第二話 自称彼女と勘違い少女が修羅場っている件
俺の脳内は神崎文乃のことでいっぱいだ。
決して恋愛という意味ではない。
むしろ俺の日常が奪われるかもしれないという危惧である。
俺はある弥縫策を思いつき、行動に移すことにしていた。
四限が終わり、一人の女子生徒に声をかける。
「白石、昼いいか?」
「え? 遍くんが誘うなんて珍しい……」
俺が唯一交流のある女子、白石あむ。
低身長に加え、サラサラな黒髪ボブ、そして幼くも可愛い顔。
個人的妹にしたいランキング堂々の一位である。
「白石って美術部だったよな?」
「うん」
「よかった。じゃあ一緒に美術室で飯食わないか?」
「え、たしかに私なら美術室の鍵は借りられるけど……。どうしたんです?」
少し話す程度の男子にいきなり誘われれば困惑するか。
しかし面倒な女から逃げるためだと言えば、更に困惑してしまうだろう。
ここは勢いで誤魔化すしかない。
「俺には白石しかいないんだ」
「えっ、そ、そんな……いきなりすぎるよぅ!」
顔を赤らめた白石が両手を忙しなく動かす。
流行りのダンスか何かか?
「早く行こう」
「まだ心の準備ができてなくて──」
俺と一緒に飯を食うだけなのに心の準備がいるのか。
どうやら好感度は思いの外低いようだ。
白石を何とか説得し、美術室にたてこもる。
さすがにここなら神崎も来ないはずだ。
「これでひと安心っと。白石、ちなみにいつもはどこで飯を食べてるんだ?」
白石は昼休みになると、いつも教室を出ている。
食堂で友達と飯でも食べているのだろうか。
「……その、トイレで食べてる」
「そうなのか」
「うん、友達がいないから恥ずかしくて」
「こんなに可愛くて性格がいいのに友達がいないのか?」
なんたって俺なんかと会話してくれるいいやつだ。
友達がいないのが意外だった。
「はぅっ。遍くんったらやけに積極的だぁ。て、照れちゃいます」
「そんな顔を赤くするほどか?」
白石は弁当を食べようともせず、透き通った瞳でこちらを見つめる。
「……遍くん」
「なんだ?」
「早く言っちゃって下さい。今日呼び出し理由、だいたい分かってるんですから!」
早口で捲し立てたかと思うと、「あー言っちゃいました〜」とてんやわんやしていた。可愛い。
話が噛み合っていないような気はするが──
とはいえ呼び出した理由を言ってほしいようなので端的に説明することにした。
「今日呼び出したのは──」
瞬間、ガラガラガラと勢いよくドアが開く。
「彼氏みぃつけた!!」
どうやって居場所を嗅ぎつけたというのか。
神崎文乃は勢いよく乱入してくるのだった。
その勢いたるや、豊満なバストが大きく揺れるほどだ。
「ってなんでここが分かったんだ……」
「ふふ〜ん。わたしは鼻がよく効くのよ」
「お前は犬か。いや馬だな、じゃじゃ馬だ」
「はぁ〜ん? 彼女のわたしにそんなこと言っていいんだ!」
静かだった美術室は急激に騒がしくなる。
白石はぷるぷると体を震わせると、柄にもなく大声を出すのだった。
「……遍くんったら最低です! 今から私に告白しようとしてたのに彼女がいたなんて!」
あの、白石さん?
勘違いが甚だしいですよ?
「へぇ、わたしに満足しないで他の女にも手を出そうとしてたんだ? この浮気男! 甲斐性無し! 胸しか見てない変態!」
「遍くん、見損ないました。どうせ私くらいなら落とせると思ってたんですよね? このっ……女好き!」
神崎に何を言われてもノーダメージだったが、白石に言われて一撃必殺の大ダメージを負った。
なんとしてでも白石の好感度を回復しなくては!
「白石、よく聞いてくれ。これは神崎が勝手に言ってるだけなんだ。そもそも誰がこんなビッチと付き合うかって──」
「はいっ異議あり! わたしは処女だし! なんならチューだってまだなんですけど!」
「ダウト。一年で二十人と付き合う奴に信憑性はない。俺は騙されないからな。そもそも俺は清楚系おとなし少女が好きなんだ!」
「はぁ〜ん? そんな偏食してるからぼっちで超絶陰キャなの! もっと広い世界を見なくちゃ」
俺と神崎がデットヒートするなか、白石がぼそりと呟いた。
「仲良いんですね、おふたり」
「どこが」
「当たり前!」
すると仲の良さを誇示するためか、神崎が俺の方へ近寄ってくるのだった。そしてそのままゼロ距離でひっつく。
あの、胸が当たっているというか、腕が胸に挟まれてるというか──
「は、破廉恥です……! 遍くんは私にラブラブを見せつけにきたんですね」
泣きそうになる白石を宥めるべく、俺は思い切って提案をする。
「こいつは勝手に俺を彼氏扱いしてるだけだ。デートはおろか、連絡先の交換すらしていない。だけど、俺は白石となら連絡先を交換したいなって思ってる。唯一の女友達だし、何よりこれからも仲良くしたいと思ってるから」
俺は白石の連絡先を聞いた。
それは言外に神崎を選ばなかったということでもある。
「……交換します」
断られるかと思っていたが、意外にも白石は許可してくれた。
俺が素早くスマホを取り出してQRコードを見せると、白石は不慣れな手つきで友達登録をする。
「試しにスタンプ送りますね」
ポンッという可愛らしい効果音とともに、白石あむと記されたアカウントからスタンプが届けられる。
確認してみると、猫のキャラクターが可愛らしく「初めまして」とメッセージしていた。
「白石はスタンプまで可愛いんだな。しかも犬じゃなくて猫なあたり俺のことを分かってる」
俺と白石が距離を縮めるなか、神崎は珍しく黙ったままだ。
さすがの神崎も脈なしな対応をされて諦めたか?
──五秒前まではそう思っていました。
ポンッと再びスタンプが送られた通知が届く。
白石がまた送ったのかと思っていると、『宮野遍くんの彼女』という送り主からのものだった。
「じゃん! わたしも追加しちゃった! 恋人同士なのに交換しない理由がないもんね!」
そうだった。神崎文乃というやつは不屈の精神を持ち合わせていたんだ……。
「ってなんだこの登録名は」
「こうしておけば皆にわたしたちの交際を知ってもらえるのであ~る!」
「既成事実を作るんじゃない」
「遍くんが認めてくれないなら、外堀から埋めていくしかないって気づいちゃったんだもん! 策士策士~!」
しかし実に嫌な作戦である。
早めに止めなければ……。
「連絡先を消してほしくなかったら名前を戻すんだ」
う~んと腕を組みながら悩む神崎。
うん、腕に胸が乗っていて、僕の気分もノッてきました。
「ええ~じゃあわたしの連絡にすぐ返信するならおっけー!」
「できる限り善処していく方向で検討していく所存です」
「怪しいな~?」
そうは言いつつも神崎は小気味よくスマホを操作して登録名を戻す。
それを確認すると、神崎から「わたしのこと好き?」と連絡がきた。
俺は瞬時に「苦手」と返信すると、神崎はあざとくほっぺたを膨らます。
「ふんだ、遍くんが好きになるまで毎日アタックするもんねーだ! じゃあまたね!」
そして思いついたかのように神崎は去っていく。
美術室に取り残された俺と白石に気まずい空気が流れた。
「その……遍くんも大変なんですね」
「ありがとう、白石」
白石だけが癒しだ。
やはり清楚系おとなし少女に限る。
俺は神崎から届く怒涛のメッセージを無視し、スマホの電源を落とすのだった。