第2章身につけた力の片鱗①
アクセスいただきありがとうございます。
ここから2章へと突入していきます。話のテンポも上げていければと思っています。
楽しんでいただけたら幸いです。
この一ヶ月の出来事を敢えて一言で言い表すならば、やはり『地獄』と言う言葉以上に適当な言葉はないだろう。イロハ(・・・)さんの教え方はとても丁寧だった。時々擬音を多用したり抽象的な表現があったが、私は【十全絶技】の基本中の基本である【星片収斂】のコツを掴むことはできた。結果的にイロハさんの教え方は幾斗瀬さんの言うように上手かったと言えよう。そしてこの一ヶ月で私はこれまでのことが嘘だったかのような力を身につけることができた。
「まだまだ、この程度で『私は強くなった!』と思ったらダメですよ!ユウカちゃんはまだ十全絶技の沼に片足突っ込んだくらいなんだから!東堂さんに知られたら『お前は馬鹿か?馬鹿なんだな?よろしいならば訓練だ』って連行されるから!」
「それでも、イロハさんのおかげでこの二年間が嘘だったみたいです。これなら少なくとも蓬莱のクソ野郎には負ける気がしません!」
「アハハ!蓬莱タツヤくんだっけ?ユウカちゃんのことを散々馬鹿にしてた子って。まぁ今のユウカちゃんなら早々負けないと思うけどね」
今私達は鍛錬地である富士山から下山して星輪隊の隊舎へと戻っている途中だった。運転はイロハさんがしているが見かけと違って安全運転だった。帰還命令は幾斗瀬さん直々にイロハさんへと入り、晴れて私は解放された。帰還後今日一日は休みでいいとのこと。久々の休みに私は小躍りしたくなったがおとなしく寝ようと思っていると、
『こちら東堂だ。紅葉谷、応答しろ。もう東京に戻ってきているはわかっている。居留守を決め込もうとしても無駄だぞ』
東堂さんからの通信が入った。この車には通信用の無線はもちろん、隊舎にあるのと同じ電子機械が積まれている。その使い方もこの鍛錬中にイロハさんに教えてもらっている。私は助手席から後方に備え付けられている簡易司令室へと移動してモニター類を操作する。
「はいはーい。こちら紅葉谷です。聴こえてますよぉ〜東堂さん。だからそんな怒鳴らないでくださいよ」
『疲れているところに悪いな、イロハ、ユウカ(・・・)。アスラの出現予測が出た。場所は三郷の辺りだからお前達が一番近い。俺達も急いで向かうが、もしもの場合はお前達が対処にあたれ。イロハ、頼んだぞ』
「了解しました!幾斗瀬隊長!私がちゃちゃっと終わらせます!」
『よし。頼んだぞ。それとユウカ。本当ならお前の初陣はちゃんとしたものにしたかったが鍛錬終わりに加えて得物がない。だから無理はするなよ?』
「わかりました、幾斗瀬さん」
『勝手にマイクを取らないでください。まもなくアスラへと変質するぞ。3・・・2・・・1。出るぞ!場所はーーーー』
東堂さんからの支持を受けて、イロハさんはアクセルを踏み込んだ。私もモニターでアスラの出現を確認し、弛緩していた空気を引き締めた。
十分足らずで現場に到着した。場所は高速を降りて間も無くの市街地だった。警報がなったことで迅速に初期対応に当たったのは警察官達だった。付近の封鎖や住民達の避難、アスラへの警戒を彼らは命がけで行なっていた。
「ご苦労様です。護国星輪隊が一つの星輪隊隊長代理、紅葉谷イロハです。ここからは私達が対応にあたります。状況を教えてください」
「はっ!アスラは産まれたてのフェーズ1です。元は成人男性の営業マンです。昼食後、突如アスラ化しました。幾斗瀬隊長の指示通りに従い、アスラ化直後に周辺を探索しましたが付近に怪しい人影はありませんでした。報告は以上です」
「ご苦労様です。危険ですので皆さんは下がってください。簪隊員は私と一緒に来てください」
「は、はい!了解しました!」
まるで別人のような立ち振る舞いに私は驚愕を隠せずにいたがなんとか返事をして仕事のできるお姉さんの後に続いた。と言うか普段からこうしていれば完璧超人なのに何故―――
「いやー普段からこの調子だと疲れちゃうからね。さぁて、出現からまだ時間が経ってないみたいだし、フェーズ1の状態で片付けちゃうか。ユウカちゃんの初陣はまた今度かな?でもその前にあれ(・・)があるかぁ。んー悩むなぁー」
イロハさんはうんうんと唸りながら封鎖された市街地を歩いていく。すると標的はすぐに見つかった。白い巨躯の化け物、アスラだ。しかし以前幾斗瀬さんと見たそれとは違い、身体全体が大分ひび割れていた。
「あちゃ・・・あれはもうすぐ孵化するかな。今のユウカちゃんでも十分対応できると思うけれど・・・どうしようかな。ちょっと私が削るか」
ブツブツと呟きながらイロハさんは腰に挿した刀―――対アスラ用武装【星斂帝釈刀】―――の柄に手を置いた。星輪隊の隊員のみが持つ刀であり、幾斗瀬さんがそれぞれのために特注で用意しており、十全絶技の技を最大限に引き出すことができ、その多大なる負荷にも耐えることができる唯一の武装。隊長を含めた他の隊員が持つ【帝釈刀】ではアスラを滅することはできる、五輪絶技も遺憾無く発揮できる、しかし十全絶技は一回技を放てば刃が消え失せる。
「さて、そろそろ割れるかな?久々のフェーズ2、何色になるかな?」
不敵な笑みを浮かべるイロハの視線の先。アスラは突然咆哮を上げた。空気が振動し、周囲の窓ガラスが割れるほどの絶叫に私は思わず耳を塞いだ。イロハさんの笑みはどんどん深く、凶悪になっていく。獲物を見つけた肉食獣のようだった。
「色はーーー赤色・・・と言うことは火属性か。少しは楽しめるかな?」
―――星片収斂 流星走行
一足飛びで赤く燃える肉体へと変貌したアスラに肉薄すると勢いそのままにイロハさんはその身体に容赦なく掌底を叩き込んだ。くの字にして鞠玉のように吹き飛んだが大してダメージは入っておらず、何事もなかったかのように立ち上がると再び咆哮を上げた。それに合わせて火柱が立ち昇った。イロハさんの攻撃は文字通り火に油だったようだ。
「ユウカちゃん、よく見ておいて。あれがアスラのフェーズ2。成り立てのフェーズ1とは違い、ヒビが割れることで四元素のいずれかの属性を纏った状態となるのがあの状態。膂力もさることながら火・水・風・土の属性を身に纏っているからただの剣技では傷一つつかない。だからこの状態のアスラを倒すにはーーー」
淀みなく、ゆっくりと抜刀する。帝釈刀が透き通るような混じり気なし白刃に対して、星斂帝釈刀は雲一つなく月も星もない純粋なる夜空の如き黒刃。
「―――絶技を用いる他にない。見ててね」
イロハさんが再び間合いを詰める。しかし今度はアスラも黙って立っているだけではなかった。アスラも地面を抉るほど強く踏み込んで燃え盛る右腕を刃のように変化させてイロハさんを突き殺そうとする。しかしそれを急停止して左足を軸にして半回転して無防備な右腕に刀を振り下ろして両断する。絶叫しながらイロハさんから距離を取ると、驚くべきことに斬り落としたはずの腕が再生した。
「ただ外気収斂や星片収斂をしただけではフェーズ2に大して意味をなさない。こんな感じで回復しちゃうからね。だから必ず絶技を使うの。こんな風にね」
―――十全絶技 参ノ型 嗢鉢羅青蓮
舞うように音も立てず近づくと黒から青白く変化した刃を真っ直ぐに振り下ろした。生えたばかりの右腕を咄嗟に盾にして飛び退くが再び肘から先を失ったアスラ。だがその様子がおかしかった。一瞬で再生したが今回は治る気配が見えない。その理由は明白。斬られた傷口が花が開くように凍結していた。
「絶技を用いて斬れば傷をつけられる。回復もしづらい。十全絶技なら尚のこと。さて、仕上げといきましょう。ユウカちゃんの前だからね、お姉さん張り切ったちゃうぞ!」
軽口を叩いているが一切油断していない。私は固唾を飲んでその後ろ姿を見守る。
―――十全絶技 肆ノ型 白世霊園
間合いの外から振るわれた一撃は、しかしアスラのみならずその周囲をも巻き込んで辺り一面を白銀世界に塗り替えた。轟々と燃え盛る肉体などまるで意に返さず、温度も春先の陽気な気候から吐く息が白く成る程の真冬並みに下がった。
氷漬けにされたアスラの肉体は氷花となりながら散り去った。
「ふっふっふ!これがお姉さんの全力の三割くらいだよ!すごいでしょう?」
「あぁ、確かにすごいな、紅葉谷。お陰で冬に逆戻りだ。民家への被害もある。どうしてくれるんだ?幾斗瀬隊長がいなければ大惨事になっていたところだぞ?どう説明する?このど阿呆が」
ドヤ顔でピースを向けた先にいたのはいつの間にか私の隣に立っていた鬼の形相を浮かべる東堂さんと苦笑いを浮かべる幾斗瀬さんだ。イロハさんの表情が固まった。
「どうした、紅葉谷。説明してくれ。どうしてこんな市街地で広範囲殲滅技の肆ノ型を使用した?参ノ型で十分だったのに何故だ?納得いく説明をしてくれ、紅葉谷隊長代理」
「あ・・・あのその・・・えぇと・・・調子に乗りました」
「ほぉ。なるほど。一応手加減はしたようだが調子に乗って街一つを氷漬けにするつもりだったと。なるほどな・・・」
一歩、東堂さんが近寄れば一歩、後ずさるイロハさん。わたわたする私を尻目に幾斗瀬さんが仲裁に入った。
「トシゾウ、イロハの折檻は後回しだ。まずはこの状況を元に戻すぞ。離れていろ」
幾斗瀬さんはそう言うと刀を抜いた。
―――十全絶技 壱ノ型 昇日黒縄
黒き焔を刃が纏い、ただそれを適当に振るった。それだけで白の世界は溶け落ちて雪解けし、再びの春をもたらした。
「こんなところか。イロハ、お前は間違いなく天才だが少しは加減を覚えろよ?ユウカ、一ヶ月の鍛錬ご苦労だったな。多少のトラブルはあったが今日は宴会だ。食べて飲んで騒ぐぞ!」
これもまた、星輪隊の恒例行事の一つ。鍛錬を終えたあとのご褒美だ。
「それとユウカ、あとで詳しく話すが一週間後に新人大会があるからな頑張れよ。星輪隊は二年前のイロハ、一昨年のカズタケ、出れば優勝しているからな。負けるなよ?」
幾斗瀬さんがものすごい軽い口調でそれなりの規模の爆弾を投下してきた。イロハさんも東堂さんに怒られていて落ち込んでいたのが一転してにこやかになっているし東堂さんも「簪なら問題ないだろう」と呟いている。
「この一ヶ月の成果を試すにはいい機会だ。どこまで変わったか、思う存分試すといい」
ポンポンと頭を叩いて幾斗瀬さんは現場処理に当たっていた警察官の元へと報告に向かった。東堂さんはイロハさんの首根っこを掴んで支給車へと連行した。一人残された私は拳を握って空を仰いだ。新人戦、落ちこぼれだった私がどこまでやれるか試してやる。
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