再会
そのまま急いで近くにある自宅に戻った。早く彼女に会いたい。そこには、男が言う通り恋人である彼女がいた。死んだはずの彼女は無傷で俺の部屋にいつも通りに座っていた。
俺は夢にまで見た感動の再会を果たす。きっと、俺たちは感動の再会を果たす。これから、ずっと一緒にいようと約束した仲なのだ。会えなかった日にちがあった分、愛が深まっているはずだ。少なくとも俺の中の愛は以前よりも熱く深い愛に変化していた。薄っぺらい好きという気持ちではない、もっと地底のマグマのような深くて熱い気持ちになっている。はやくこの手でマキを抱きしめたい。
「おかえり、マキ」
俺は、会いたかった愛しい愛しい彼女にかけよった。
「あなたは誰?」
「俺のことがわからないのか?」
「わからない」
そうか、一部記憶がないというのは俺の記憶がないのか。
「俺はおまえの彼氏で婚約者の山上だ」
丁寧に説明する。
「ヤマガミ?」
彼女は一瞬固まった様子で、俺の名前を初めて聞いたかのような呼び方をした。
「お前は記憶喪失になっているんだよ」
説明すればきっとわかってくれるはずだ。
「記憶はちゃんとあるけど、ここ、どこかわからなくって」
「お前は事故にあったのだけど、生き返らせてくれた人がいるんだ。その人が君から一部の記憶を奪ったんだ」
俺は彼女の肩をつかんで、揺さぶる。彼女の目を覚まさせたい。きっと目覚めるはずだ。いつだって愛する人の想いの力で愛は生まれるのだから。愛のキスで姫が目を覚ますようなそんなことはよくある話だ。ここまで来たのだから、彼女を取りもどさなければいけない。
「何を言っているの? あなたは、もしかして、誘拐犯とか犯罪者なの?」
彼女の目は警戒に満ち溢れていた。かつて俺を優しいまなざしで見てくれた彼女の瞳とは別人のようだった。今の世界が変わったのか? まさか店主が言っていた幸せになれるとは限らない、これなのだろうか。
「違うよ。俺はちゃんと会社員として働いているし、本当に恋人だったんだ。証拠となる俺たちの写真を見るか?」
俺は、机の引き出しをあけて、写真を取り出した。2人で撮った写真はいくらでもあるはずだった―――のに、1枚も見当たらない。どういうことだ? 俺は焦る。
今が全て変わってしまったのか? マキが死んだという事実も、交際していた事実もすべて変わってしまったのか? あの店主が言っていたことは、こういうことだったのか? 俺の記憶がない彼女が生き返るという可能性を示唆していたのだろうか。罠だったのだろうか? 無料で慈善事業をするはずもないし、俺を陥れて後から金をとって記憶を戻すとかそういったことだろうか?
「俺たちは愛し合い、結婚の約束をしていた。マキ、もう一度やり直そう。俺はマキともう一度、1から恋愛をしたいと思っている。少しずつ好きになってほしい」
俺は再び渾身のプロポーズをした。誠意を込めて、心から愛するという覚悟を固めていた。
しかし――
「何を言っているの? 私、既に結婚しているんですけど」
彼女の瞳は冷めていた。それはもう、俺の所には戻ってこないであろう冷たい瞳だった。
「なんだよそれ? 相手の男はどんなやつだ?」
俺が近づくと、マキが驚き、大きな声を出す。
「警察呼びますよ。とにかく、もう付きまとわないでください」
そう言って、出ていってしまった。俺はもう、この事実をどうすることもできずにいた。これ以上付きまとったらストーカーだとか不審者として訴えられたり、警察に通報されるだろう。
俺は彼女の実家に連絡をしてみたのだが、俺のことは実家の両親も覚えておらず、警戒されるばかりだった。
仕方なく、探偵を使って、結婚をしているのかという事実を確認するべく調査をした。すると、彼女は最近入籍したという事実が確認された。相手の男と彼女が愛し合いながら寄り添う姿やほほえましく並んで歩いている姿の写真を探偵が持ってきた。相手の男というのが、居酒屋にいたあの優男だったのだ。俺はあの男に騙されたのだろうか? 彼女を略奪されてしまったのだろうか? あの男はマキを奪うために蘇らせたのかもしれないし、蘇った彼女を気に入ったから、俺の記憶をマキから奪ったのかもしれない。俺は、彼女の生と引き換えにあの男に彼女をあげてしまったということだろうか?
何が正しくて何が正しくないのか、もうわからなくなっていた。人間不信もいいところだ。
しかし、いくら調べてもそれ以上の情報は出てこなかった。探偵によると、あれ以来彼女とあの男の行方がつかめなかったそうだ。住居も店も調べても全くわからない、お手上げ状態らしい。そんなことはないだろうと他の興信所を使っても、結果は同じだった。
もしかしたら、あの不思議な居酒屋で夫婦として幸せになっているのかもしれない。俺には本当の真実はわからないままだった。彼女が死んでしまった時点で彼女とは別れていたのだろう。無理やり生き返らせても、復縁することはなかったのだ。
彼女は生き返ってはいなかったのかもしれない。なぜならばあの男が生きている人間かどうかなんて俺には判断もつかないからだ。死んだ者同士仲良くやっているのかもしれない。俺は彼女の幻を見ただけなのかもしれない。
その後も、俺は「ねがいや」という居酒屋を探すべく、毎日街をさまよったのだが、どうやっても見つかることもなく二度とあの店に行くことはできなかった。
もちろん、部屋のどこを探しても、写真のデータを確認しても、彼女の写真一枚見つかることはなかった。なぜなのかはわからないのだが、俺がマキと恋人であり婚約していたという事実は消滅させられたのだ。
今、俺はしがない独身男だ。恋人を事故で亡くしたという事実はなくなった。俺の記憶の中の彼女はこの世界のどこにもいない。俺の妄想だったのか虚言だったのかも今となってはもうわからないし、どうでもいい。だって、俺に彼女はいなかったことになってしまったのだから。
彼女と同じ姿をした彼女が生きているならば、俺はうれしい。今でも彼女を愛している。だから、マキには幸せになってほしい。そう言い聞かせながら、今日も酒を浴びるように飲んでいる。
あれ? 彼女を事故で亡くした時と結局何も変わっていないよな。
毎日酒をたくさん飲んで、彼女を失った悲しみを忘れようとしているのだから。