第十話 自称彼女と陰キャ少女のスポーツデートが楽しい件
日曜の昼、スポーツ公園は中学生で賑わっていた。
商店街の裏に位置するこの公園は、数年前まで寂れていたが整備されたことで活気を得ている。
「一足先に体動かすか……」
俺は集合時間より早く着いてアップをする。
リフティングを調子良くこなしていると、小さな影が近づいてきた。
「遍くん、こんにちはですっ! はわっ、サッカー選手だぁ……」
灰色のパーカーをダボっと着こなす白石は今日も今日とて可愛い。
「おう、おはよう。中学の時やってたからな。でもこれくらい誰でもできる」
もの珍しく見てくるので、間違えないようにと緊張する。
ボロが出ないうちにボールを手に収め、ベンチでスニーカーの靴紐を締める白石の隣に座った。
「差し出がましいが、白石って運動音痴だよな?」
「ど、ど、ど、どうしてそれをっ!」
「いや体育の時間、バレーボールなのにトスせずボールから逃げてるの見てたんだよ」
あれは正直チームメイトにいると厄介なタイプだ。
まぁ第三者目線では可愛いんですけどね。
「はぅ、お恥ずかしい……。落ちてくるボールが隕石みたいに見えちゃったんです」
隕石が落ちてきても俺が君を守るよ、と言いそうになって思わず口を塞ぐ。
俺の中の恥ずかしい何かが蠢いていた。
そんな団欒を壊すように、バスケットボールが俺の胸めがけて飛んでくる。
反射的にキャッチし、どこの中学生だと思っていると文乃が視線の先にいた。
「こんちゃ〜! 楽しんでる? おふたりさん」
バスケ選手のようなガチ服装をしている文乃。
それだけでスポーツができる感じがする。
「って楽しんでたのをお前がぶち壊したんだっつうの」
「てへりんこ」
なんだその呪文は。
「神崎さん、なんだか勉強だけじゃなく、スポーツもできる匂いがぷんぷんします」
「ふふ〜ん。わたしは万能かつオールラウンダーでオールマイティなのだよ」
全部同じ意味な。
てかお前はゼウスかよ。
「……このトップカースト野郎め」
「ほらっ始めるよ!」
俺たちは軽く体を動かしたあと、まずはサッカーでパス交換をすることにした。
「ほれ」
俺が優しくインサイドで出したボールはコロコロと転がり、白石の右足に吸収される。
「てやっ!」
白石がトーキックで蹴ったボールは想像より速く文乃のもとへ。しかし経験者のような身のこなしでうまく収める。
「うまいな」
「はっはっはっ! わたしにかかれば朝飯前! さぁ行くよ、遍くん……。どりゃあぁぁ!」
大きく振りかぶった右足は足の甲をジャストミートし、シュート回転で襲いくる。
「俺はゴールキーパーじゃねえ!」
しかし手を使うのは卑怯な気がするので、うまく胸トラップでスピードを落とした。危ない危ない。
「ちっ、殺れなかったか〜」
「お前覚えてろよ……」
その後、逆に文乃の方に軽いシュートを放ってやると、アウトサイドでテクニカルにトラップされた。
こいつほんとに運動神経いいな。むかつく。
次は二対一をすることにした。
俺と白石がボールを回し、文乃が奪い取るというややハードワークなものだ。
「白石、こっちへパスだ!」
「あっ、はいぃぃ!」
文乃の足がもう少しで届くというところで、白石がやや弱いパスを絞り出す。
俺が届くか、文乃が届くか微妙なルーズボール。
「男の意地として負けられん」
「彼女の意地として負けられぬっ!」
デキる彼女なら彼氏をたてるものだと思いますよ。
まぁ彼氏彼女ではないんだけど。
反射神経とリーチで俺に分があったようで、するりと俺の股下にボールが収まる。
「まだまだ!」
文乃の目線、そして体重移動を見て足が出される場所を推測。瞬時に推測の反対側めがけ、足の裏で滑らかにボールを移動させる。
「むむむむむっ! まだまだまだぁ!」
ボールをこねくりまわして文乃を翻弄し、すかさず白石にパス。
「ふぇっ、ここで私ですか!?」
白石も翻弄されていた。
うん、騙すのは味方からって言うしな。
てんやわんやする白石は猪突猛進してくる文乃に尻込みし、すぐさま奪取されてしまう。
「いい練習になりそうです。神崎さんと遍くんほどの手練れがいればすぐ上達するはず!」
その後、奪う側の白石は右往左往するだけでボール奪取は叶わなかったが、楽しそうにしていたので朗らかな気分になりました。めでたしめでたし。
「ふぅ〜そろそろきゅーけータイム!」
「俺はもう少しボール触ってるわ」
ベンチで休憩するふたりを置いて、俺だけシュート練習をする。
来週のフットサルに備えてイメージトレーニングだ。
あの近藤との因縁の対決が待っているからな。
もちろんラフプレイではなく、セーフティに戦うつもりだ。
練習に邁進していると、文乃が抱きついてこようとしてくる。あの、ラブプレイも無しで。
「遍くん、君はこう思っているでしょう。練習中に鬱陶しいなと」
「実に正しい自己分析だ。鬱陶しいことこの上ない」
「ノンノンノンっ! サッカーは体と体のぶつかり合い。迫りくる選手を避けながらシュートするのも大切なのだよっ!」
「その練習ということか。意外と的を射てそうで困る」
「ということでわたしは抱きつく!!」
「あ、あのっ、私も抱きつきます!」
「白石!?」
文乃のサッカー理論に納得したのか、白石まで抱きついてこようとする。
結果的に二人に雁字搦めにされ、サッカーどころではなくなりただの公開処刑になった。
「苦しいィ……」
「いい気分いい気分〜!」
「これが遍くんの温もり……!」
その後も異質な光景が暫し続いた。
通りがかる中学生からの視線が痛い。
けど……白石と抱き合えたし良しとしよう。
「スリーポイント対決のお時間がやってまいりました~!」
文乃が白線の後ろに自慢げに立って宣言した。
ただバスケットボールをバウンドさせるだけでも様になっている。
「ほいっと!」
文乃が跳躍すると、豊満な胸が揺れ──じゃなくてボールが綺麗な軌道を描いてバックボードを直撃する。そしてクルクルとリングの周りを回り──
「惜しかったな」
ボールはゴールとはならなかった。
ほんの数センチのズレだろう。
「ちぇ〜もう四捨五入してゴールってことにしちゃおう!」
「俺のお手本プレイを見てから悔しがるんだな」
決め台詞を言ったものの特段バスケが上手いわけでもない。
キラキラと目を輝かせる白石の期待が手汗へと還元されていく。
宮野遍、ここで決めてこそ漢だ。
俺は深呼吸してからボールを放った。
なだらかな放物線を追いかける三つの目線。
しかし初っ端から右に逸れ、俺の顔はすぐさま歪んだ。
「ぷはっ! カッコつけたわりに全然でウケる!」
バックボードにすら当たらず奥の柵にぶつかるボール。
「じゅ、十分カッコいいですよ……! 私が遍くんの仇を返してやります!」
俺めちゃくちゃダサいなぁと思いつつ、ボールを回収して白石に手渡す。
ちなみにイジってくる文乃が五月蝿いので、許されるなら蝿叩きでぺちんとやってやりたかった。
「……よっ!」
そんな俺の邪心を知ることなく、白石は下投げで精一杯ボールを放る。
お、運動音痴の白石にしてはいい軌道じゃないかと思っていたら──ネットに吸い込まれていた。マジ?
「やりました!!!」
ハイテンションな白石とハイタッチする傍ら、文乃が愕然としていた。
「まさか、まさかこんな伏兵がいたなんて……! 聞いてないぃ〜」
「きっと今年の運使い切りましたね」
「白石の実力だ。胸を張っていい」
ちなみにその後何回かやったが、一度も白石がスリーポイントを決めることはなかった。
逆に決めまくってたら俺のメンツが立たないし助かる助かる。
「ふぇ〜疲れだぁぁぁあ」
ベンチでスポーツドリンクを飲みながら文乃が一言。
その顔は幸せと疲れが混じったようだ。
「あの、遍くん、私汗臭くないです?」
「大丈夫だ。白石はいい匂いしかしない」
「遍く〜ん! わたしは!」
「大丈夫だ。文乃の臭さは今に限ったことじゃない」
この〜とぽこぽこと叩いてくるが、てんで痛くなかった。
まぁ実際はいい匂いなんですけどね。
文乃はフンと拗ねて水道に向かった。
顔にバシャバシャと水をかけ、気持ちよさそうにしている。
水も滴るいい女というやつか。
「…………」
俺はただ文乃を見つめていた。
別に見惚れていたわけではない。
過去にこの公園で起こしたある一件を思い出していたのだ。
その時の少女も文乃と同じように、豪快に顔を洗っていた気が──
「……遍くん?」
「俺たちも水道で汗流しに行こうか」
「了解です!」
とことこと着いてくる白石には目もくれず、俺はただ回想に耽っていた。




