哀れだ。
「わたしこう見えても遍くんのことは他の男よりマシだなって思ってるんだよ。一途そうだし。今までの男はみんな浮気性だったから」
「評価が高くて光栄ですが、文乃を侮辱し、かつ謝罪もしっかりできないあなたなんかと付き合うどころか、顔ももう見たくないですよ」
俺は堂々と言い放った。
思うに、藤堂先輩と櫻井は似ている。
誰も彼女らに注意をしなかったという点で。
好き勝手に生きた結果がこの性格。
どこまでも傲慢だ。
「わたしにそこまで言うなんて……」
こちらも謝罪はままならなかったが、意思表明ははっきりとできた。
これ以上彼女の謝罪を期待するのも無為だろう。
俺は立ち去ろうとする。
すると、感情のこもった声音で呼び止められる。
「待って……!」
「なんですか」
「あのさ、わたし今までろくに恋愛をしてこなかった。男は寄ってくるんだけど、わたしの見た目に惚れてるだけだから、中身まで見てもらえなくて、それに浮気されて……」
「俺をいいように弄んだ先輩が被害者面なんて呆れますよ」
「でも、それは昔の話だよ。今はそんなことしない。遍くんみたいな純粋で真っすぐな子と付き合うべきなんだって学んだから」
「先輩、ありがとう」
「それじゃあ──」
「ありがとうっていうのは改めて俺が気持ちに気付けたからです。俺は本当に文乃が好きです。だからこそ、先輩の感傷的な誘惑になんとも思わない」
「ねぇ、どうしてそこまでアレを気に入るの。わたしのほうが可愛いでしょ?」
「美的感覚は相対的なので多くは言いません。ですが好きになった過程に雲泥の差がありますから」
俺は先輩の容姿に一目ぼれした。
一方で、文乃に関してはその強い想いに心が動かされたのだ。
何度疑われても拒絶されても、文乃は純真な想いを俺にぶつけ続けた。
だから好きになった。
そこに先輩が入り込む余地など無い。
「そっか。わたし初めてフラれちゃったんだね」
先輩は水平線の彼方を見つめながら言った。
「もう遅いんです。三年前に気付くべきでしたね」
「うん……そうだね」
「それでは。あんまり遅いとあいつ拗ねちゃうんで」
意外なものだ。
いざ対面してみると怒りはなかった。
もちろん文乃を貶されたのは頭にきたが、それ以外は平静に意見を述べることができた。
一歩前に進めただろうか。
過去と決別できただろうか。
その問いに自信をもって答えられる俺がいる。
去り際の先輩は今にも泣きそうだったが、俺は四人のもとへ向かう。
俺のどこかすっきりした表情を見て文乃が告げる。
「遍くん、好きだよ~ ~!」
三時間に一回は言う好きを噛みしめて、俺は珍しく自分から文乃を抱きしめた。
「だ、大胆じゃん……!」
「いざされると恥ずかしいだろ。俺がいつも味わっている想いを知るがいい」
「恥ずかしいかも。けど何度でもして欲しいなっ」
何よりも三人に凝視されているのが恥ずかしさを倍増させている。
でもそんなん中でも抱きしめるほど俺は感極まっていたんだろう。
人がいなければ初めてのキスさえしていたかもしれないが、それはまた別の機会。
まだまだ夏は続くし、恋は続く。
これからも文乃に振り回されていくだろうが、俺はそれさえも心地よく感じてしまうのだろう。
そんな自分を想像してつい笑ってしまった。
「遍くん、何笑ってるの~!」
「なんかその、幸せだなって」
「……ならよかった。もっと幸せにするね!」
「おう、よろしく頼んだ」
俺たちは今日を境にさらに関係を深めた。
文乃のお父さんに会ったり、婚約したり、もちろんあんなことやこんなことだったり──
そして結婚式で俺はこう言った。
『一生をかけて幸せにすることを誓います』と。
文乃の返答はもちろん──
『よろしく頼んだ!』
神父は驚いていたが、俺たちだけがその意味を知っていたのだった。
間はかなり空きましたが完結することができました。初期から見てくださった人も、たまたま今目にしてくださった方もありがとうございました。




