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第8話 熱血教師と野獣の眼

まだ、書き溜めがあるので明日も8時と20時のアップです。


「今ごろ、何しているんだろう、ユウト」


軍の宿泊設備の個室でカンナはユウトのことを考えていた。

空白症候群で記憶がなくなったとは言え、宇宙構造体の街にいくなんて。それも、遊びに。


あの場所は私たち人権制限者にとって、奴隷扱いされていることを実感させられる場所。行ったところで楽しいはずなんてないのに。


もう夜になるのに、ユウトは帰ってこない。あの街でできることといえば、せいぜい安食堂で大して美味しくない食事をすることだけだろう。すぐに帰ってくると思っていたのに、ずいぶん経ったのに、帰らない。


私もユウトも、人権制限者、いわゆる、奴隷。そんな環境になるまでの私の人生をなんとなく、思い出していた。


私、カンナは13歳までシングルマザーに育てられた。母は若くして私を一人で産んだ。結婚する予定もなく妊娠し、そのまま出産。私には父親は最初からいない。


ただ、母は一人では生きられない女で、いつも恋人みたいな存在がいた。私にとって母の恋人は父親がわりではなく、ただの母の恋人だった。母の恋人は大抵、数ヶ月くらいで変わっていった。男と別れる度に母は大酒を飲んで私に当たった。


「おまえさえいなければ」


そういって失恋の苦しさを紛らわしていたんだろう。小さい頃の私はそんな母が怖かった。

しかし、翌日になると母は真逆のことを言う。


「カンナがいるから生きていられるの」


気持が安定しない失恋期を一週間も過ごしていると母は急に明るくなる。それは新しい男ができたということだ。

私が物心がついて13歳まで。その繰り返しだった。お金持ちの恋人がいるときは、そこそこ豊かな暮らしができた。貧乏な恋人のときは食べる物さえもらえずに、ひもじい思いをした。


そんな母の元を飛び出したのが13歳のとき。私のことをとにかく邪魔にする母の恋人だった。その男は、なにかというとすぐ母を殴る男だった。私のことでも、気に入らないことがあると、母を殴る蹴るしていた。


「私さえいなければ」


そんな男でも、母の元を去ると母は私にきっとそう言うだろう。母に言われる前に、自分でそう思うようになった。


「私さえいなければ」


私は母の元を去ることを選択して街へとひとりだけで出ていった。そして、私の中には、母の血が確実に流れているのを思い知るのだった。


こんな幼い女でも、街をひとりで歩いていると男は寄ってくるもの。私は男に身を任せることで生きる術を手に入れた。男から男へ。自分で稼ぐ方法をまだ持たないその頃の私は、男に依存して生活をしていた。


そんな時に出会ったのがアキラだった。


アキラは二十代前半の男。あまりぱっとした感じがする男じゃない。だけど、不思議と惹かれる男だった。それまで一緒にいた男が四十歳越えていたので、ずいぶんと若く感じた。


「俺に何を求めているんだ?」


初めて身体を合わせる行為が終わった後、アキラは私にそう聞いた。


「一緒にいてくれること」


嘘は言っていない。だからと言って本音でもない。


「そうか。じゃ、一緒に稼ぐか?」


私のことをまっすぐに見てアキラが言った。それまでの人生投げている感じを捨て去り、野生動物の鋭さを感じさせる眼で。

彼は私を女ではなく仲間として見てくれた。それが何故かうれしかった。


それからアキラと一緒に稼ぐようになった。一緒に稼ぐというのはいわゆる「美人局」だった。お金も地位もありそうな男を獲物にすること。社会に沿って幸せに生きている男をだましてふたりが生活するお金を稼ぐ。


一番お金になったのが教師だった。それも同じくらい歳の生徒を持つ教師。できれば娘も同い年くらいの男。仕事も家庭も順調に行っている。そんな幸せそうな男が獲物として最上の物だ。


アキラが獲物と知り合って、私を紹介する。そのときの表情で金になる獲物かどうか、すぐに分かるようになった。


うまく行って1万Cr。駄目でも1千クレジット。毎月何人が獲物をへ見つければ、なかなかいい生活ができた。もっとも、うまく行ったときは、豪勢にアキラと遊んでしまうので、貯金は一切できなかった。


楽しかった。

アキラと一緒に稼いで、一緒に遊ぶ。一緒に同じことを考える仲間がいる。それが生きる楽しさを感じた初めての経験だった。

幼い私でも、そんな生活が長く続かないことはなんとなく分かっていた。


そして、そんなアキラとの楽しい生活が終わるときは、いきなりやってきた。


最後になる獲物は、熱血教師だった。

いちいち正論を吐くその男に私もアキラもすごくむかついていた。


アキラが熱血教師を誘って私も含めて、三人で居酒屋で飲んでいる。アキラに連絡が入り「急用だ」と言ってアキラが帰る。


ふたりきりになったとき、私は酔っ払ったふりをして熱血教師にしなだれかかる。ここで、教師の顔がでるか、男の顔が出るか。獲物の急所をつかめるかどうかの瞬間だ。


「やった!」


誰も見ていないと思った熱血教師は男の顔になった。その男は、熱血教師からただの獲物になった。


熱血教師と私が、ホテルにふたりで入る直前にアキラが再び登場する。それはいつもの手順どおり。その時に、アキラは証拠になる画像を見せ付けて男を脅す。


このシチュエーションだとほとんどの獲物は卑屈になった。今の生活を壊さないために、なんでも

いう通りにするものだった。


しかし、その熱血教師は違った。正論を吐き続けたのだ。


「君はそんなことをしていてはいけない」


生徒を守る熱血教師の仮面をはずそうとしなかった。

アキラが怒り、熱血教師を半殺しにする勢いで殴った。私もついでに殴った。ぐったりとするまでふたりで殴り続けた。


気を失った男の持ち物を漁ってみると、ポケットから身分証明のIDが出てきた。その男は、女子中学の教師だった。


「今回はうまくいったね」


一番、おいしい獲物だと分かってふたりは喜んだ。

しばらくして、アキラとふたりで熱血教師からお金を受け取る約束の場所に行った。そこで待っていたのは、熱血教師だけではなく、何人もの警察官。


「そんな生活をしていては駄目だ。君にはちゃんと立ち直れる強さがきっとある」


その男は最後まで熱血教師をしていた。下手をしたら、すべてを失う覚悟を持って私をちゃんとした正しい道へと導く正義感が強い教師。そんなドラマの主役を妄想していることは、そいつの顔を見ていて分かった。


「バカな男」たちを騙して生活をしていたアキラと私。ふたりを引き裂いたのは、とことん「バカな男」だった。


ふたりは捕まり、裁判にかけられた。その結果、私もアキラも有罪になり、人権制限者となった。世間の言葉でいうところの「奴隷落ち」したのだ。


戦争が続くこの国にあって、人権制限者のほとんどは軍隊送りにされてしまう。もちろん、職業選択の自由を持たない人権制限者はあがらう術をもたない。

軍隊送りが正式に決まったとき。それもいいかな、と思った。


軍隊にいれば、生活の苦労はない。命の危険があると人はいう。だけど、それを言う人たちは、命をかけて生きたことがない人たちだ。私もアキラも物心がついたときから命をかけて生きてきた。


軍隊生活では、時として人権制限者は差別にあうし、ひどい侮蔑の言葉を投げかけられることはしょっちゅうだ。辛い言葉を投げかけられたら、私はあの熱血教師を思い出すようにしている。あいつほど、頭に来る言葉を投げつける奴はいない。思い出すことできつい言葉もやさしく受け止めることができる。


メイド姿にさせられようが、何をさせられようが、私にとっては軍隊生活は平穏な生活でしかない。


そんな私の平穏を乱す存在が現れた・・・それがユウトだ。


私が配属されていた護衛艦に彼がやってきた。新しい搭乗員紹介のミーティングで私は彼を見た。


「あ。同類がいる」


彼も野生の獣の眼を持った男だった。同じレーザー射撃のセクションに配属になったユウトと私はすぐによく話すようになった。といっても、彼はあいづちをへうつくらいで、ほとんど私がしゃべっている。


私がいままで生きてきた道を少し前にユウトに話してみた。すると、彼は一言だけ言った。


「そうか」


ユウトはどんな道を歩いてきたのだろう。それを聞いても一切答えない。ちょっとだけ苦しそうな顔になるだけ。私と同じ、もしかしたらもっと厳しい道だったのだろう。


そんなユウトに空白症候群が起きるなんて。


空白症候群が起きた日からユウトから獣の眼が消えた。苦しかった過去がすべて空白になる。まるでなんの苦労もしていないような純粋な眼に変わったユウト。


感情を見せなかったユウトが、感情がだだもれをする男に変わった。あまりの変わりように別人じゃないかと疑ってしまうほどだ。

こんな新しいユウトとの関係を、今の私は楽しんでいる。


そして、私は今のユウトを思っている。初めて、人権制限者を実感する街に行ったユウト。どんなことを感じているのだろう。


「あ、帰ってきた」


隣の部屋のドアが開く音でユウトが帰ってきたことを知る。その音を聞いて妙に安心して眠りに落ちていった。


ユウトの獲得スキル一覧


レーザー射撃  レベル1

シミュレーション・レーザー射撃 レベル13 レバレッジ8

  サブスキル/精密射撃 溜め射撃 未来予想射撃 連続射撃

テニス     レベル4 レバレッジ5

  サブスキル/ブーストサーブ

セールス    レベル3 レバレッジ2



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