序章
はじめまして、お久しぶりです、雨音恵と申します。
さて、新作の投稿です。前作から設定を色々見直しております。
今回こそは完結まで走れる様頑張っていきますので宜しくお願い致します。
十年前
その日の出来事はほとんどの事が鮮明に覚えている。
母と私は仕事を終えて久しぶりに帰ってくる父を首を長くして待っていた。その日は父の誕生日で私達は朝からサプライズの準備を入念にしていた。食卓には並んでいるのはーストビーフ、サラダ、カルパッチョなど全て父の好物だ。冷蔵庫の中にはケーキも出番を待っている。これらは全て母と私―――ほんの手伝い程度だがーーーの手作りだ。
「パパ、早く帰ってこないかなぁー喜んでくれるかなぁ?」
「大丈夫よ。なんて言ったってママとユカちゃんで一生懸命作ったんだからパパきっと喜んでくれるわよ!むしろ感謝しなかったら拳骨の刑ね」
笑顔で拳を作る母の背後に鬼のお面を買って包丁を振りかざす化け物が見え隠れした。昔は父と同じ場所で働いていたらしく、その時から【般若のツヅラ】と呼ばれていたそうだ。その名残が時々顔を覗かせる。来訪者を告げるチャイムが鳴った。
「あらあら、こんな時間に誰かしら?」
母が首を傾げながら玄関に向かった。私も袖を掴みながらその後に続いた。ガチャリと扉を開けるとそこに立っていたのはーーー
「あらあら、士君じゃない!?あれ、あなた一人だけ?あの人は一緒じゃないの?」
この日の誕生日会の唯一のゲストである青年だった。黒髪黒目で歳のほどは二十代前後だが精悍な顔立ちをしており、年齢以上の修羅場を歩んできたかのような雰囲気を纏っている(母談)。中肉中背だが無駄はなく、服の上からでもわかる鍛え上げられた鋼のような肉体。父と同じ月相が描かれた裾長のコートを羽織り、そしてこの国で唯一帯刀することを許された職につく者。
「はい・・・イサミさんは報告書をまとめてから帰ると。今日は大切な日なので明日にすればと何度も言ったのですが聞く耳持たずで。申し訳ありません、ツヅラさん」
「いいのよ、士君が気にすることじゃないわ。仕事バカなあの人が悪いんですから。ささ、上がってください。一緒にのんびり待ちましょう。ほらユカも恥ずかしがってないで、大好きな士さんが来たわよ」
「フフッ、久しぶり、ユウカちゃん。また少し大きくなったかな?」
この気のいい青年は父の同僚だという。母とも面識があり、若くして隊長代理の席に座る天才児。父は酒が入ると口癖のように自分の後を引き継ぐのはこの男しかいない!と話していた。母もそれには強く同意して、今の副隊長の子は家柄だけのボンボンだからダメね!とダメ出しも付け加えていた。
「もう、この子ったら一丁前に照れちゃって!乙女なんだから!罪な人ね、士君?この子が大きくなったらお嫁にもらってくれるかしら?」
「ツヅラさん、それはいくらなんでも先の話過ぎですよ。それに、可愛いひとり娘を自分のような男が娶るとなったらイサミさんに殺されます」
「あら、私は賛成よ?士君みたいなイケメンが義理の息子になるなら大賛成!あの人は私が力づくで黙らせるから安心してちょうだい!」
「ホント、ツヅラさんがいうと現実になりそうで怖いです」
青年は笑いながら靴を脱いで家に上がった。父の帰りを三人で待ちながら、私はこの人の膝の上に乗って頭を撫でてもらった。これがすごく好きだったのは覚えている。
「それにしても遅いわねーあの人。今回の任務はそんなに大変だったの?」
「いえ、任務自体は大したことありませんでした。いつものように出現した【アスラ】を退治して終わりました。長引いているのは私とイサミさんで行なっている独自調査のせいです」
「そう。あの人はまだその謎を追っているのね。士君まで巻き込んで・・・ホント、人の話を聞かないんだから」
「これはイサミさんの・・・いえ、この国に住む人達への希望となることです。あまりあの人を責めないでください」
このときの私は青年が泣いているように思えた。心配になり見上げると涙こそ流していないが強く唇を噛んで沈痛な面持ちをしていた。思わずその頰に手を当てた。
「だいじょーぶ?」
「ハハハ。大丈夫だよ、ユウカちゃん。心配してくれてありがとね」
また青年は笑顔を作り、私の頭を撫でてくれた。
それから談笑することしばしば。突然電話が鳴った。その液晶画面には父の携帯電話の番号が映っていた。母はため息をつきながら受話器を持ち上げた。
「もしもし、あなた?今どこ?もしかしてまだ隊舎にいるの?士君も来ているのよ?いつまでかかっているの?サボってるの?」
『・・・そうか。士も、そこにいるのか・・・』
「もしもし?ちょっと、どうしたの?大丈夫?」
『あぁ・・・大丈、夫だ。ちょっと・・トラブルが起きてな。すぐには・・・帰れそうにないんだ・・・士に替わってくれるか?』
「どうしました、ツヅラさん?大丈夫ですか?っえ、イサミさんから?俺に替わってほしいって?―――もしもし、士です。イサミさん、大丈夫ですか?」
『よぉ・・士。やっぱりお前の予想通りだったぜ。いや、予想以上だったよ』
「―――イサミさん?大丈夫ですか!?今どこにいるんですか!?」
『あぁ・・・ちとしくじってな。今は・・・・隊舎の裏にある公園だ。すまんが、迎えに来てくれるか?』
「わかった!今すぐ行く!だから待っていろ!生きることだけを考えろ!無茶はするなよ、イサミ!」
青年は見たことのないような必死の形相となり、母と二言三言言葉を交わして扉を突き破る勢いで家から出て行った。わけがわからなかった私は思わず母に抱きついた。
「大丈夫よ。ユカもしっているでしょう?パパは強いんだから。この国でも七人しかいない強い人なんだから。それに士君はパパが認めたもっと強い人なんだから」
母は私をしっかりと抱きしめながら耳元で囁いたこの言葉は、私にという以上に自分に言い聞かせるような祈りに聴こえた。
俺は市街地で出せる最大限の速度で駆けていた。最早それは走るというよりほぼ跳んでいるに近い形で屋根から屋根へと伝いながら目的地である護国光輪隊・月輪隊隊舎へと急ぐ。イサミの家からはのんびり歩いて十分。走れば五分。飛び跳ねたら二分。この二分が生死の分かれ目だった。
「イサミ!無事か!?」
電話で彼が言っていた隊舎裏の公園。よくここで俺達二人は仕事をサボって談笑していた。あいつが結婚する前はツヅラも一緒に三人で。
「お;おぉ・・・・早いな、士。まだなんとか生きてるよ」
こんな時に思い出すことではないことが走馬灯のように甦るのは不吉なことだが、幸いなことにそれは本人からの声でかき消えた。イサミはさほど茂みの中にある大きな木に身体を預けて座り込んでいた。無数の切り傷があり至る所から失血しており、特に袈裟に斬られた傷は致命傷に片足を突っ込んでいる。むしろ死んでいないことが奇跡のような状態だった。
「―――イサミ!よかった、なんとか無事のようだな」
「ハハハ。ホント、なんとかな・・・ダメかと思ったがな」
滅多に弱音を吐かないこの男が諦めたかのように弱々しく呟いた。さらにイサミは言葉を続けた。
「士、お前の危惧していた通りだった・・・この国はやばい・・・どうかしているぞ」
二人だけの捜査だったが、この国を護りたいと強く願うイサミは時々単独で調べを進める癖があった。どうやら今回はそれが災いしたようだ。
「・・・わかった、もういい。それ以上喋るな。とりあえずこのまま本部の救護室へと運ぶぞ。少しマシになったらその時話を聞かせてくれ」
「・・・あぁ。わかった。すまないな、士」
イサミはおそらくこの国が抱える闇にたどり着いた。だから何者かに襲撃を受けた。だが彼は普段はおちゃらけて不真面目で親バカで昼行燈などど揶揄されているが歴としたこの国を支える七人の隊長の一人だ。その男をここまで追い詰めるとなると相当の手練れ。だが何故、ここまで追い詰めておきながら放置した。その理由はーーー
「―――なるほど、イサミは撒き餌か。敢えて生かして俺を呼び出させた。フフッ、どうやら俺達の存在が余程目障りらしいな」
俺は腰に挿したもう一人の相棒をスルリと抜いた。死の気配を感じ取り、俺は頭に向かって飛来する物体に対して振り向きざまに刀を横に凪いでそれを払い除けた。金属同士が衝突したとは思えないほどの甲高い音と同時に破裂音が夜の公園に響き渡った。煙が晴れたところを見れば地面が陥没していた。こんなものが直撃、もしくは間近で着弾したらおれはもちろんイサミ諸共跡形もなく消し飛んでいたことだろう。身元不明死体の出来上がりというわけだ。
「狙撃か。距離は・・・およそ1キロか。正確無比だな」
スナイパーの技量は感嘆するが居場所の知れた狙撃手ほど与し易い者はいない。距離を詰め、迅速に対処すれば怖くない。どれだけ弾丸を放とうが、こちらはそれを真正面から弾くことができる。だがこいつはあくまで後方支援。イサミの傷から考えると前衛が必ず存在するはずだがーーー
「―――とか考えているうちに前衛様のご登場か。ったく、なんだその趣味の悪い仮面は?時期外れの仮装大会にでも参加するのか?」
「・・・簪イサミ、貴様は知りすぎた。邪魔をするなら貴様も殺す」
聞き慣れない低い男の声だった。全身黒ずくめ、奇妙な面、そして手には両刃の剣。その姿はまるで死神のようだった。なるほど上手く隠してはいるようだがその身体から滲み出でている空気は相当なモノだ。不意を突かれたらイサミと言えど手酷くやられるだろう。だが、それはあくまで不意を突かれたらの話だ。
「殺す?誰が、誰を?まさかお前が俺達を殺すとでも?冗談はその格好だけにしておけよ・・・殺すぞ?」
俺は隠すつもりもなく友を傷つけられた怒りを身体から出して仮面の男に叩き込んだ。恐怖に竦むようなら三流、それを隠せるなら二流、動じず立ち向かってくるのならーーー
「なるほど、向かってくるだけの度胸はあるか。だが悲しいなーーー」
男の剣は重かったがそれだけだ。そこに込められる力はなくただの剣戟。それだけでも俺を殺すことは出来るが如何せん全てが足りない。そう、何もかもだ。
「―――お前には技を使うまでもない。死ね」
剣をはじき返し、体勢を崩したところを刀を袈裟に振り下ろす。これで終わりだと確信した瞬間、俺は飛来物を感知してその場から飛び退いた。先程より破壊力を抑えて貫通力を高めたのだろうか、派手な爆発こそ起きなかったものの地面が深く抉れていた。
「ッチ、邪魔するなよ。命拾いしたな仮面くん。どうする?彼我の力量差がわからないほど間抜けじゃないだろう?」
「・・・引くぞ」
「賢明な判断だ。見逃してやるからさっさと消え失せろ」
舌打ちを残して仮面の男は消えた。やれやれだと思いながら俺は刀を納めてぐったりしているイサミの元に急いだ。
「相変わらず、さすがだ・・・全く見えなかったよ。俺も歳かね」
「アホ言え。さぁ行くぞ。怪我が癒えたらパーティーのやり直しだ」
「そうだな。あぁ・・・ツヅラの手料理が食べたいなぁ」
俺はイサミを肩に担いで病院に向かった。だがこれが、俺がイサミと交わした最後の言葉だった。血を流しすぎたのだ。それは原因で脳に血が十分に回らず、イサミは昏睡状態になった。傷は確かに癒えたのに目を覚まさない父を見て一人娘のユウカは不思議そうな顔をしていた。
「士君、あなたのせいじゃない。だから気にし過ぎないで」
一ヶ月の時が過ぎた。ツヅラはベッドに横たわるイサミの頭を優しく撫でながら俺に言った。一緒に来ているユウカは父の手を握りながら一緒に寝ていた。
俺は毎日彼の見舞いに来ているがこの寝坊助はいまだに夢の中だ。羨ましい限りだ。友人がまもなく無職になるというのに。
「ねぇ士君。隊舎が燃えてしまって、この人が何に気づいたか全くわからないの?」
「・・・あぁ。不甲斐ないことだが、イサミが何に気づいたかその手がかりさえもない。これまで調べてきた資料もろとも塵になった。俺は無力だよ、本当に」
イサミを病院に運んだ直後、隊舎が何者かによって爆発された。それはも盛大に、跡形重なく隊舎だけをピンポイントで吹き飛ばした。幸いなことに中には誰もいなかったので人的被害はなかったが資料関係は全て灰となって風とともに消えた。だから襲撃を受ける前にイサミが読んでいたものが何か、それを知るのは本人だけだ。下手人は十中八九あの狙撃手だろうが、この件は事故として処理された。
「敵がいるのははっきりした。しかも組織だ。このままだと俺はいいが君達も危険だ。だから一旦地下に潜ることにする。合わせてユウカの記憶から俺のことは消しておく。本当なら君の記憶からも消えたいところだが・・・それは無理そうだ」
「えぇ。無理ね。そんなことさせないわ。私たちの思い出を簡単になかったことにするつもり?それにね、娘一人くらい私の手で護ってみせるわ。あなたも知っているでしょう、私って強いのよ?」
ツヅラはウィンクしながら笑みを浮かべた。それが心配させまいとする気丈な振る舞いなのはわかっているが、嬉しかった。それに彼女が強いのは紛れも無い事実だ。
「そうだな。君は強い人だった。ユウカの記憶からだけ、俺のことを消しておく。当分会うことはないだろうが、何かあればいつでも呼んでくれ」
「・・・月輪隊は、辞めるのね?」
「あぁ。こうなった以上隊に残るわけにはいかない。イサミや君のように信用できる人間はいない。だが必ず戻ってくると約束しよう。何年かかるかわからないが、必ず。その時になって目を覚ましても平隊員からやり直しだからな?」
精々気楽に寝ていることだ。願わくば、イサミが目覚めた時に全てが終わっていてほしいが叶わぬだろう。だからまた力を貸してくれよ、相棒。
「今はゆっくり休め。そしていつの日かまた、共に刀を振ろう。全てはこの国のために」
手にしている月輪隊の隊服羽織をイサミの布団に重ねてかけた。これは俺達三人が共に歩んだ絆の証。
「じゃぁ、危険物は一旦消えることにするよ。またな、イサミ」
「また会えるわよね、士君?」
「あぁ、会えるさ、きっとな」
俺はユウカの頭を撫でながら少女から俺に関する部分だけを記憶から消してから病室を後にした。
あれから十年。私こと簪ユウカはいまだ目覚めぬ父と同じ道を歩むべく今日の大事な卒業試験に挑むべく走っている。なぜ走っているかというと、遅刻しそうだからである。痛恨の寝坊だった。
ここまでお読みいただいてありがとうございます。
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