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第十二話 球技大会で俺がリア充陽キャとバトっている件


 校舎に囲まれるように位置するコート。

 その中央、俺は近藤たちと握手を交わしていた。


「やぁ。まさか本当に相まみえるとはね。しかも決勝の大舞台で」


「よう。正々堂々よろしく頼む」


 チームメイトから疑問の声が飛ぶ。

 どうして陰キャの俺如きが近藤と関わりがあるのか、と。


 それもそのはず。近藤公人は今も黄色い歓声が飛んでいるような学年トップカーストの陽キャ。

 俺なんぞが交わることのない雲の上の存在。

 一方、俺の方はチームメイトからも信頼されていない泥の下に眠るヘドロみたいなもの。

 まさに雲泥の差だ。


 だが太陽は平等に俺たちを照らしている。

 目立ちたがらない白石が最前で応援してくれている。

 文乃が保健室から声援を送ってくれている。


 ここは劇的な勝利を収めて、ロマンチックな展開とやらを見せてやろうじゃないか。


 甲高い笛が鳴り、相手ボールで試合が始まった。


 フォワードの近藤がドリブルでボールを前線に運ぶ。

 対してミッドフィルダーの俺はマッチアップを図る。


「へぇ。早速やる気なんだね」


「お前がやり合いたそうな目をしていたからな」


 近藤は爽やかスマイルのまま俺と競り合う。

 脚と脚がもつれ合い、肩と肩がぶつかり合った。


 わずか数秒の膠着。

 近藤への声援、俺へのブーイングが入り混じる。

 

 そして、一対一は近藤の個人技が勝った。


「悪いけど主人公は僕なんだ」


「…………」


 俺を抜き去るや、近藤はスピードに乗ってそのままゴールを決めるのだった。


 手を振って周りの声に応える近藤。

 一方で我がチームは早々に焦燥感を募らせる。


「マジ近藤ゲーすぎる……」

「県選抜に勝てるわけないわ〜」

「宮野、お前抜かれるんじゃねえよ」


 外野だけでなく、チームメイトからもブーイングを受けていた。

 相変わらず俺の心証は最悪らしい。


 力の差を自覚したのか、相手チームは余裕を見せ始めた。

 近藤なんかはリフティングしながらドリブルし、わざわざ俺の方へやってくる。

 俺と向かい合って一言。


「君みたいなモブが文乃に気に入られるのはなぜなんだい?」


 近藤の声音は低く冷たく、静かながら怒りに満ちていた。

 俺にしか聞こえない声で呟くので、誰も剣呑な空気に気付きはしない。

 怒りは荒いプレーに表れ、俺はたびたび鈍痛に苛まれる。


──だから俺はわざと彼を逆撫ですることにした。


「近藤、お前は今まで全てを手に入れてきた。なのに一人の女子は手に入れられなかった。そしてその女子は嫌われ者の俺なんかに想いがあるときた。だからそんなことを聞くのか?」


 一言一句に嫌味を込める。

 近藤の自尊心をえぐるように。


「──面白いことを言うね、陰キャ風情が」


 近藤はレフリーの死角で俺に肘を入れる。

 紛れもなくファールであり、暴力だ。

 しかしプレーは続けられた。


「こんなにファンもいて人気者なのにな」


「うるさいなぁ……」


「でも文乃はお前のことを嫌っているようだったな」


「あのさ、少し黙ってくれないかい?」


 ──瞬間、近藤は距離を取ると、ゴールではなく俺めがけてシュートを放ってくるのだった。


「──ッ」


 鳩尾にクリーンヒットしたボールがコート外に転がっていく。


 息ができない。声が出ない。立ち上がれない。

 激痛で涙が出そうになる。

 でも思考だけは今も動いていた。


 咳き込む俺を近藤は見下す。

 彼もアホではない。

 いつもの笑顔で俺に手を伸ばす。

 もちろん観衆に聞こえるよう謝罪も口にしている。


「ごめんね。ロングシュートを撃とうとしたら当たっちゃってさ」


 「近藤くん優しい〜」の声が一斉に飛ぶ。

 対して「あんな奴に謝らなくてもいいのに」という過激ファンの声もあった。


 レフリーが寄ってくると同時に俺は立ち上がる。

 まだここで退くわけには行かない。


 今はまだ俺が勝つための過程だ。


 再びキックオフが始まると、俺のチームはパス回しでポゼッションを高めようとする。

 

 近藤は俺の横にいた。

 怒り冷めやらぬといったように言葉を紡ぐ。


「どうだい? 今の気持ちは」


「意外と痛くないんだなって感じだ」


 俺はそう言ってぴょんぴょんと跳ねた。

 正直言うとまだ痛みはあったが余裕を演じる。


「強がりかな。僕が君の隣にいるから誰もパスしてこないね。どうだい? フットサル決勝、活躍の場だって言うのに」


「強敵のお前がパスカットに来ないんだ。俺を犠牲にしてチームは円滑に進んでいる。合理的だな」


「文乃にいいとこ見せられなくて残念だね」


「そもそもあいつは保健室で治療中だ。見に来てすらいない」


「そっか。絵梨佳のやつやりすぎちゃったか」


「……その言い方からすると、千代田の執拗なラフプレーはお前の指示ってことか?」


 近藤は指を鳴らして、笑ったまま俺に言い放った。


「うん、少し痛い目を見て欲しくてね。絵梨佳に色々吹き込んだらやってくれたよ。噂までしなくても良かった気はするけれど」


「まさか、そのためにあいつと付き合ったのか?」


「正解。けど、付き合わなくても従ってくれただろうし、セフレでも良かった気はするね」


 俺はチームメイトの懸命なパス回しを眺めながら、やるせない気持ちで胸がいっぱいだった。


「どうしたんだい? そんな苦悶の表情で。モテる僕のことがそんなに羨ましいって?」


 もちろん異性にモテるのは羨ましい。

 だが彼は人を裏切り、道具のように扱うクズ野郎だ。

 俺は首を横に振る。


「俺は神崎文乃がいるから十分だ」


 嫌味たっぷりに言った。

 唯一近藤が言い返せない一言。

 苦悶の表情だったのはむしろ彼の方だった。

  

 だいぶフラストレーションが溜まっているようだな。


 そろそろ動き出さないと準優勝に終わってしまう。

 そう思った俺は屈辱で固まる近藤を振り切って、パスを貰うことにした。


「こっちだ」


「お、おう」


 フリーの俺は山本からスルーパスを受け取った。

 しかしゴールは目指さず、近藤の元へ駆け寄る。


「なるほどね。僕と勝負をしようって魂胆か。いいね、望むところだよ」


 俺は足の甲に吸い付くようにボールをコントロールし、近藤のディフェンスをかいくぐる。


「近藤、お前はすごいやつだ。外面も良く、スポーツ万能で、学力も高い。人気の理由がわかる」


「なんだい? 急に」


「だが、だからこそと言うべきか、他人へのリスペクトが足りない」


 だから人を道具のように扱えるし、自分の支配下に置けない文乃に固執する。

 

「くだらないね。僕ほどの有能がリスペクトをする必要はないんだ」


 近藤は荒いプレーを隠そうともしなくなった。

 腕を容赦なくぶつけてくるが、すんでのところでかわす。


「俺をリスペクトして真似たら文乃も振り向くかもな」


 あまり文乃をダシにしたくはないが、近藤公人の真の一面を衆目に晒すにはこうするしかない。


 近藤は歯噛みするような顔で俺を睨む。



「さっきからうるさい、うるさいうるさいうるさいッ。僕がお前なんかに劣るわけないだろ……! こんな陰キャが文乃に好かれるわけないんだ」



 近藤の叫び。それは声援をかき消すほどだった。


「屈辱だろう? こんな陰キャ相手に苛立つくらいには」


 俺は近藤の股を抜いてドリブルをした。

 されど近藤もその俊足を生かして迫ってくる。

 だから俺はあえてスピードを緩めた。


「なっ──」


 近藤が無様に転ぶ。

 それもそのはず。ちょうどスピードに乗ってきたところで俺が止まったからだ。


「なあ近藤、俺のほうがフットサルうまいんじゃないか?」


 先ほどとはうって変わって俺が近藤を見下す。

 倒れる近藤の目前でリフティングを披露する。

 

「はは……はははは。僕が君程度に負けるとでも? この近藤公人が?」


 いつもの爽やかさはもうない。

 醜悪で傲慢な近藤がそこにいた。

 

 近藤は荒々しく立ち上がると、思いっきりタックルを仕掛けてきた。

 俺はボールを軽くけり出して易々とかわしてみせる。


 この尋常ならない雰囲気に加わる者はいない。

 観衆でさえ息をのんでいる始末だ。


「そうだ。近藤、お前は負けているんだ。俺なんかに遅れを取っている」

 

 冷静を失った近藤は実力を出せないでいた。

 その目線を見ればファールすれすれの蹴りも予測して避けられる。


 ボールが取れない。怪我もさせられない。

 ただただ宮野遍という陰キャに翻弄される。

 今まで人気者だったメンツに傷がついた瞬間だっただろう。


 だから彼はやってはならないことをした。


「なんで、なんで僕がこんな思いをしなきゃいけないんだ……! くそッ!」


 近藤はボールを持っていないのにもかかわらず、右足を地面に対して水平に振り上げる。


 とうとう感情を制御できなくなったか……。

 そう思った俺は近藤渾身の蹴りをわざと・・・受けた。


「うっ──」


 近藤の蹴りは俺の腰を強打し、その威力を受け流すように俺は吹き飛んだ。

 

 誰かが悲鳴を上げる。


「きゃあああ!」


 ゴムボールのように弾け飛んだ俺は土埃がかかっても動かない。

 悲鳴が悲鳴を呼び、現場はパニックになった。

 うっすらと目を開けて近藤を眺める。


 己がどこで何をしてしまったか、ようやく理解できただろう。

 呆然と立ち尽くす学年のスター。

 いくら近藤であろうと、あからさまな暴力は許容されない。

 特に女子の見る目は一瞬で変わる。

 今まで作り上げてきた虚像が崩れ去る瞬間だった。


「違うんだ。僕は悪くない。あいつが──」


 両チームの選手だけでなく、数人の先生も立ち寄る。

 俺は保健教諭に状態を聞かれたので、大丈夫ですと答えてひょこっと立ち上がった。

 実際、俺は蹴られた際に受け身を取ったのでダメージは最小限に抑えられている。


 一方で近藤は叱責を受けていた。

 最終的に近藤の退場が言い渡されたところで、俺は笑顔で提案をする。


「せっかくの決勝ですし、今のは不問にしてもらって構わないです。被害者の俺が言ってるんですから、異論はないでしょう?」


 先生は渋った顔をしたが、毅然とした態度の俺に同意を示してくれた。

 対して近藤はまだ感情を制御できていない。

 

「……おい陰キャ、情けをかけて僕に借りを作ったつもりかい?」


 先生が何か言おうとするのを手で制し、俺は目的を告げる。


「利害関係じゃない。ただ俺が今日の主人公だと証明するだけだ」


 ──今まで仲間外れにされてきた高校生活。

 集団競技のサッカーは諦め、目立たない暮らしを続けてきた。

 だが神崎文乃が成し遂げられなかった願いを叶えるべく、俺は今日だけ本気を出す。

 

 神崎文乃は真正面から非道に立ち向かった。

 ならば俺は陰キャらしく相手が嫌がることで対抗してみせる。

 近藤公人の化けの皮を剥がし、そして主人公らしく逆転勝利を決める。


 陰キャが主人公の物語があったっていいだろう?


 時間も押しているとあってゲームが再開された。

 敵の士気は明らかに下がっており、今が攻め時だろう。

 

「山本、パスだ」


「お、おうっ」


 山本から再びパスを受けるや、俺は脱兎の如くゴールへ向かった。

 一人、二人とかわしていき、キーパーと一対一というところで──


「僕は君なんかに負けない」


 近藤への声援はもう飛んでいない。

 先刻の一件を経て近藤を見る目は急変している。

 

「ここで勝っても、俺を蹴り飛ばした印象は拭えないぞ」


「うるさいッ!」


 近藤が出した左足の上をするりとボールが飛び越えていく。

 俺はそのボールが地面につく前に、ダイレクトでゴール右下に撃ち込んだ。


 甲高い笛の音。


 ──ゴールが決まった瞬間だった。


キーパーは反応できずにただゴールネットを眺めるだけ。


「……なんで僕よりも君が目立つんだ。なんで」


 唖然とする近藤の横を無言で通り過ぎる。

 もはや交わす言葉もないだろう。


 海外で活躍する日本人サッカー選手に苦難は多い。

 余所者がボールを集めるには結果が必要だからだ。

 しかしゴールを一つ決めれば世界は変わる。

 絶対たる信頼は結果の上に構築される。


 山本からしか送られなかったパスが次々と俺に集まる。

 今や近藤のカリスマ性は見る影もなく、彼はカカシのように突っ立っているだけ。


「ねぇ公人、頑張ってよぉ!」


 千代田の悲しい応援が空虚に響いた。

 俺がゴールに向かって猛進するなか、近藤が蘇ったように俺を追いかける。

 不誠実ながらも千代田は近藤の彼女だ。

 彼なりの最後の矜持か。


 だが──

 

 近藤が千代田に抱く想いより、俺が文乃に抱く想いのほうがずっと強い。


 俺は角度のないコート右端からゴール前の近藤に向かって低弾道シュートを放った。

 勢いはもちろん、右回転がかかったボールは近藤の足をはねてゴールへ吸い込まれる。



「いい合わせだな、ナイスゴール」



 そして試合終了の笛が鳴った。

 試合は近藤のオウンゴールをもって終了し、チームメイトは叫びをあげる。


「やったぁぁあ! 勝ったぁぁあ!」

「まさかの宮野活躍かよ。まぁナイスには違いねぇ!」

「いや~近藤に一泡吹かせてやったぜ!」


 ま、悪い気分じゃないな。たまには注目されるのも。

 近藤が生徒指導教諭に連れてかれるのを横目で見ていると、とてとてと白石が駆け寄ってきた。


「遍くん……! 優勝おめでとうございます! あと怪我は大丈夫ですか?」


「ありがとう、白石。怪我は今のところ大丈夫そうだ」 


「本当に本当にかっこよくて……惚れ直しちゃいそうで……あっ」


 白石がはわわと顔から湯気を出していた。

 

「白石……最前で応援してくれてるの見えてたし、この勝利は極秘練習の成果でもある。本当にありがとうな」


「う~泣いちゃいそうですぅ……」


 目に涙浮かべる白石を見て心が和むが、何か物足りなかった。

 そう、肝心の能天気おてんば娘がいないのだ。

 

「白石、あのアホはどこだ? まさか試合を見てなかったのか……」


「私、お昼以来見てないですよ。いつもみたいに私はぼっちでしたから」


 俺がいるよ、いつもでもどこまでも……と言いかけたがやめる。

 そんなセリフはすぐに口走っていいものじゃないからな。


「あいつ、まだ保健室なのか……?」


 探しに行こうかと思っていると、何故か俺はクラスメイトに囲まれていた。

 まさかの公開いじめか?と思っていたら、むしろだったらしい。


「宮野くん見てたよ。ゴールもドリブルも! ちょーすごかった!」

「あの近藤に勝つくらいだもん。遍様様だな!」

「近藤ゲーじゃなくて宮野ゲーとか聞いてね~って!」


 よく今まで俺を避けておいて馴れ馴れしく接してくるものだ。

 しかし誤解を解こうともせず、放置していた俺の努力不足と言われれば仕方あるまい。


「ありがとう。でも俺は今用事があってだな──」


「え~いいじゃん! もうそろ表彰式だしさ~わたしら宮野くんとあんま話してなかったし丁度いい機会!」


 これが近藤が望んでいた人気者というやつか。実に厄介だ。

 宮野遍はにげだそうとした。しかし、まわりこまれてしまった。

 とまぁこんな感じでクラスメイトにつきまとわれ、文乃を探しに行くことはできなかった。


 この後は表彰式。俺はチームの代表として優勝のスピーチをすることになっていた。

 想いを伝えるのにも、神崎文乃を取り巻く噂を払拭するのにもいい機会だ。


 既に緊張しながらも、俺はなんてスピーチするか脳内会議を開くことにしたのだった。

 

 

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