第十五話 陰キャ少女と植物園デートしてみた件
駅の構内をこだまする蝉の声。
俺は汗を拭いながら、ある女子を待っていた。
スマホの画面に『今着きました』の通知が流れる。
返信する間もなく、彼女は改札口を通ってこっちにやってきた。
「こんにちはです。遍くん」
「白石、久しぶりだな」
白いワンピースを着たボブヘアーの妖精は、暑さを忘れるくらい可憐だった。
夏休みになって一週間経ったが、その期間で可愛さが増したように感じる。
「植物園、楽しみですね。……二人きりですし」
「文乃も二人で楽しんできなって言ってくれたし、うんと楽しもうな」
「はい、もちろんです……! 早速向かいましょう」
中間考査の勝負で俺は白石とデートの予定ができたものの、長い間実行に移せていなかった。
そのことを文乃に相談したところ、意外にも快諾されて今日の植物園デートに至るというわけだ。
あいつのことだから三人で行くことを提案すると思ったが、どうやら俺たちの友人関係を信頼してくれているらしい。
珍しくるんるんな白石は足取りが軽く、首にぶら下がるデジカメが揺れる。
「白石ってカメラ好きなのか?」
「そうですね。デッサンの題材にもなりますし、そもそも写真を撮ること自体が好きなので」
「確かに絵になるな……」
「風景は特に絵になりますよ」
「いやそうじゃなくて、絵になるってのは写真を撮ってる白石の姿の話だ。若者言葉ではエモいって言うんだっけか」
「て、照れます! そんなこと言われると……!」
白石は顔を隠すようにして、小走りで先に行ってしまった。
そんな彼女を少し眺めていると、券を買わずに入園しようとして係員に止められていた。
「そんなに植物園が待ち遠しかったのか……?」
顔を真っ赤にして戻ってきた白石は、よく見ると涙目だ。
「はぅ……、勢い余って恥をかいてしまいました。穴があったら入りたいです……」
「俺だって恥の多い人生を送ってきてる。同じ穴の狢だ。気にするなって」
「そうは言ってもめちゃくちゃ周りの人に見られましたよ。死にたいぃ……」
「ちなみに俺もめちゃくちゃ見てたぞ」
「うぅ、私のライフはもうゼロです、遍くん……」
「すまんすまん、つい面白くてな。さ、早く中に入るとするか」
手際よく手続きして入園すると、めいっぱいにヒマワリ畑が広がっていた。
「綺麗ですね……! 陰キャの私には眩しすぎるくらいですけど」
「白石に悲哀が漂っている……」
ヒマワリを見て自虐できるのはむしろ凄いな。
しかし白石はヒマワリこと陽キャにひるむことなく、写真をパシャパシャと撮っていた。
屈んだり、腕を伸ばしたりと角度に拘りがあるようだ。
「遍くんもこっちに来て下さい!」
「お、おうっ」
珍しく力強い誘いに驚いたが、楽しんでいるからこそだと思うとつい笑みがこぼれる。
「一緒に写真撮るか?」
「え、えぇっ! 撮ります。またまた、どうしたんですか?」
「楽しそうな白石が珍しくてな。あとは文乃にツーショットを見せてからかおうかと」
「うわぁ……。多分ですけど、後者は神崎さんに殺されかねないですよ」
「……それもそうだな。あいつを刺激するのは被害が大きそうだ」
ただでさえ今日のデートを許してもらっている身である。
ここは控えておくか。
そう思っていたのだが、見知らぬ女性に声を掛けられる。
「お二人さん、写真でも撮りましょうか!」
マスクにサングラスという不審者スタイルの女性。
声音からして同い年くらいだろうか。
「……それじゃ、お願いします」
断るのもなんなので、つい引き受けてしまった。
白石もいきなりのことに逡巡するが、すぐさまカメラを渡して俺の隣でピースサインを作る。
「いっくよ―! はいちーずっ!」
カシャカシャッとシャッター音が鳴る。
その後、女性は俺にカメラを渡して去っていった。
「何だったんだあの人は。ありがとうを言う間もなく行っちゃったな」
どこかのおてんば娘に似ている。
「あのコミュ力からして、おそらく陽キャでしょうね。変人でしたけど」
二人して写真を確認してみると、お互いにぎこちない笑みで笑ってしまった。
「なんだか写真慣れしてないところが俺たちって感じだな」
「ですね。それにヒマワリの存在感に負けてしまっている感じも」
「確かに添え物感が否めない。そうだなぁ、あのヒマワリならどうだ?」
俺が指さした先には紫色のヒマワリが咲いている。
「遍くんは私の好みがよくわかってますね。紫のヒマワリの花言葉は悲哀ですし、そんなアンニュイなとこも私は好きですね」
「花言葉もわかるのか。すごいな」
「暇な時に調べたんです。時間だけは有り余ってますからね」
さすが教養高い白石である。
ここは俺の好きな花も聞いてみるか。
「俺はヒヤシンスが好きなんだが花言葉って分かるか?」
白石は俺の顔を見てふふっと笑った。
「なんだなんだ。そんなに変な花言葉だったのか?」
「いえ、むしろ遍くんらしいなって」
「え? もったいぶらずに教えてくれ……」
「ヒヤシンスの花言葉はスポーツ、ゲーム。そして悲しみを乗り越えた愛です。ぴったりすぎてつい笑ってしまいました」
「それは面白いな」
確かに俺はゲームもスポーツも好きだ。
そして藤堂先輩の悲しい一件を乗り越えて文乃と付き合った。
まさにヒヤシンスを体現したような人物像である。
「じゃあ白石はどんな花が好きなんだ?」
「私はアネモネが好きですよ。花言葉は儚い恋、恋の苦しみとかですね」
「失恋って感じのイメージだな」
「ですね。でも私はただアネモネの綺麗さが好きなだけです。花言葉が私を表しているわけじゃありませんよ」
白石は遠くを見てそう呟く。
目線の先にはイチャつく高校生カップル。
手をつないで一緒に写真を撮っており、青春の真っただ中である。
「……」
「……」
短い沈黙が流れる。
それを破ったのは俺でも白石でもなく、先ほど写真を撮ってくれた人だった。
「へぇ、あなた、花言葉に詳しいんだ! わたしが好きなスイートピーってどんな花言葉か分かる?」
かなりフランクに話してくる変人もとい不審者。
しかし悪い人ではなさそうだ。
というよりか、この人、いやこいつはおそらく──
「確か門出、優しい思い出だったはずです。間違ってたらすみません」
白石は優等生らしく回答した。
てか、すぐに花言葉が出てくるのって地味に凄い特技だよな。洒落てるし。
「ほぇー。ありがとう! やっぱわたしにぴったりだ」
またしても事が終わると女性はふらふらとどこかへ行ってしまった。
「……いったいなんなんでしょうかね」
「世の中には変人がいっぱいいる。何を考えているかなんてわからないものさ。文乃だってその一人だ」
「考えても無駄ってやつですね……」
気を取り直して、俺たちは園内をぶらーっと周る。
温室エリアには見たことないような植物が多く、知的好奇心をくすぐられる。
ちなみに、白石がウツボカズラを買おうとしたので止めた。
温室館の横には人気のカフェがあり、せっかくなので立ち寄ることにした。
そこには花にちなんだ短編小説や絵本が置いてあり、ざっと目をとしながら趣深いティータイムを味わう。
ちなみに、白石がサボテンでお茶を作れないかと考案したので止めた。
「白石って意外に面白いんだな」
「へ?」
ベンチに座って写真を確認していた白石が驚く。
「今日を通して天然な一面が垣間見れたというか」
「え、自覚ないです」
「なんか文乃みたいな奇天烈さもある……」
「それ、ディスってます?」
「特に文乃をな」
俺が笑いながら喋ると、ベンチ裏の茂みがザザザと動いた。
──全く、文乃の奇天烈さには困らされるばかりだ。
「そんなこと聞かれたら神崎さんにゲンコツくらいますよ……」
白石からいいトスが上がったな。
「ふむ、あいつがここにいるわけないから大丈夫だ。ゲンコツできるものならしてみろってな」
すると、バサッと茂みをかき分ける音がなり、例の不審者女が出てくるのだった。
「うわっ! 何事ですか!」
白石は見事に驚くが、俺としては予想通りだ。
「黙って聞いていれば、遍くんてば言いたいこと言ってくれちゃって!」
「あれ、神崎さん……?」
マスクとサングラスを外すと、そこには見慣れたおてんば娘がいた。
髪は変装のためか、いつもの内巻きではなくストレートである。
「餌を撒いたら出てきたな。さすが学力はあるのにアホな文乃だ」
文乃は身体をはたいて木の葉を落とすと、俺の隣にどすんと座る。
「遍くん、わたしのウルトラスーパーゲンコツの覚悟はできてるかな!」
「俺は暴力しないような子が好きだけどな」
うう……と振り上げた拳をしまう文乃。
一部始終を見ていた白石が真相を問い質す。
「神崎さん、もしかして尾行してたんですか?」
「いえす! つい気になっちゃって!」
「なるほどな。俺たちのデートは尊重したいけど、どんなことしてるか気になったってところだろ」
「さすが我が彼氏はわたしのことをよく分かっておる」
「それくらいお見通しだ。花言葉を聞いてきたあたりで大体の見当はついてたしな」
「えっ、私なんて全然気付きませんでした。変な人がいるなってそれだけで」
「ふむふむ。遍くんには気付かれちゃったけど、あむちゃんを騙せたということでドッキリ大成功っ!」
パチパチと一人で拍手する文乃。
俺は小さなため息をついて呟く。
「結局、文乃も交えていつものメンツってわけだな」
「ふふ、そうみたいですね」
「遍くん、もしかしてあむちゃんと二人きりがいいっていう示唆じゃないよね? ね? ね!」
「お、文乃も俺の心がわかってきたみたいだな」
「ふぅん、けど遍くんはわたしのこと大好きなの知ってるしいいも~んだっ!」
俺たちは暑さも忘れて笑っていた。
植物園であろうと美術室であろうと何かが変わるわけではない。
文乃は太陽みたいに明るく、白石は日陰みたいに心地よい。
俺は現状に満足している。
そう、藤堂先輩のことなど忘れ去るくらいには──




