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欠陥言霊術師の物語  作者: 何某さん(Pixiv:シュナじろう)
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怒れる欠陥言霊術師


 翌日。

 成人したとはいえ、いきなり孤児院を放り出されるわけでもないルナは、今日も年長者にローテーションで割り振られた作業をこなす。とはいえ、未成人の子たちとは違い、成人組は職を探す時間も必要というより、そちらをメインにして、時間があったら院の運営を手伝ってほしいということを言われているので、絶対にしなくてはならないというわけでもないのだが。

 要点をまとめてしまえば、朝食を作り、いつも通り食堂で食事をとった後は、昨日成人を果たしたルナ達六人は思い思いの時間を過ごしていいということになっている。

 もとより最初は冒険者からスタートしようと決めていたルナは、昨日のレナからの助言もあり、本日さっそく冒険者ギルドへ足を運ぼうかと考えていた。

 その前に準備金をもらいに行くべく、経理担当の人のところへ行くことも忘れない。


「あら、ルナちゃん。あなたももう行くの?」

『私も……? もう、誰か出かけたんですか?』

「えぇ」

『もしかしなくても、ルッカスあたりですか?』

「よくわかったわね」

『なんとなくです。それに……ああ見えて、ルッカスは考えたら即日行動に起こす性格ですから』

「そうね……。さて、レナから聞いたわ。あなたは一時的にでも冒険者になりたいのだそうね」

『はい』

「そう……。この場でそれを言うということはもう考えを改めない、ということなのね」

「はい」


 今度は、自分の口で、きちんと答える。

 この程度では周囲が危険視する彼女の力は、それほど影響を及ぼさないが、万が一の時の危険の大きさを鑑みればそれでもあまり褒められたことではない。それを承知の上であえてそうしたのは、いつも通り念話で答えるのと、確固とした意志を持っているんだ、という意味をもたせて口で答えるのとでは違うと思ってのことだ。

 その意味を正確に読み取ってくれたのか、目の前にいる職員――エクシアは努めて柔らかい表情で、そう、と一言返してきた。

 だが、次ぐ言葉は、有無を言わさない表情で、あまつさえにらみつけてくるような視線を伴って発せられる。それはおそらく、成人したことで建前の上ではもう『卒業生』であり、孤児院の職員として強く言えない立場となってしまった私達への、そして制止を振り切って冒険者となることを決定したルナへの最後の抵抗なのだろう。


「たとえ一時的ではあっても、冒険者というのは命のやり取りをする可能性が高い職業よ。私達は、あなたたちを死なせるために育ててきたわけではない。だからね。約束して。決して、無茶だけはしないと。自分の実力に応じた依頼しか受注はしないと。そうでなければ、準備金は渡せないわ。これは孤児院全体としての意思よ」


 そして、それは要求でもあった。無謀な駆け引きをするならば、一度は決めたその意思を覆してもらうという。

 裏を返せば、それだけ私達は恵まれているということ。そこまでしてでも、保護した孤児院の職員として私達を守り通したいということ。


「別にね。私達は冒険者になるなと言いたいわけじゃないの。ただ、あなたたちに死んではほしくない。それだけなの。だから、私達はあなたたちが死ぬ可能性の高い道に進もうというのなら、少しでもその可能性を減らしたい」

「…………」

「だからお願い。ここで誓って。決して、無謀な真似はしないと。どうか、生きたままの姿を私達に見せ続けて」


 それはもはや、悲壮と言えるほどの顔だった。

 普段は大抵冷静沈着に物事に接する人物、というのがエクシアに対する周囲の総評であったが、今の彼女はそれとは違う、感情をあらわにした珍しい光景だった。

 それ故に、どれだけ必死に諭しに来ているかもルナは理解できてしまう。


 ――すなわち、『私達より先に逝くことは決して許さない』と。


 悩むまでもなく、その声なき言葉に対するルナの答えは決まっている。彼女が目指すのは一流の冒険者、などではなく、あくまでも一介の商人なのだから。


『……誓います。私は冒険者として依頼を受ける時、決して破滅に向かうような無謀な真似はしないと。だから安心してください、エクシア先生』


 ルナは迷いなく、一語一句たがえることなくそう言ってみせる。無論、念話で、だが。

 エクシアは、決然とした表情で誓いを立てるルナに満足したような顔つきになり、珍しく作り笑いではなく、素の笑顔を見せた。


「……えぇ、ありがとう。約束だからね」

『はい。約束です。絶対に守り通します』

「ふふ、わかっているわ。……はい。じゃあ、これがあなたの分の準備金。それから、一応言っておくけど、『言霊・真』を固有スキルとして持っているからと言って、何の準備もなしに依頼を受けに行くのは厳禁だからね。せめて、依頼を受けに行くならレザーメイルくらいは身につけていきなさい。幸い、貴方のスキルならお金をかけずに装備を整えられるでしょう?」

『はい。わかりました。準備してから向かいます』

「よろしい。それじゃ、気を付けて行ってきなさい」


 退室するまでニコニコ顔のエクシア先生に見送られた後は、そのままレナ先生に一言断って、冒険者ギルドへ向かうことにした。


 無論、『言霊・真』で、レザーメイルを生成し着用すること、あと念のために短剣と鞘、ベルトを生成して腰に装備することも忘れない。

 いくら固有スキルで自動発動型の『言霊・真』と言えど、言葉にならなければ意味がない。そして、埒外な攻撃など、冒険者として活動するならいやというほど体験することになるだろう。備えておけば憂いはない。

 『言霊・真』は、言ったことが現実となるスキル。スキルを発動する直前までは確かに『なかった』ものであっても、『ある』と言えば過程を省略していきなりその『モノ』を生成させてしまえる、無から有を作り出せるスキル。だから、実質ルナはなんでも作り出せる。そう、何でも、だ。

 ただし、彼女自身これに頼り切るのはよくないと思っているし、彼女が(都合のいいときだけ信仰する)神を冒涜するようなこの行為は、多用するべきではないとも思っている。それでも、使えるものは使わせてもらうというスタンスは貫き通す心構えだが。


 冒険者ギルドに近づくにしたがって、それらしい人達が多くなってくる。

 それらの人たちに混ざって歩いていくと、やがてひときわ大きな建物、冒険者ギルドへとたどり着いた。


 やはり、いつ見てもこの建物は大きい、とルナはその建物を見上げる。この街でもトップを競い合う高層ビルディングなのだから当たり前である。

 商業ギルドも同じだけが、あちらが大陸鉄道ギルドと合同で使用しているのに対してこちらはそのすべてが冒険者ギルドで使用しているのだ。規模の違いがうかがい知れよう。

 眺めていてもらちが明かないので中に入ってみる。

 そこで目に入った光景は――。


「ルッカス…………?」


 先にこのギルドに来ていたはずのルッカスが、ボロボロの状態で大勢の冒険者に取り囲まれ、回復魔法をかけてもらっている、という非常に凄惨な光景であった。

 おもわず、声をあげてしまう。

 弟分の一人が、理由は知らないが暴行を受けたような体で横たえられていたのだ。恐怖を感じないほうがおかしい。


「どういう、こと……これ…………どう、したの、ルッカス!」

「ぅ……ぁ…………、ルー姉……? ごめ……」


 駆け寄ってみれば、意識すら朦朧としている様子で、相当乱暴な歓迎を受けたようだった。

 ルナは、言葉を直接口に出してしまったことも気にしていられないとばかりに、ルッカスへと駆けよる。

(なんてこと……とにかく、まずは治さないと。話を聞くのはそれからだ……)


「待って。すぐ、治す、から。《エリクシルライト》!」


 ルナがそう言った瞬間。ルッカスにかざした手から純白の閃光が発せられ、ルッカスが負わされていた傷は瞬く間に消えてなくなった。

 蘇生魔法、エリクシルライト。ファーストエイジングやヒールをはじめとする回復魔法では手に負えない傷を治す、回復魔法よりも強い回復魔法系のスキル……の、さらに最上級。普通なら、『回復魔法』を才能スキルで保有していても、その難度の高さから習得するのに二十年はかかるという魔法だが、ルナには『言霊・真』がある。詠唱魔法を極めたものにのみ与えられる、詠唱魔法の極致ともいえるスキル。それを固有スキルとして授かっているルナに、使用不能な詠唱魔法など存在しない。

 資料か、最悪目録だけでもあれば、それだけでどんな魔法だって即座に使えるようになってしまうのだ。

 それどころか、単純に『治れ』と言うだけで健全な状態に治してしまうのだから、あえて『エリクシルライト』などという定型魔法を使用せずとも済んだのだが、それだとイメージの精密さによって魔法としての完成度――今回の場合、どこかしらに『治療漏れ』があってもおかしくはない。

 『言霊・真』の弱点の一つである。汎用性はあっても、イメージが不完全だった場合、あるいは言葉足らずだった場合、どこかしらに不具合が発生する恐れがあるのだ。願望と、それに見合う術式の情報か結果へ導く過程のイメージ。その双方がそろって、初めて『言霊・真』はその真価を発揮できる。


「……エリクシルライト、ですって……?」

「すごすぎるだろ……何者だ、あいつ……」

「つか、すごくかわいい……」

「あの子の知り合いかしら……?」

(外野がうるさいわね。でも、今は気にしている暇はない。一刻も早く、ルッカスをこんなにした奴のこと、聞きださないと)


 怒り心頭なのを自覚しながら、ルナは事態を把握するためにルッカスに詳細を問いただす。

 すると、ルッカスも要領を得ない感じでこう答えた。


「本当に、ごめん、ルー姉……。でも、自分もわけわかんないんだ。ここにきて、受付の人に冒険者ギルドに加入したい、て言ったら、いきなりその人が、俺みたいなのは冒険者になる資格なんてないって……でも、関係ないだろうって言ったら、舐めた口聞いてんじゃねぇって、殴りかかってきて……」


 それで、何かしらのスキルでも使用していたのか、一撃で瀕死のけがを負わされた、ということだった。

 ルナがルッカスの視線を追うと、ギルドの職員らしき人たちに取り押さえられた冒険者が一人。見るからに横柄そうな人相だ。

 ただ冒険者になりに来ただけなのに、絡まれ、理不尽な暴行に合う。それも、弟分が。

 それは、ルナの怒りを買うには十分すぎる内容だった。

 しかし、万が一にもルッカスの方にも非があったのであれば、男をただ責めるだけ、というわけにもいかない。もしそうであれば、それだけではなく、ルッカスにも言い含める必要もあるだろう。

 ルナは念話で問いかけるのではなく、自身の口で、再度問いかけてみた。ルッカスを疑うようで心苦しいが、何かしら勘違いなどが含まれていないかどうかを確かめるためだ。


「ごめんなさい。ちょっと意味を読み取れないんだけど……つまり、あなたには何の非がないどころか、あんなふうにされるような謂れすらなかったってことね?」

「当り前だよ。ルー姉はこのあたりに来たことあったかもだけど、俺、ここに来るの、初めてだったんだぜ?」


 それを聞いたルナはひとまずホッとする。ルッカス側に少しでも非があったのならそのことについて、謝罪の一つでも入れないとまずいだろうが、そうでないのなら謝るいわれはないのだから。

 一応、言霊で真偽を判定してみたが、嘘はついていない様子だ。

 それでようやっと、先ほどの冒険者の卑しい笑いや、周囲の嘲笑じみた表情から事態の顛末を把握できた。

(となると……あぁ、なんか冒険者ギルドに加入するの、ちょっと嫌になったかも)


「――念話の範囲を拡大。対象範囲、この建築物全体」


 ルナは、あることを思いついて、念話の範囲をルッカス一人から、この建物全体へと広げた。

 そして――


『理由もなく、理不尽に暴力を振るわれたってこと、ね?』


 きわめて冷徹に。されど、熱せられた鉄よりも熱い怒りを乗せて。

 同時に使用した威圧のスキルも相まって、周囲の冒険者たちは即座に臨戦態勢に入ったようだ。しかし――ルナとしてはむやみやたらに他人を傷つける気はない。そんなことをすれば、ルッカスに危害を加えた人と一緒になってしまうから。

 だから、とりあえずは――


「落ち着いてください。私はこの子のことで気が立ってはいますけど、今は敵意はありません。だから、この場において、あなた方が敵対しない限り、こちらも手出しをしないと誓います」


 こちらからひとまず下手に出るように見せかけて、この場を仕切る。

 『言霊・真』で、何気ない言葉でも相手の精神を揺さぶり、あるいは心理操作すらも可能としてしまえるからこそできることだ。

 周囲の人は、ルナがスキルを使って場を支配しようとしていることすら気づかないだろう。

 周囲を見渡して、『言霊・真』が正常に発動したことを確認してから、ルナは本題を切り出した。


『一つ、聞きます。ルッカス……この子に不当な暴力をふるい、大けがさせた理由は?』

「……は? 理由だと? そりゃ決まってるだろ。さっきもこいつに言ったけどなぁ、こいつみたいな貧弱なガキが冒険者になろうって舐めた口きいてるからだ。だから、ここは一つ、先輩たる俺が冒険者になるとはどういうことかを教えてやろうかと思ったんだ」


 ――なんだ、それは。なんだそれは。

 そんな横暴な理由でルッカスはあんな大けがを……。

 許せない。絶対に許せない。こんな理不尽なやつ、放置しておけるわけがない――

 すでに、ルナの怒りは怒髪天を衝くほどに達していた。


「つか、なんなんだテメェは。いきなり割り込んできたと思えば余計な真似しやがって……おい、いつまで抑えてやがんだ! いい加減放せよ!」

「そういうわけにはまいりません。少なくともあなたは重大な規約違反を行ったのですから、相応の罰を受けてもらわなければなりません」

「はっ、納得できっか! いいから放せ!」


 弁明を行う気のかけらもなし。自分が悪いことをしたという自覚すらないようである。

 相手にするのも馬鹿らしくなったルナは、もう強制的にこの男の口を封じることにした。ついでに動きも。


「《黙りなさい》。そして《口は開くな、うめき声も上げるな、その場からも動くな。指一本動かすな》……!」


 男はなにやら必死の形相で口をもごもごさせていたが、言霊により声すら出せなくさせられているためなにも聞こえてこない。見ていて滑稽ですらある。

 そのまま、ルナは間近にいた女性職員に話しかけた。


『すいません』

「あ……はい、なんでしょうか……」


 ちょっとびっくりしたようだったけど、普通通りに対応してくれた。

 こういう騒動はよくあることなのだろうか。


『えっと、あそこにいる彼のことなんですけど……。とりあえず、入ってきていきなりあんなことになってて驚いたんですけど、ああいった場合、彼にはどう対応されるんですか?』

「えっと……とりあえず、ギルドマスターに伝えて、そのあとはギルドマスターの裁量に任されることになるかと……」


 思った通りであった。これほどの事態になれば、少なくとも相応に高い地位にいるものが出てくる。すなわち、事態の収拾をはかるために方法に指示を出す権限を持つ、管理職に就く人物が。


『そうですか。じゃあ、早速その人、呼んでもらえます? こっちとしても、弟分が一般人でしかない身なのに冒険者の人にリンチにされて、同じく成人したての一般人として、黙ってはいられませんので』

「は、はい……少々、お待ちください……」


 そう言って、受付嬢は逃げるようにして事務スペースの奥へと走り去っていった。


「《念話の範囲拡大を解除》……はぁ」


 それを見送ったルナは、強制的に拡大させていた念話の範囲を、自身の意思で制御できるように元に戻した。

 それを見計らい、ルッカスが話しかける。若干咎めるような表情をしているのは、彼の人柄の良さか。


「ルー姉、やりすぎじゃないか? 相手の人ちょっと怖がってたぞ」

『ごめん……でも、さすがにこれは許せないし、社会的にも許されることじゃないと思ったから……』

「だとしても限度ってものがあるだろ……まぁ、対応としちゃ間違ってないと思うけど」

『うん……でも、確かにちょっと、頭に血が上ってたから相手のこと気にかけてなかったかも……』

(冷静に諭されて改めて考えてみると、うん、あれ、ちょっと怖がってたよね。もうちょっとやんわりと言えなかったかなぁ。これじゃあちょっと心象が悪くなっちゃうかもしれない)


 まぁ、なるようになるか、やってしまったことは仕方がないと考えを放棄して、ルナはルッカスとともに受付嬢が戻ってくるのを待つことにした。

 その間に、広めていた念話の範囲を日常的な範囲内に戻すことも忘れない。下手に無差別的な念話を行えば、プライバシーが駄々洩れだからだ。

 先ほどルナが話しかけた職員は、カウンターの向こうで、受話器を片手にルナたちのほうを見ながら何かをしゃべっている。高層ビルだし、おそらくはギルドマスターへ内線念話(・・)を送っているのだろう。


「ごめんな。それとありがと、ルナ姉」

『大丈夫よ。とにかく、あとはここの偉い人に任せましょう。ああいう人はそれが一番効く』

「そうだな……」


 ルッカスと話しながら、職員が呼んだ人物が来るのを待ち続ける。

 この建物の規模を考えれば、呼びだした人物が来るのは少し時間がかかるかもしれない。そう思ったが――ほどなくして、長身の女性がこちらへ向かってくるのを視界にとらえた。周囲の職員たちがそろって頭を下げているところからして、彼女が事態の収拾にあたる責任者、というところだろう。

 女性は、かなり険しい表情をしながら速足で歩いてくる。靴が鳴らす、硬質の足音が、自然と周囲に緊張感をもたらす。

 そしてそれは、女性の表情も相まって、恐ろしさすら感じさせるほどであった。


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