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第十九話 因縁の相手とビーチバレー対決勃発な件

 炎天下のなか、舞台ではイベントが開催されていた。

 まずはアイドルの野外ライブが開かれ、俺たち五人は暑いながらも身を寄せ合って楽しむ。

 アイドルが舞台からはけ、MCによって次のイベントが告知される。


「次はお客様参加型のビーチバレー対決となります! それではスタープロダクションからお越しの藤堂麻衣さんにバトンタッチしたいと思いま〜す!」


 舞台上に颯爽と現れた藤堂先輩がマイク片手に語り始めた。

 会場の男子陣がその美貌とプロポーションに思わず息を飲む。


「はじめまして。わたしはスタープロダクションに所属している藤堂麻衣です。いつもはモデルをやってるんですが、今日はバレー経験者としてやってきました!」


 先輩は外面がいい。

 高校三年ながらも表舞台に立つのは慣れているようで、その後も会場の客の笑いを誘いながら進行を続けた。


 イベントの内容を要約すると、会場から美女を選考して代表になってもらい、藤堂先輩と四人制ビーチバレーの対決をするというもの。

 残りのチームメンバーはお互いに会場の参加者から募るようだ。


「我こそは美女で、代表者になりたいという方~! って、これでは立候補しずらいですよね──」


 藤堂先輩が笑いながら言葉を続けようとするが、俺の隣から可憐で、どこか凛とした声で返事が聞こえた。


「は~いっ!!! 我こそが美女であ~る!」


 会場の視線が一気にそそがれる。

 声の主は言わずもがな文乃だ。

 俺は予想していたが、他の三人はいきなりのことにびっくりしていた。

 

「凄い自信で誰かと思えば、とても美人さんが立候補してくれました。前に出てきてくださいね」


 文乃は俺たちに手を振ってから軽やかに登壇した。

 またも会場の男子陣が唸る。

 藤堂先輩は大人な美しさがあるが、文乃は天真爛漫な可憐さがある。

 身長の点で藤堂先輩のほうがプロポーションで勝るも、胸の大きさでは文乃に軍配が上がる。

 って俺は何の分析をしているんだか……。


 文乃の圧倒的ビジュアル、スタイルを見て立候補する者は現れない。

 そもそもこの大衆のなかで美女と自称できるメンタルの持ち主など文乃くらいだろう。

 それを知ってか、藤堂先輩は想定内といったように対応する。


「お名前よろしいですか? 」


「神崎文乃です」


「どうして立候補を? ビーチバレー経験者でしたか、それともよほど(・・・)容姿に自信があったんですか?」


 小さな棘が含まれた質問。


「自信があったからです。壇上の代表者を見て、これ・・ならわたしも美女と名乗っていいだろうなって」


 棘には棘で返すスタイル……!

 穏やかな笑みを浮かべる両者だが、不穏な空気が漂い始める。


「なるほど……。一応わたしはガールズコレクションに出場したこともあるモデルなんですけどね。それでは、わたしたちとビーチバレーがしたいよ~って方はいませんか」


 藤堂先輩は散見される志願者のなか、順当に櫻井敬志ら男三人組を選ぶ。

 続いて文乃は俺と白石、千夜を選んだ。

 悠希いわく運動は苦手なので応援に回るとのこと。

 白石も運動音痴のはずだが、今日は珍しくやる気にあふれている。


 役者は揃い、舞台は整った。

 後はバレーで勝利をおさめ、忌まわしい過去を払拭するだけ。


 相手はバレー経験者に、男子大学生三人。

 一方でこちらは男子高校生に、女子三人。

 不利な状況だろう。

 しかし負ける気はしない。

 不思議と勝つ自信しか湧いてこなかった。



 ビーチバレーのコートで練習をしていると、意外にもオーディエンスが多いことに驚く。

 おそらく藤堂先輩と文乃の水着姿に釣られた者が多いのだろう。

 その証拠として男子の割合がかなり多い。


 今回の試合、ルールは特別仕様だ。

 三十一点のワンセット先取で、デュースあり。

 こちらには八点のハンデが与えられ、スタート地点で俺たちは大きなアドバンテージを得る形となった。


 年齢、性別の差を踏まえればもっとハンデがあってもいいと思うが、試合を楽しむことが前提なため、そこまで厳格なルールは強いられていない。


 とはいえ、楽しむといった雰囲気はない。

 それは俺がこれからする提案からも明らかだった。


「藤堂先輩、そして櫻井敬志。この試合で俺たちが勝ったら謝罪してほしい。過去の件それぞれについて」


「は? なんで俺が謝らなきゃなんねえんだよ」


「そもそも、あんな外道なことをして俺はともかく、文乃に謝りもしないのはおかしい話だろ。お前には分からないだろうが、文乃にとって大きなトラウマになっている。お前みたいな下衆野郎が文乃の足枷になっているのが、俺は許せないんだ」


 ネット越しに俺を睨む櫻井。

 だが、藤堂先輩が軽く笑って間に入る。


「遍くんはわたしにも謝ってほしいんだ。いいよ。もし勝ったら、わたしも敬志も謝る。これは約束してあげる」


「オイ、麻衣!」


「けどね、わたしたちが勝ったら、遍くんは彼女さんと別れる。そして、わたしが大学卒業するまでずーっと下僕として働いてもらうの。どう? 大好きだったわたしと頻繁に会える権利がもらえるんだよ? こっちの方が嬉しかったりしちゃう?」


 実に釣り合わない提案。

 俺は交渉不成立と言い放とうとするが──


「遍くんの代わりにわたしが言うねっ。その提案乗りま〜すっ!」


「文乃、お前何を言って──」


「あのね、遍くん、よく聞いて。遍くんの思惑通り、わたしたちが前に進むには彼女たちから謝罪されるべきだと思う。そうでないと過去に蝕まれたまま」


「その言い分は提案者の俺としても同様だ。だとしても最悪の可能性として、俺と別れてもいいっていうのか?」


 不利な状況であるがゆえ、俺はそこまでリスクを取ることができない。

 だが文乃は根本的に考えが違うようだ。


「う〜ん。別れる気なんてこれっぽっちもないよ。そもそも勝つビジョンしか見えてこないもんね!」


 文乃はとびっきりの笑みでそう言った。

 こうなった文乃は誰にも止められない。

 俺が何を言おうと意味をなさないだろう。


「へえ、面白いね、遍くんの彼女さん。戦力差なんて見るからに明らかなんだけどな。ハンデはあるけどこちらは男子大学生三人いるしさ。もう前言撤回はないよ? いい? 」


「その代わり、わたしたちが不利なのを込みで、すこーしだけ追加条件!」


「何かな?」


「謝るときは本気で謝ってもらいます」


「了解。ね、敬志もいいでしょ。どうせ負けるわけないんだし」


「……まあいいぜ。こいつらが別れるのは気持ちがいいんでな」


「そういうと思った。それじゃあお互い練習に戻ろっか」


 その後、俺たちは残りわずかの時間、ただひたすらに基礎練習に励むのだった。



 練習も終え、スコアボードに手がかけられる。

 サーブの優先権はこちらに与えられ、俺がサーバーとしてコートから出ようとすると──


「遍くん、私、お二人の命運を握る一員でいいのでしょうか?」


「そんな気負うことはないぞ。ボールが怖くなったら逃げてもいいんだ。最悪、文乃が全てやってくれる」


「ボールからは逃げません。それだけはしないです! もう克服したんですから」


「そうか、それは心強い。たった十分の練習で見違えるように上手くなってたもんな。さすが白石だ」


「お二人の為ならばビビってられませんよ。こんなことになってしまったんですから」


 緊張した面持ちで白石は語った。

 見るからに体と表情が硬い。

 これでは実力を発揮できないだろう。

 

「兄貴、最初の一発が大切なんだから。分かってるだろうけどっ」


「ずどんとお見舞いしてやるつもりだ。俺を信じろ」


「知ってるし。やる時はやってくれるんだって……! だからあたしも頑張る」


 千夜から珍しく真剣な言葉をもらう。

 実のところ、こいつは文乃に並ぶレベルでオールラウンダーだ。

 勉強、運動、コミュニケーション、ゲーム、あらゆる分野をそつなくこなせる。

 だが千夜も白石と同様に気負いすぎに思える。


 肝が座っている文乃はともかく、二人をリラックスさせる必要がありそうだ。


 俺はコートの外に出て深呼吸する。


 八点リードから始まるとはいえ、俺と文乃のこれからを左右する初めの一手。

 失敗は許されない。


 審判が笛を鳴らすや、俺は左手でボールをふわりと上げた。

 後は振りかぶった右手をボールにミートさせるだけ。

 落ちてくるボールをしっかりと見定め、俺はわざとタイミングをずらしてサーブする。



 ボールは勢いなくネットを超えていき、コートの外に不時着した。



 観衆の残念な声に釣られるように、櫻井が俺を貶す。


「ヘッあんだけ啖呵切ったくせしてクソ雑魚じゃねぇか」


 たしかに表面的にはそうだろう。


 だが、文乃は俺の狙いに気付いたようだ。

 俺を見て一瞬だけニヤリと笑った。

 

「もう〜遍くんんん。これじゃあ負けちゃうじゃん。けどけどけど、遍くんらしいな〜。ここでミスっちゃうなんて」


「うっせ。俺がダサいのなんて今さらだ」


「たしかに~。けどダサい遍くんもカッコよかったりするんだよ」


「ダサいとカッコイイって共存できるんだな。矛盾してるような気が」


「 はいはい、小っちゃいことは気にしな~い」


 たははと笑う文乃に釣られて千夜と白石が笑う。

 

「兄貴たち見てると緊張してるあたしがばかみたいだよ……」


 こめかみを押さえる千夜に、朗らかに笑う白石。


「お二人はこんな状況下でもいつものままなんですね。ある意味、見習わないとです」


「いや、文乃を見習い過ぎるとただの非常識になる。気を付けるんだぞ……」


「遍く~ん……何か言った……? 」

 

 鬼のような形相をした文乃をスルーしてポジションに着く。


 俺はわざとサーブを外し、相手に一点を献上した。

 しかしその結果、場は和み、緊張とリラックスの入り混じった心地よい空気になっている。

 作戦通り。大きな一歩だ。


 笛が鳴り、櫻井がサーブした。


 白石は球速の遅いサーブを難なくレシーブし、千夜が柔らかくトスした。

 囮の動きをした俺に男子二人がついていたが、本命は完璧超人の文乃。

 フリーの文乃はスパイクを叩きこみ、得点に成功する。


 櫻井が悔しがるのを尻目に、藤堂先輩は薄く笑っていた。

 余裕の笑みを見て、俺は警戒心をいっそう強くさせるのだった。


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