プロローグ:魔王と勇者の一騎討ち(?)
「いやー……随分と長旅だったな」
眼前に広がる、壮大な城壁。ただ一点のみくり抜かれたそれを見て、俺は目を細める。
思えば旅を始めて三年、その前にあった修行の日々も含めて十数年の生涯だったが──ここに辿り着くまでにどれだけの苦労をしたか。
「待っていろよ魔王……俺は必ず……」
旅の途中で、魔王である彼女とは何度か遭遇した。身長は俺より低く、歳は同じくらいに見えたが……今はそんなこと関係ない。
俺──アキトが勇者である限り、彼女にしてやらなきゃいけないことは一つだ。
「さて、前座のお出ましか」
城壁の上から無数の影が躍り出る。魔王城の守衛を任されているだけあって、随分と身のこなしが軽い。
「──ま、そんなの関係ないけどね」
眩い閃光が、辺り一帯を薙ぎ払った。
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ややあって、玉座の間。
魔王は玉座に鎮座し、勇者は不敵な笑みを浮かべていた。ともすれば一触即発、そんな雰囲気が流れる。
「……来たか、アキト」
「よう魔王、ようやく辿り着いたぜ」
周囲には誰もいない。本来なら彼女を守る立場である四天達は、先刻を以って戦力外通告だ。
「……本当に、これは必要なことなのか?」
「前にも話した通りだ。これ以外の道は残されてない──俺とお前が、勇者と魔王である限りは」
悲痛な面持ちで、魔王は俺に問う。
「今まで幾らの魔族達がそなたに斬られてきたことか──」
「──ん?」
そんな他愛ない一言に齟齬を感じた俺はすかさず訂正する。
「いや待て、俺は魔族は一人も斬ってないぞ」
「何?」
「何のために《エクストラヒール》付与の剣を聖剣と別に持ってると思ってるんだ。俺が斬った傷なんて数ヶ月で元通りだよ」
「な……なんだと? それでは、奴らは──私の前で散っていった彼らは……」
「まぁそれはそれ、また今度話そう」
魔王は目を瞑り、不安そうにこちらを見る。
フードに隠れていた素顔が露わになり、赤みがさした整った顔立ちを披露した。
「信じて……良いんだな?」
「無論、俺だってお前のことは信じてるよ」
「……分かった。ならばここで決着をつけよう」
「あぁ……俺たちの運命に、な」
コツ、コツと。
静かな広間に足音が二つ、反響する。
俺は勇者の証である聖剣を手に。
魔王は自らを魔王たらしめる魔杖を手に取って。
その距離──僅かにして一歩分。
「覚悟はいいな? 後戻りは出来ないぞ」
「無論──これがただ一つの道だというなら……」
覚悟が決まったらしい。白髪碧眼の美少女と、静かに目を合わせる。
「では……始めようか」
そして俺は──静かにその唇を奪った。
思い出す、あの日の言葉。
初めて彼女に出会った時に誓った、その言葉を。
『俺は勇者だ』
『魔王サマは家で待ってろ。俺が必ず──』
「ふっ……く……」
「ん……」
勇者と魔王。二人の交わりが、世界の歴史そのものを書き換える。
『必ず、君を救ってみせる』
白と黒の螺旋が、上空へと走った。
これは、ただ「より楽しい人生」を目指す勇者と。
そんな勇者に導かれて、新たな人生を送ることになった魔王のお話。