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欠陥言霊術師の物語  作者: 何某さん(Pixiv:シュナじろう)
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欠陥言霊術師、成人する


 夜。

 薄暗い部屋の中で、メイドらしき妙齢の女性が、とある高貴な親子に向かい合って何やら話している。

「御当主様。ご家族様と団らん中申し訳ありませんが、火急の要件がございまして、ご報告に参りました」

「なんだ……申してみろ」

「はい……つい先ほど、この街にある神殿より緊急の通達がございました。……例の件について、目撃情報があったと」

「なに……誠か……!?」

 年甲斐もなく自らの実子と和気あいあいと話をしていたところへ水を差された『当主』は不機嫌だったのだろう、顔を少々ゆがめていたが、メイドの報告を聞いた途端、苦々しい顔から驚愕、そして歓喜へと瞬く間に移り変わっていった。

 それも無理はない。なぜなら、彼らはその通知を渇望していたのだから。

 貴族社会につきものの相続争い。生まれてすぐにそれに巻き込まれて、行方をくらましてしまった尊い存在があった。

 生きていれば母親の血を強く受けるか、自身の血を強く受けるか……どちらにしても、美しい美貌を備えた絶世の美少女となっていたに違いない。そんな存在を、かつて、『当主』は失ってしまったのだ。

 もう生きていないのではないか……心の大部分は、もうそんな諦観で埋め尽くされていただけに、寝耳に水のその情報はしかし、喜ばしい限りの吉報でもあった。

 幼少のころからその存在を知らされていた息子もまた、戸惑いながらも会ったことのない妹にやっと会えるのだな、と喜びを隠せないでいた。

 こうしてはいられない、すぐに迎えを出す準備を。いや、夜が更けているから明日にしよう。

 親子そろって先走った議論を交わしてしまうくらいに盲目的になってしまうくらいには。

 だから。

「その、申し訳ありませんが……その、目撃情報のあった地域についてなのですが――」

「なにぃっ!? それは誠なのか!?」

「はい、間違いはないとのことでした」

 凶報転じて福となす、という言葉もあるが、今回のこれはまさにその逆ではないか、と見事に上げて落とされた『当主』は、がっくりとうなだれた。


 ――その驚くべき目撃情報があったのはさかのぼること二週前。アリアデス歴 864年、三の月第四週の、四日目のことだったという。


  ※   ※   ※


 広大な草原を貫き、遠目に森や山脈が見える――らしい、フィーネ街道。古くから戦争時に兵が赴く際に使ったり、物品の流通のかなめとして商人たちに重宝されたりと、アルガルド帝国内でも一、二を争う幹線街道といわれる大きい街道。その街道の途中にある、というかちょうど中間地点に存在し、様々な施設を内包した一大都市であるフィーネの街で、私ことルナは今日、晴れて成人することを認められた。

 成人を迎えるまでの十六年間。孤児院からのスタートだったり、幼少期から内職をさせられたりとちょっと辛い子供時代だったけど、孤児院の職員はみんないい人ばかりで、報いたいと思わせてくれるくらいにはきちんと面倒を見てくれていた。

 だから、私は今日という日を境に、世話になった孤児院に報いるためにも絶対に出世街道を突き進んでいくんだ。

 この世界では生まれつきいくつかのスキルを授かる。それらを確かめる術は二通りかあり、片方は鑑定や解析などのスキルを持った人に解析してもらい、それを紙に書きだしてもらう方法。もう片方はマナライトと呼ばれる鉱石類を用いて作られた、個人のスキルを解析するための術式を記録した媒体で確認する方法だ(ちなみに鑑定と解析は似ているようで違う。鑑定は主に対象の形や本質、宿る魔力の質から読み取れた情報を、知識や経験、カンなどを用いて鑑定結果とするが、解析は対象に『刻まれた』情報を丸ごと読み解き、そのまま生の情報を取得するものである)。

 もちろん、解析や鑑定などのスキルを授かっていたのならば、自分でどういうスキルを授かったのか試してみる、という方法もある。

 ただ、無邪気な子供ゆえに強力なスキルと知らずに使って災害クラスの被害をもたらされては困るということで、この成人の儀式を迎えるまでは首にサイズが自動調整される術式を組み込んだチョーカーを付けられ、制限された状態での生活を義務化されていた。

 そのため、たとえスキルを解析で来たところで、授かったスキルをフルである変えるようになるのは成人できると認められてからになる。

 チョーカーの制約はかなり直接的で、スキルの使用制限と、武器になりそうな物品の使用制限、必要であれば体そのものに働きかけることも可能である。また、着用している本人には開示されないが、周囲の人は必要があればチョーカーに刻まれているらしい着用者のスキルを知ることができるようになっているとか。

 本人の年齢と各種教育機関や孤児院、神殿などで定期的に行われる面談などによりその人の精神的な成長度合いを確認し、厳格に定められた基準のもと、徐々に緩和されていき。

 やがて成人年齢となり、成人の儀式への参加許可が許されるか、十八歳になると通称『子供用のチョーカー』と呼ばれるそれを外される。

 ただし、十八歳までにそのチョーカーを外されなかった人は、要観察者として監視+『子供用のチョーカー』とは別のチョーカー付きで、無理やり成人させられるらしいけど。

 ただ、なぁ……。


『十六歳で順当に成人の儀式に参加できた。それはいいんだけど……できること、判明済み、なんだよね……』

「うん、そうだよねルー姉。私達、もう知っちゃってるからねぇ、自分たちの才能というか、向かうべき方向性というか……」


 そう。

 私達は、その『成人の儀式』への参加目的のうち、一つはもうすでに完遂してしまっている。

 儀式では、それまで大人たちによって秘匿されてきた自身のスキルを、一挙に知ることができる初めての機会だ。

 チョーカーには自身のスキルの情報が記録されており、それを『ステータスプレート』と呼ばれる特殊なカードに転記して渡されることで、初めて自身のスキルを知ることができる――という仕組みになっている。一応は。

 本来であれば、これをもって己のスキルを初めて明確に知ることができるのだが――私達の場合、私が『解析』系のスキルと同じようなことができたため、すでに自分たちが持つスキルは熟知してしまっている。

 だから、スキルを知るためだけであれば、そもそも参加する必要性はない。

 ただ、『子供用のチョーカー』を外すためにはどうしても儀式には参加せざるを得ない。

 えら~い人の長話を延々と聞かされる(という、もっぱらのうわさ)というその苦行は、チョーカーを外すためには決して避けては通れない道なのだ。

 ――長い間続いてきたこの世界の歴史。伝統と先人たちの教訓により根強く残った、この『子供用のチョーカー』による教育は、今なお形骸化されることなく大衆意識にその必然性を認められている。

 しかし、形骸化しなかったのはそこまでであり、『子供用のチョーカー』が外される重要な儀式――『成人の儀式』はもはや完全に形だけのものとなってしまっていた。

 そしてその形だけのものとなった成人の儀式だが、それでも参加せざるを得ない理由もまた、『子供用のチョーカー』である。

 先に触れたとおり、『子供用のチョーカー』には体に働きかける機能――『行動の抑制』をする役割も持たされていて、私はある時偶然にもスキルを発動させてしまったのだけど、それがあまりにも危険ということで孤児院の一人に、スキルの使用禁止以上に厳しいその制限をかけられていたのだ。

 この機能は危険と判明したスキルの使用方法を矯正するのが主目的で、私の場合は不幸にもあまり警戒する必要はなく、勝手に使わないようにとスキルの使用制限のみで済まされていたスキルが、非常に危険と判断するに足るものだと判明したために、『スキルの使用禁止』から、『スキルに関する行動の抑制』へと格上げされてしまったのである。

 『行動の抑制』というだけではわかりづらいので例え話で説明すれば、ノーリスクで無自覚に常時発動してしまうスキル――一般的に自動発動タイプと言われるそれらの中に、身体能力強化というものがある。これを授かった人は、力加減を学ぶために『体の一挙一動』について、『抑制』機能が使われることになる。つまり、全力で物を握ろうとすれば脳からの指令がチョーカーの術式によってキャンセルされてしまうわけである。

 これらの『行動の抑制』は、もっぱら危険と判明したスキルをむやみやたらに使ってしまわないようにするのが目標であるのはすでに説明したが、それでも制限された行動を取ろうとすれば、一時的に身体を動かせなくなるというおまけつき。私の場合も、運よく授かった口に出さずとも意思疎通ができるスキルの完熟を目標として制限をかけられて、今でこそもうほとんど制限は解除されているものの、制限をかけられて以降、それはもう片言でしかしゃべれなくなったものだ。母国語なのに、本当は饒舌にしゃべれるのに、片言。

 いや、饒舌にしゃべれないこともなくはないんだけど、しゃべるとスキルが発動しちゃうから仕方ないんだよね……。


 まぁ、そんなことはさておいて。とかく、なにができるかは何となくわかってしまっているので、私としては成人の儀式にいちいち関心を寄せるようなことはしていない。

 むしろ、つまらなさそうな話を延々と聞かされると孤児院の先輩たちから散々聞かされており、どちらかといえば憂鬱な気分だったりする。

 そしてそれはおそらく、私と一緒に儀式に参加する、他の五人も同じことを思っているだろう。

 私は、私の後ろについてきている、同じ孤児院からの参加者を見やった。

 やんちゃ好きのジーグに彼をいさめる保護者役のクロード。孤児院内では私達『年長』チームの経理担当をしているルッカスの男子組。そしていい意味でも悪い意味でも道行く人々から視線をチラッと向けられる美少女守銭奴のリリアに口達者で交渉上手なフィアナに私を混ぜた女子組の合計六人というちょっとした大所帯。

 この子たちは、私がスキルの練習をしているときに、とばっちりで解析してしまった仲間たち。彼らも、できることはすでに分かっているため、周囲にいる、期待と不安に満ちた顔などではなく、どうでもよさそうな顔で周囲を見渡しながら歩いている。

 かくいうわたしもそんな目つきで周囲を見渡していたが、やがて神殿が近づくと視線でスキルを使用する対象を確認し、彼らを対象とすることを強く意識しながら『念話』で呼びかけた。

『みんな、そろそろ神殿に着くわよ。気を引き締めて』

「あぁ、わかったよルー姉」

 ちなみにルー姉というのは私の愛称だ。

 本名であるルナと被っているのもあって、なかなか気に入っている。


 神殿の中に入ると、まずは礼拝堂で長ったらしい話を聞き、次に一人ずつ、この世界の主神である女神をかたどった像の前で成人の儀式を行うので、そのまま待機するようにと説明される。

 聞いた話によれば、儀式といっても『子供用のチョーカー』と交換にステータスプレートを渡されるだけなのだけど。

 あぁ、そういえばステータスプレートの内容は神殿側に控えられるらしい。理由? そんなの気にする必要ないから覚えてない。

 一人ずつ、儀式は丁寧に行われていく。が、やることは少ないので、それほど待つこともない。

 私達は参加者の中でも真ん中らへんの到着順だったので、三十分ほどだろうか。それくらいしか待っていない。最初にあった長い話を含めても、四十分ほどといったところだろうか。

 儀式と聞くと仰々しいが、成人の儀式など、こんなものらしい。

 と、そんなことをつらつらと考えているうちに私の番が来たようだ。

 儀式が行われる、女神像の御前まで歩いてゆくと、この神殿に仕えているらしい、ちょっと若めの神官さんが話しかけてくる。

「改めておめでとうございます。お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「ルナ」

「ルナさんですね。年齢はいくつになられましたか」

「十日前、16歳」

「十日前……。羨ましい限りです。私など十六になって半年ほど経って、ようやっと成人の儀式への参列が認められたんですよ。今思えば懐かしいですけどね…………。では、改めて祝福させていただきます。この度成人されましたこと、おめでとうございます。ですが、あくまでも今日は始まりの日。あなたが輝かしい未来を歩まれること、私共心よりお祈り申し上げます。それではこちらへおかけください……」

「はい」

 向かい合う形で設置された椅子の片方に座ると、神官さんはもう片方に座り、成人の儀式の決まり文句を言う。

「我がイレインの名のもとに、あなたの成人をここに認めます。さぁルナさん。チョーカーを外します。こちらへ」

「はい」

「……刻まれし軌跡の転写を。未達と未熟を示す戒めから、成熟と巣立ちを示す証に……。はい、終わりました。これであなたはもう、大人です。これから先、辛いこともあるかもしれませんが、頑張ってください」

「はい」

 今の一連の作業を見てみると、どうやらステータスプレートに刻まれる情報は、『子供用のチョーカー』から引用されるようだ。

 『子供用のチョーカー』は子供がむやみやたらにスキルを使わないようにするのと、スキルの使い方について学ばせるようにするという二つの意味合いがある。その両方の目的を達成するために、『チョーカー』にもステータスプレートと似たような効果を付しているのかもしれない。

 成人の証――ステータスプレートを見る。首から下げられるように、紐がついている。そして、プレート本体を確認すると、確かに、そこには私の名前が刻まれていた。

 ――うん? ルーナルティア・アークレイド? あれ、これ私の、名前じゃない?

「……? どうかなさいましたか?」

「これ……私の名前、違う……」

「え? 名前が間違っているのですか? ふふ、そんなのあるわけないじゃないですか、ご冗談がお上手……っ」

 輝かしいはずの未来。

 成人の儀式よりはるか前に判明していたはずの、私に備わる強大な力。それにより約束されていたかもしれない未来が、急に危ぶまれる内容。

 もらったばかりのステータスプレートには、そんな内容が刻まれていたのだから。

「こ、これは……ちょっといいですかエリナさん。私はこの方と二人きりでお話ししなければならなくなりました。代わりに儀式の進行をお願いできますか?」

「はい、お任せください」

「ありがとうございます。では、ルナさん、こちらへどうぞ」

 そして、考える暇もなく周囲は話を進めていく。

 私はステータスプレートに示された事実について考えることなく、神官さんに促されるままに別室へと移った。



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