第十八話 因縁の相手と一触即発な件
海でひとしきり遊んだ俺たちは昼食に向かう。
出店には長い列が作られていた。
「わたしイカ焼きが食べたいな~ 遍くんっ」
文乃が俺の左腕にまとわりつく。
こうなった文乃に抗う術を俺は持ち合わせていない。
「分かった。俺たちはイカ焼きの列に並んでくるが、三人はどうする? なんなら買ってくるが」
「私たちは焼きそばに並びます。遍くんたちこそ買わなくていいですか ?」
大丈夫だと言おうとするも、文乃が遮る。
「う~ん。おなかすきまくりだから焼きそば一つお願いしようかなっ。よろしく!」
満面の笑みで言い放つ文乃。
俺が言うのもなんだが、食べ過ぎじゃないんですかね……?
二十分ほど並び終わり、砂浜の拠点で昼食にありつく。
白石は悠希にメロメロのようで、二人っきりで散歩に行った。
残された千夜は俺と文乃の会話をニヤニヤと見つめながら、焼きそばを食べている。
各々が楽しそうで、俺はふと微笑んでしまった。
高校の一年間は邪険にされてきた俺も、親しき友を作り、最愛の彼女ができた。
これを幸せというのだろう。
俺も文乃も過去の一件をほぼ忘れ切っている。
すべては上手くいっている──はずだった。
文乃が奇天烈なことを言っているなか、俺は視界外から飛んでくるバレーボールに気が付く。
「遍くん?」
いきなり立ち上がった俺は片手でボールをキャッチする。
そしてボールの主を見て驚きのあまり身体が硬直した。
「──いやぁわりい。たまたまだからよ、怒んないでな」
金髪のパーマを当てた背の高い男子がニヤニヤと笑っていた。
櫻井敬志、あの忌まわしき男だ。
「そんな、どうして、そんな……」
「神崎さん……?」
文乃の様子がおかしいことに千夜が気付く。
千夜に文乃の介抱を任せ、俺は問い詰めることにした。
「たまたまならいいが、意図的に思えるのは気のせいか? 」
俺は鋭く櫻井を睨む。
しかし彼はおどけたように連れの女性に話しかけるのだった。
「偶然だって。なぁ まいはどう思う?」
どこかで聞いたことがある名前。
まさか、な。
「うん、全部偶然だよ。神様が少し遍くんたちに悪戯しただけ」
そう言って彼女はこちらを見つめる。
昔から変わらない栗色の長い髪、モデルのような体型と容姿。
上着を羽織ってはいるが、胸は文乃に負けず劣らずといったところ。
三年前よりも大人びた先輩はやはり容姿は綺麗だった。
「やほ、遍くん。口をあんぐり開けてどうしちゃった? またわたしに惚れ直しちゃった? ふふ」
頭が真っ白になる。
俺を恋愛恐怖症に陥れた元凶、藤堂麻衣。
再び相まみえることになるとは想像だにしていなかった。
何を話したらいいのか、瞬発的に出てこない。
「遍くん、もしかしてこの人って……」
気を取り戻した文乃が気付く。
勘の鋭い彼女は俺の動揺から看破したようだ。
「あらあら、遍くんの彼女さん……? 随分と不釣り合いな気がするけど……。遍くんの彼女にしては可愛すぎる気がするな~。わたしには負けるけど」
藤堂先輩の挑発に、文乃は丁寧な言葉で返す。
「お言葉ですが……、遍くんは最高の彼氏です。あなたには不釣り合いなくらいに、完璧で素敵なんです」
物怖じしない文乃。
作ったような表情と上ずる声から虚勢なのが見て取れた。
文乃はトラウマの櫻井がいるというのに、頑張って言い返してくれている。
俺が黙っているわけにはいかない。
「さて、二人がどうして関わっているのか、どうして再び俺たちに干渉してくるのか、教えてほしい」
「わりいがさっき言った通り偶然だからよ、そう怒んなって。簡単に言えば、昔ナンパして麻衣と仲良くなって、話していくうちにお互いお前について知っていた。そして今日たまたま見かけたからちょっかいをかけた。よく見れば女をいっぱい連れてっから、俺が少し貰おうかなって感じ、分かる?」
にわかには信じられない。
しかし奇跡的で不運なめぐりあわせが起きたことを受け入れるしかなかった。
「貰うとはどういうことだ」
「そりゃぁ、女遊びのストックに決まってんじゃん。お前、女遊びしたことないの? まぁなさそうだもんな、麻衣の話を聞く限り」
櫻井は文乃を舐め回すように見やる。
「君さ、そんなのと付き合うんじゃなくて、俺たちとつるんだ方がぜってえ楽しいよ? 俺大学生だし、色々楽しい遊びも知ってるんだぜ?」
どうやら彼は神崎文乃に気付いていないようだ。
文乃は三年前とは見た目も性格も声も違う。
分からなくて当然か。
「よくそんなこと言えますね、ううん、言えるね。わたしをあれだけ傷つけたくせして」
櫻井は文乃の口ぶりからようやく察する。
「うん……? お前もしかして、まじか? あんときの──」
「そう、わたしは神崎文乃。三年前とは生まれ変わった」
「驚いた。やっぱあんときに無理してでも婚約しとくべきだったかぁ。こんなに可愛くなるなんてな」
「三年前と全く変わってないようね。成長も反省もしていない、下衆な女好きのまま。恥ずかしくないのかな」
「うるせえ。俺はカッコいい。そして女はカッコいい男を好む。ウィンウィンだってこと。ま〜そいつには分からない次元の話か~」
櫻井は嘲笑とともに俺を指さした。
文乃が言い返そうとするが、俺は手で制する。
「さてちょっかいはそろそろ終わりでいいか。今さら昔の傷害事件を明るみにさせる気はない。そして干渉するなと昔に伝えたはずだ」
俺はそう言ってバレーボールを強く櫻井に返す。
ボールは櫻井の胸で勢いよく跳ねた。
「いってえな。クソ」
「俺たちを狙ったボールはこんな勢いじゃなかったぞ。軽くお返ししただけだ」
一触即発の雰囲気になるが、藤堂先輩は穏やかに言い放つ。
「遍くん、一時間後に舞台でイベントやるから来てね。わたし出るんだから」
手を振って藤堂先輩は去って行く。
続いてバレーボールを強く握りしめた櫻井が鼻を鳴らして着いて行った。
文乃は疲労を隠しながらおどける。
「は~っ……。どっちとも鉢会うなんてまさにアンハッピーセットすぎるよ~」
小さく縮こまっていた千夜が俺たちの顔を窺う。
「兄貴、今のってやっぱりそうだよね」
「あぁ、想像している通り。最悪な組み合わせが俺たちの目の前に現れた」
「ほんっとに神様は残酷なことをするもんだ~! けどね、遍くん……」
「ん?」
「わたしたちが出会えたのはあの人たちのおかげ。わたしたち主人公はあのモブが最低なことをしたからハッピーエンドを迎えられるんだよ」
俺と文乃が主人公か。
文乃の考え方は楽観的だが、ある種、現実的だ。
「確かにあいつらがいなかったら俺が文乃とフラグを立てることもなかったわけだしな」
「そうそうっ! 二人ともただのお膳立てでしかないのであ~る。今日もそのお膳立てっ」
文乃はイベントがある舞台の方を一心に見つめた。
そこには「美女対抗ビーチバレー対決イベント」と大きく看板が書かれている。
何やらまた一波乱ありそうだな。
遠くで見守っていた白石と悠希が合流する。
俺は全てのあらましを伝え、軽く準備運動を始めるのだった。




