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死んだ彼女を生き返らせてください

 ねがいをかなえてくれる居酒屋「ねがいや」。

 都市伝説の噂やネットなどで話題にはなっているのだが、まさか本当にそんな居酒屋があるなんて思わないだろう。でも、そんな居酒屋が実在するのだ。


 これは、偶然「ねがいや」という居酒屋を見つけた男性の話だ。恋人を事故で亡くしたばかりで、落ち込んでいた20代男性がやってきた。会社員であるが、最近は以前のような仕事に熱を入れて働くことはできないでいた。落ち込み、ひどい悲しみの淵に立たされた男は、自分自身を保つことで精一杯だった。そこで、居酒屋に入って晩御飯でも軽く済ましながら、酒を飲んで嫌な現実から背けたい、そんな気持ちでのれんをくぐる。


 居酒屋は暖かな木のぬくもりというイメージの建物の造りになっていて、玄関にはのれんがかかっている。まるで、俺を呼ぶかのように。暗闇の中で、ぽうっと浮かび上がる不思議な店がたたずむ。店のあかりが優しく灯っていた。それは暖かな光で、ぬくもりや愛着を感じるような気がした。


 都市伝説によると、居酒屋には店主である若手の男性が一人いるのだが……この男の正体を知るものは誰もいない。魔法使いなのか、異世界の住人なのか、人間なのかどうかも一切不明だ。もしねがいをかなえられたとしたら、それは店主が特別な能力があるのだろう。しかし、ネットの情報だ。ただ、店の名前が同じだけなのかもしれない。


 のれんをくぐってガラガラ引き戸を開けると―――


「いらっしゃいませ」

 若い男性店主が出迎えてくれた。ごく普通の人間のようだ。変わった様子は感じられなかった。やっぱり普通の居酒屋だよな。ぐるっと店の中を見渡して、特別な何かがないことを確認しながら、そんなことを心の中で考えていた。


「とりあえず生ビール」

 俺は暗い気持ちでカウンターに座る。

「お通し代わりに弱った胃に優しいおじやをお出しします。最近ちゃんと食べていないですよね?」

「あぁ、まぁ」

 なんで、この店主は食べていないことを知っているんだ? きっと俺の表情が暗いせいだ。知らない人にまで気づかれるくらいやせこけたか? 目にくまができているせいかもしれない。睡眠不足だからな。


 店主はささっと一品料理を作る。

「特製おじやです。だしとたまごの絶妙なバランスが自慢の味です。食べることは生きる基本です。さあ食べてください」

 俺は、出されたおじやをひとくち味わいながらかみしめる。空っぽの胃に優しい味がじんわりしみこむ。湯気が冷え切った体を温める。


「お客様、最近よく眠っていないようですね。悩みがあるのですか? ここはねがいがかなう居酒屋です。お好きな願いがあれば、死者を生き返らせることだって可能ですよ」

 当たり前のことのように店主が話しかけて来る。


「え? なんだよそれ……」

 ぼったくりバーみたいな感覚に襲われて警戒する。やっぱりネットの都市伝説の店なのだろうか? 半信半疑で俺は店主を見つめた。


「生ビールです」

 俺は出されたビールを一気飲みして憂さを晴らそうとしていた。最近はそんなことばかりの連続だ。酒を浴びるように飲んで忘れようとする。でも、恋人を失ったことを忘れることはできない。


「俺の恋人が事故で死んだんだ。生き返らせてほしい……なんてねがいはだめだよな?」

 冗談半分、本気半分だった。


「はい、可能ですよ」

 店主は明るい笑顔で、可能だと言い出す。死んだ人間を生き返ら得せるなんて神様でも難しいはずだ。もしかしたら、この男、神様なのかもしれないぞ。俺は都合のいいように解釈した。


 俺は、飲むことを辞めてその話に食いついた。元々慎重な人間だからそういった話にはあまり食いつく方ではないが、どうしてもこれを逃してはいけないような気がした。万が一のチャンスがあるのならば、試してみたい。その一心でその男を俺はいつのまにか頼っていた。誰だって大切な人を取り戻したいと思うだろ。俺だってそうだ。また彼女と笑って話がしたいんだ。大切な人のために俺は犠牲になっても構わない。勇者か選ばれた英雄にでもなった気分になっていた。それくらいその時の俺は、心が高揚していたということだ。ビールのアルコールが気持ちに拍車をかけていたのかどうかはわからないが。


「死んだ人間が生き返るのか?」

 俺は確認をする。そんな都合のいいことなどあるはずもないのに。科学的に無理なことはわかっているはずなのに、人間というものは往生際が悪いとでも言おうか。


「生き返りますが、生き返った人間には《《一部記憶がありません》》。だから、生き返った彼女は生前と少し性格は違うし、死んだという事実がなくなり、今の世界が少し変わってしまいます。それでもいいですか?」


「代償とかあるんだろ? お金がかかるとか、不幸になるとか」


 店主は丁寧な口調で説明をしてくれた。それは俺に安心感を抱かせるというという点で効果があった。優しい丁寧な口調は凝り固まった警戒心をほどかせる。


「あえていうならば、《《一度かなえたねがいを撤回することはできません》》」

「それだけか?」

 俺は食いつき気味になって質問と確認をした。


「幸せになるという保証もできませんが」

 店主は少し真面目な表情で俺を見た。


「お願いだ、彼女を生き返らせてくれないか? 結婚の約束もしていたんだ」

「いいですよ」


 意外と簡単に生き返るようで、俺はほっとしていた。契約は口頭で簡単なものだった。うまい話には裏があると言うが、それでもいい。もう一度、大好きな彼女に一目だけでも会いたい、その一心だった。俺の目の前で生きている、話している、笑っている。そんな当たり前を取り戻したい。死んだという事実をなくせばいいのだ。そうだ、俺は自分に対して、都合のいいようにしか考えられなくなっていた。


 少しの沈黙の後、店主はなにやら砂時計のような形のものを取り出した。

「この砂が全部落ちたら生き返っていますよ」

「そうなんですか?」

 俺は半信半疑だった。魔法ならば、ステッキを振って呪文を唱えるとか、もっとわかりやすいアクションがありそうなのだが、あまりに地味な方法で、意外な気持ちになった。やっぱりだまされたのだろうか?


「あなたの自宅に彼女がいます。さあ、帰宅してください」

「これはお代だ」

 ビールを残したまま俺はビール代に少し足した金額を支払った。ねがいをかなえてくれたのならば、その代金を少しでもお礼がしたかったのだ。本当かどうかもわからないのに。


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