第十一話 球技大会で自称彼女が元元カレの今カノとバトっている件
気づけば球技大会当日。
しかし雲行きは怪しかった。
なぜなら週が明けてから「神崎文乃が近藤公人に復縁を迫っている」という噂が流れているからだ。
文乃は一笑に伏していたが精神的ダメージは少なくないだろう。
それに文乃がいくら火消しをしようが、噂する者は真偽や妥当性など気にしない。
ただひとつのゴシップネタとして娯楽に帰するだけだ。
「……実にくだらないな」
「ほぇ? 遍くんがグレてる! どうしようあむちゃんんんん」
「多感な時期ですから仕方ないのです。戻ってくるのを待ちましょう……」
白石が母親みたいなことを言っていた。
「グレてないグレてない。ただ憂いていただけだ」
「ま~確かに遍くんのクラス今負けてるもんね……」
「そういうわけではないが……」
目の前に広がるのは男子によるバスケの試合。
俺のクラスの男子と文乃のクラスの男子がしのぎを削っているところだ。
文乃が勘違いしたように、我がクラスは壮大に負けていた。
「はぅぅ、緊張してきました。こんなに大勢の人に見られているなんて」
体育館は試合待機組で埋まっている。
俺たちもその中の三人だ。
「大勢に見られるからいいんじゃん! 学年で優勝したらその場で遍くんに告白できるし!」
「そうかそうか、それは頑張れ──ってうん? お前今なんて」
俺の耳が正しければ公開告白すると言っていた気がしたんだが。
文乃は恥ずかしがることなく、あっけらかんと語った。
「学年一位を決める決勝戦はみんな見てるでしょ? てことで、わたしにまつわる変な噂を告白でどっかやっちゃおうって作戦!」
「なるほど。俺に告白することで近藤の噂を払拭しようって魂胆か──っておい、俺を巻き込む気満々じゃないか。恥ずかしいだろ!」
「どっちみち優勝して告白なんてロマンチックだし、近藤くんとか関係なしにするよっ!」
「誰かこの恋愛ビッチを止めてくれ……」
しかし白石の評価はなぜか良かった。
「私にも神崎さんみたいな度胸があれば良かったのに……」
俺は思わず虚空を見上げる。
告白すると前もって予告されたものの、俺は返答をどうするか迷っていた。
そもそも俺は文乃のことが好きなのか?
彼女のことを信用していいのか?
確かに今までの文乃の言動は俺に対して一途だし本気のように思われる。
しかし当日弄ばれた先輩を思い出すとどうも踏ん切りがつかない。
そんな葛藤などつゆ知らず、文乃は金髪ロールの女子と話していた。
お友達さんかしら?と思っていたがどうにも違うらしい。
「あんさぁ、神崎さん、うちの公人にちょっかい出すのやめてくれる?」
なにやら険悪な雰囲気。
金髪ロールの取り巻きがニヤニヤと笑っていてひどく不快だ。
「そうは言われてもなぁ。わたしは近藤君じゃなくて遍くんにゾッコンだし、つまり、あらぬ疑いなんだよ〜!」
金髪ロールはこめかみに青筋を立てて言う。
「じゃあなんで噂が立ってるわけ? 火のないところに煙は立たないんだけど?」
「う~んそういわれてもね~。近藤君が噂を広めてるかもしれないし……。とにかくそんな事実はないから大丈夫!」
「はぁ? うちの公人がそんなことする訳ないじゃん。まぁいいや。いくら男好きだからって公人はやめてってだけ」
「おっけ~! 了解了解!」
憤怒の金髪ロールに、軽く受け流す文乃。
これ以上文乃に指摘しても無駄だと思ったのか、その集団は遠くに消えていった。
「……なんなんだ? 今のは」
「お聞き苦しくて申し訳ナッシング。あの子は千代田絵梨佳ちゃんだよ。知らない? 昨日、近藤君と晴れて結ばれたっていう」
「……つまり近藤さんの彼氏さんということです?」
「正解! だからわたしにクレームを言ってきたんだと思う。ま~気持ちは分からなくないんだけどね」
「まったく。しょうもない痴話喧嘩だな。あの程度で事なきを得ればいいんだが──」
しかし遠くでこちらを睨みつける千代田を見て、まだまだ因縁は続きそうだなと確信に変わった。
◇
午前中はとにかく忙しかった。
俺はフットサルを四試合も行いヘロヘロだ。
とはいえ全勝したとあってAグループ一位の我がクラスはBグループの二位との準決勝が待っている。
近藤のクラスはどうやらBグループ一位らしく、このままいけば決勝戦で相まみえるだろう。
文乃が昼食のサンドイッチをほおばりながら労う。
「にしてもみんなよく頑張ったよ! あむちゃんが決めたループシュートなんて圧巻だった!」
白石はてへへと照れる。
「パスする人がいなくて適当にシュートしたら入っただけです。朝見た星座占いは最下位でしたけど、運良かったみたいで!」
白石のフットサル組は全敗したものの、観ていて面白いゲームを繰り広げていた。
一方の文乃はポイントゲッターと化し、ぶっちぎりの一位で無双していやがった。面白くない。
「あれ~? それに比べて遍くんってば、ゴールもアシストもゼロだったっけ。ぷっぷぷぷっ」
「うざすぎる……。そもそもゴールとアシストが全てじゃない。俺は陰で支えるタイプなんだよ」
「そうです。遍くんは陰キャなんです。でもきっと優勝してくれます、きっと」
白石の謎フォローも入る。
「言いえて妙だな。とりあえず最善は尽くす」
「わたしもこのままポイント獲りまくって優勝! からの告白! そして遍くんと結ばれて幸せになりました。めでたしめでたし」
「途中敗退もあるかもだし、そもそも俺がおっけーするとも決まってないだろ。尚早だ、勝手にめでたがるな」
こんなことを言っても無駄か。
神崎文乃という人間は、異常にポジティブで、無駄に有能で、なぜか俺を気に入っている。
どうせ優勝くらいしてしまうだろう。
俺はそう決めつけていた──
俺は準決勝を危なげなく勝ち上がり、体育館で無双しているであろう文乃の観戦に向かった。
汗を拭きとろうともせず、スポーツドリンクを飲みながら足を進める。
燦燦と燃え続ける太陽。飛び交う応援に共鳴するかのような初蝉。
急ぎ足で体育館に入り──俺は固まった。
そのスコアに驚愕したのだ。
「文乃が負けているだと……?」
しかも大敗していた。
俺の両目が神崎文乃を探す。
あのバスケ部すら圧倒していた雄姿はどこだ、と。
しかしそこに広がっていたのはその逆、一方的な試合だった。
入念にマンマークされた文乃は明らかに動きが重そうだ。
しかしマンマークくらいなら、ボディフェイントでかわすくらいやってのけそうなもの。
頻りに足を気にする文乃を見てようやく気付く。
「怪我……か」
しかもその原因はマンマークに徹する千代田にあった。
千代田は身のこなしからしてバスケ経験者なのだろう。
それなら正々堂々とやりあえばいいのだが、彼女はオフボールで文乃を削っていた。
ビブスを引っ張るだけでなく、肘をぶつけたり、足首や脛を蹴りつけたり悪質だ。
スポーツマンシップのかけらもない意図的なファール。
されど生徒が務める審判は見ても見ぬふり。
おそらく千代田の仲間か、もしくは文乃のことを嫌っているかのどちらかだろうな。
そもそも神崎文乃という人間は好き嫌いがはっきり分かれるタイプだ。
コミュ力が高く、文武両道にして、友達だけでなく交際経験も多い。
俺みたいな陰キャだったり、一部の女子はいけ好かないだろう。
だが嫌いなら関わらなければいいだけだ。
ここまで傷つけるのは非道としか言いようがない
ぐっと拳に力が入るのを感じる。
当の本人はいつもの笑顔を崩さず、必死に勝ち上がろうと挑んでいた。
同じようにファールで対抗しようとはせず、あくまでも正攻法で千代田をかわそうとする。
文乃以外のチームメイトはお世辞にもうまくない。
それに比べて千代田のクラスは経験者が集まっているようで、いともたやすくパスをつなぐ。
そんななか、緩急つけた動き出しで文乃がインターセプトに成功した。
オフボールならファールも見過ごせるが、ボールホルダーとなれば観衆は納得しない。
ファールに晒されなくなった文乃は自由自在にドリブルし、華麗にレイアップシュートを決めた。
痛いであろう足など気にせず、いつもの笑顔でピースサインをする。
だが獅子奮迅の活躍は続かない。
足の痛み、幾重ものパーソナルファールはついに彼女の笑顔すら奪う。
終盤、勝利は絶望的だ。
交代を申請すれば、この苦痛からも解放される。
交代は逃げかもしれないが、正当な手段であり、身体を護るためにはしない理由はない。
足を踏まれた文乃は苦悶の表情を浮かべ、千代田はにやりとあざ笑う。
それでも文乃は千代田が見せたこの隙を逃がさない。
脱兎のごとく飛び出して、仲間からパスを受け取るや、ブザービーターを決めるのだった。
「凄いな……」
俺は一部始終、目を離さなかった。
痛がる文乃から目を背けることもできた。
けれども神崎文乃の覚悟が確かにそこにあった。
何としてでも勝とうという執念。
その理由を俺は知っている。
試合が終わって、文乃が俺のもとへやってきた。
たははと笑って痛みなど感じさせない。
「あちゃ~っ! 負けちゃったや。しかも相手が千代田ちゃんのクラスだっだから余計に悔しい!」
「お疲れ様。ほら、保健室行くぞ」
「ふぇ? なんで……」
「めちゃくちゃファール受けてただろ」
「う~ん、全部見ていたと! そんなに遍くんはわたしに虜だったのか~! ふふ~んっ」
「上機嫌なとこ悪いが俺は決勝があるんでな。ほら、早く行くぞ」
肩を貸しつつ、静かな廊下を通る。
「は~こうしてわたしのロマンティックな告白はなくなってしまったよ〜」
「本当にする気だったんだな。恐ろしい」
「変な噂もなくなるし、告白にもってこいだし一石二鳥だったのにぃ。恋愛嫌いの遍くんでもさすがに靡くでしょ? だから頑張ったのに~」
「靡くかは知らん。けどあんなに執拗に削られたのに、交代しなかったもんな」
「交代したら百パー勝てないって思ったからね」
「アホか。勝利よりも身体を大切にしろっての」
文乃は踏みとどまって俺と目を合わせる。
「そうは言うけどさ~。じゃ~遍くんの方は胸の傷はどうしたっていうの?」
「これか? 若気の至りだ。こんなとこで止まってないで行くぞ」
「じゃあさ、喧嘩してできたっていうその傷、後悔してる?」
未だ足を止めたままの文乃は強い眼力で見つめてくる。
「後悔はしてない。必要なことだったからな」
すると文乃はその透き通った瞳に涙を浮かばせた。
「おい、どうしたどうした」
「うぅぅぅ遍くんのせいだもん~」
「ウソ泣き……じゃなさそうだな」
うわんうわんと泣きじゃくる文乃は子供みたいだった。
廊下に響き渡る泣き声を聞いて保健教諭が駆けつける。
俺が酷いことをして泣かしたという濡れ衣を着せられるも、なんとか文乃を保健室に届けることができた。
打撲と捻挫の処置をしてもらう文乃。
とはいえ俺にもフットサルの作戦会議がある。
ここらでお暇するか。
「文乃、三時から決勝がある。大丈夫そうだったら見に来いよ、最後だけでもいいから」
「それで負けてたら面白いな~。治療してもらったら絶対向かうね!」
負けるフラグを立てるなっつうの。
俺は急ぎ足でクラスメイトのもとへ向かう。
神崎文乃は非道に対して正面から立ち向かって見せた。
悪質なファールを前にしても諦めず、ロマンティックな告白とやらを叶えようと奮闘した。
その雄姿は尊くて、儚くて確かに俺の胸を打った。
一日に一回は伝えてくる好意。
近藤との会話の中で熱く語った想い。
そして何が何でも一位になって告白しようとする気力。
少しくらい神崎文乃を信じていいのかもしれない。
「……だったら俺がするべきことは一つしかないな」
珍しくやる気満々な自分に笑ってしまう。
高揚する気持ちが足を速めていった。




