第1章落ちこぼれ、天才につき③
アクセスしていただきありがとうございます。
主人公の再登場回。
楽しんでいただけたら何よりです。
時を遡ること五時間ほど前。
俺こと幾斗瀬士はそれなりに慌てていた。いつものように目を覚まして優雅にコーヒーを嗜んでいるとけたたましく電話が鳴った。俺は驚きながら着信画面を確認してから電話に出た。
『おはようございます、隊長。起きていられてよかったです』
「おはよう、トシゾウ君。こんな時間から電話とは相変わらず勤労だな。何かあったのか?」
電話主は部下であり最も信頼を置いている右腕的存在の藤堂トシゾウからだった。腕も立ち仕事もできる、まさに完璧超人だが真面目すぎるきらいがあるので肩の力を抜くようにと毎日言っているのだが一向に改善される気配がない。
『・・・幾斗瀬さん、今日がなんの日か忘れていませんか?忘れていますよね?あの紅葉谷に聞いても覚えていましたよ?隊長のあなたが何故忘れているんですか?』
うん、声は平坦だが怒っていることがひしひしと伝わってくる。俺は忘れているである今日のイベントを必死に思い出す。するとすぐに一つ、思い当たる節があった。それも今年一番と言ってもいいイベントだ。
「ああ・・・うん。すまなかった、トシゾウ君。思い出した。今日は【新陰】での卒業試験の日だ。その・・・なんだ、うん。急いで準備して向かうから席取りと名簿の確保宜しく頼むよ」
『すんなり思い出していただき何よりです。名簿はすでに確保しているので後ほど携帯の方にデータを送っておきます。席は私の方で確保しておきますが、できるだけ早く来てください』
「わかった。すまないが宜しく頼む。では現地で会おう」
電話を切る。深呼吸をする。コーヒーを飲み干して俺は行動を開始した。シャワーをさくっと浴びてからシャツを着て、隊服のコートを肩にかける。朝食を食べたいところだが時間がないので冷蔵庫からゼリー飲料だけを手にして愛車に乗り込んだ。
自宅から車を飛ばして光立代行者養成学園【新陰】まではおよそ三十分。時刻は朝の九時半を回ったところ。卒業試験の開始時刻は十時。今頃体育館に移動して学園長から試験の説明を受けている頃だろう。つまり、
「急げばまだ間に合う。飛ばしていくか」
アクセルを蒸して全速力で学園を目指した。
代行者養成学園は国中にありその卒業試験の内容はどこも同じだが、護国光輪隊の全部隊の隊長、副隊長が集まるのはどこを探してもここ、【新陰】以外他にない。それだけこの学園には優秀な人材が集まっている何よりの証拠だ。
本来なら俺達のような新設したばかりの隊は地方を見て回る方のがいいのだろうが、隊長と副隊長はこの学園の卒業試験に顔を出すというのが暗黙の掟となっているので仕方ない。それに、今年は一人期待できる生徒がいる。掘り出し物という奴だ。
「ふぅ・・・なんとか間に合ったようだな。中々の席を確保してくれてありがとう、トシゾウ」
「タイミングぴったり過ぎて逆に腹立たしいくらいですが、ちょうどこれから始まるところです。トップバッターはーーーいきなりこの世代の五格の一人、蓬莱タツヤです。試験官はーーー雅楽代ナオマサ、水輪隊の隊長代理ですね」
この演習場はどちらかと言えば闘技場に近い。俺達が座っているのは闘技場を取り囲むように設置されている観客席の一角だ。ただこうして座っているのは護国光輪隊の中では俺とトシゾウの二人だけ。あとは生徒の家族や非番の隊員たちと一般人の皆様だ。この卒業試験は年に一度の恒例行事であり一般公開されている。だが俺たちの様に隊長格が彼らに混じって観戦しているのは例外的だ。
他の七つの隊の隊長達はガラス張りにされているVIP専用室にいる。俺達もあそこで観る権利はあるのだがあえて此処で観ている。断じて居ずらいからではない。そう、断じて。
演習場に現れたのは勝気な瞳を持った赤毛の短髪の少年だ。今すぐにでも第二位階代行者として前線に立っても活躍できる、そんな空気を纏っている。
「ナオマサか。あいつも出世したもんだな。まぁあいつのことはどうでもいい。蓬莱の倅は強いのか?」
「強いですよ。少なくともこの黄金世代と言われている中で一、二を争うほどです。外気収斂、五輪絶技の練度は学生の身でありながら下手をすれば隊長代理級とも言われています」
「己の血筋に溺れず、才能に胡座をかかず、努力を惜しまなかったと言うわけか。それは引く手数多だろうに」
「えぇ。ですが隊長。残念なことに彼はすでに日輪隊への配属が決まっています。父であり火輪隊隊長の蓬莱リュウゾウと日輪隊隊長の神々廻雲龍斎との間で交わされた約束事のようで、代わりに神々廻隊長のご令孫が火輪隊へ配属されるとのことです」
「おいおい。そいつも五格の一人じゃないか?しかも今下でナオマサと互角に戦っている少年と同等かそれ以上の化け物なんだろう?」
かつての部下であるナオマサと蓬莱タツヤとの模擬戦は試験とは思えないほど苛烈を極めていた。どちらかと言えばナオマサが想像以上の実力に面食らって反射的に全力を出しかけているのだ。だがそれもじきに落ち着くだろう。この辺りが学生と現役代行者との違いだ。先に膝をついたのは蓬莱タツヤの方だった。
「継戦能力に助けられたな、ナオマサ。にしても学生相手に肩で息をするほど追い込まれるとは、あの野郎鍛錬サボってやがるな」
惜しみのない拍手が蓬莱少年に送られた。VIP室に目を向ければ父である蓬莱隊長も満足げな笑みを浮かべていた。勝てなかったとしても息子の健闘が嬉しかったのだろう。対してナオマサの上司である水輪隊の隊長は額に青筋浮かべている。負けこそしなかったが学生相手に苦戦している様では話にならない。
「そのようですね。水輪隊の隊長が笑顔を浮かべてキレています。それより彼の実力をどう見ますか、隊長。」
「言葉にする必要があるのか?あいつがいれば護国光輪隊の未来は安泰だな。雲龍斎の爺さんがいつまで生きるかわからないが、いずれはこの国を護る中核となるだろう。この後出てくる雲龍斎の孫と一緒にな」
「なるほど。と言うことは、我が隊には不要ですね」
「まぁ始めから勧誘の余地はないがね。さて、次はどの子が来るのかな?」
長丁場の卒業試験は見所は大いにあった。現役代行者の中でも最強と言われているーーー俺は認めていないが世間がそう言っているから甘んじて受けれようーーー神々廻雲龍斎の孫は確かに強かった。相手は金輪隊の隊長代理だったがなんとその者に勝ってしまった。それも余裕を持って。彼女以外にも先ほどのタツヤや他の五格、それ以外にも有望な者たちばかり。まさしく黄金世代と呼ぶにふさわしい。ただ一人を除いてーーー
「最後の一人は・・・簪ユウカですね」
「来たか。やっとか。待ちくたびれたぞ、本当に」
簪ユウカ。俺にとっては忘れられない名前だ。彼女が父と同じ道を歩むと聞いた時は我が耳を疑った。そしてその才能は両親譲りで努力もしていた。入学時はトップスリーに名を連ねていたが、それがどうして、落ちこぼれと呼ばれるようになってしまったのかと多くの人が嘆いている。
「さすが・・・あいつの子だ。誰にも教わらず自然と【星斂闘氣】に足を踏み入れようとしているとはな」
演習場では木輪隊の隊長代理、安座名ヒサヒデと模擬刀を合わせていた。一合、二合と刀をぶつけては弾き飛ばされる。何度も地面を転がっては立ち上がる。追撃されても交わし、横一閃に刀を振り抜く。その速度、キレが時間が立つにつれて増していく。
肩を激しく上下させてはいるがまだ戦意みなぎる目をしているユウカに対し、息を乱していないが何故未だ倒れず反撃さえしてくるのか彼女に対して得体の知れない恐怖を感じている安座名隊長代理。
僅か、そうほんの僅かだがユウカの身体が金色を纏っているを士とトシゾウは認識した。これは彼らだからこそ気付けたことで、彼ら以外には気付けないことだ。それはまだ完全ではないが、彼女は自らの努力だけでこちら側に足を踏み入れようとしている。
「・・・驚きです。まさか紅葉谷の様な才能にまた出会うとは。いえ、もしかて紅葉谷以上ですか?」
「さぁ、それはどうかな?そこまではまだわからないが・・・これで我々の隊に必要な人材が誰かはこれではっきりしたな、東堂副隊長?」
「えぇ、我ら星輪隊は彼女を、簪ユウカをスカウトしましょう」
まだ弱々しい光だが、簪ユウカは確かに示した。護国光輪隊の中でも歴史は浅いが俺自身が集めた精鋭部隊、星輪隊の一員としてふさわしい技量と才能を。そして、窮地にあっても折れない確固たる信念を。
「ようやくこれで五人目だ。イサミ、早く起きないと本当に平隊員からやらせるからな。さっさと起きろよな」
ユウカの戦いは終わりを告げた。採点官が思わず止めに入ったのだ。いい判断だ。これ以上続けていたら危なかっただろう。どちらがとは言わないが。それと安座名隊長代理の顔はしっかり覚えた。あとで一発殴りにいくか。俺の相棒の大事な一人娘に傷を負わせた代償の落とし前はつけなくてはな。
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