第1話 メイド服と対空レーザー
「あなたは、異世界に転生しました」
誰かの声が、頭の中に響く。
ん?夢を見ているのかな。ぼーっとした頭で考えていたら。
「第一級戦闘警報発令。総員、30秒後の戦闘に備えよ」
大きな音のアラームが鳴り響き、我に返った。
そうだ、最終ステージのラスボスだ。これから待ちに待ったラスボスとの戦いが始まるのだ。
どんな巨大な敵が現れるのだろうか。僕はやっとたどり着いた、この瞬間。武者震いしている自分を感じた。
目の前には大きなスクリーン。そこには、ごく小さな三角形が10個くらい表示されている。
ずいぶん地味な画面だな、絶対、おかしい。
「なんだ?見づらい、三角のが敵なのか?もっとアップにならないか」
すると、その言葉に反応するように表示がアップになった。
三角形は全部で9つあり、3つづつ正三角形になるフォーメーションを組んでいる。
正三角形フォーメーションが3つあり、3x3で9つになる。
「これだと敵との距離が分かりづらいな」
すると、「有効射程まで24秒」と表示された。
「どうなっているんだ?」
「なに、ごちゃごちゃ言っているのよ」
気が付くと、左隣にもうひとり座っている。小柄な感じだから、子供か?
フルフェイスのヘルメットをかぶっているから顔は見えないが。
「なに、これ?」
「はぁ~、これから戦闘本番なんだから。気が散るでしょ!」
分からない。
要は、これから、ゲームが始まるというのか?
「あのさ、このゲーム、なんて言うゲーム?」
「あんたさ、何を寝ぼけているのよ。宇宙戦闘よ、私たちが撃ち落とさないと、みんな死ぬかもよ」
分からない・・・この人はどうも本当の戦争だと認識しているらしいのは分かる。
でも、どう見てもゲームでしょ、これ。
混乱してきた。でも、画面の表示では「有効射程まで10秒」になっている。
あと10秒で戦闘が始まるらしい。
「あのぉ・・・つかぬことお伺いしますが・・・僕は何したらいいんでしょう?」
「ふざけないで!今は対空レーザー要員が不足していて、私とあなただけよ。とにかく、敵の宇宙戦闘機をレーザーで撃ち落として。当たり前なこと聞くんじゃないっ」
敵の宇宙戦闘機、ね。この三角形がそうなんだろう。これを撃ち落とすには、うん。照準があるから、これを合わせればいいんだろう。
照準を合わせる為に手を動かそうとする・・・動かない。
自分の手を見てみると、手にはグローブが装着されていて手首はしっかりと固定されている。
手は動かないが照準は動いた。それも、なんといきなり、照準が10個に分裂した。
「有効射程まで5秒」
10に分裂した照準は両手の指に連動していて、指を動かすと10の照準が動く。
面白い操作方法だ・・・試しに先頭の3機のフォーメーションに照準を合わせてみる。
10の照準はひとつに戻り、照準の色が白から緑になった・・・きっとロックオンしたのだろう。
いよいよだ・・・4、3、2、1、0。
「いけっ」
そう言葉に出したら、10本の小さなラインが手って敵機に向かって、すーっと、飛んでいく。
「あんた、バカ?」
「はい?」
「もっと引き付けて撃ちなさいよ。無駄弾を撃つんじゃないわよ」
「そういうものですか」
どのくらい待てばいいのかは分からないから、隣の人が撃ち始めるのを待つ・・・あ、レーザーを撃ったな・・・このくらいでいいのか。
「いけっ」
10本のレーザーが敵機に向かって飛んでいく・・・でも、当たらない。
どうしたら当たる様になるのか、そんなことを考えていたら、敵機の編隊はUターンして戻っていく。
敵は離脱をしている様子。
もう戦闘はお終いになったと思う・・・いいんだよね。終わりで・・・
「ふーう。ただの偵察だったみたいね」
「あぁ、偵察ですか・・・あのですね・・・ちなみになんですが・・・僕のラスボス、どこかに行ったか知りませんでしょうか?」
うーん。我ながら間抜けな質問だと思う。
でも、現状認識をちゃんとしないと混乱が収まらない。
「ラスボス?あんた何言ってるの?」
そう言って隣の人は、グローブを外しヘルメットを脱いだ。
そこに現れたのは、長い髪の少女。
うわっ、なんという美少女かっ。。。。はっきり言ってAKBなんか目じゃないぞ。
「今日のユウトさ、なんか変よ。どうしたの?」
場所が変わって、ここは食堂。シンプルなカフェって感じの所。10人も入れば満席になってしまう程度の広さ。
なんと、今、僕は美少女と並んでカウンターに座っている。僕の前にはミルクティー、彼女にはブラックコーヒーがおいてある。
この美少女、言葉遣いは荒いけど、とってもかわいい声をしている・・・アニメ声だね。僕は、声フェチあるんだよね・・・かわいい声で「ユウトさん」なんて言われたら悶えちゃいそう。
「ユウトさ。だいたい分かったわ」
かわいい声だけど、言っていることはあまりかわいくない。さっきから、尋問されている気がする。
「あなたはね。空白症候群よ。戦場に出ると記憶がぶっとんでしまう奴がいるって話よ」
「やっぱり、戦場なんですか、ここ?」
「えっと。どこから説明したらいいのか、よくわからないけど」
そう断って、美少女は細かく説明してくれた。
彼女は、カンナで、僕の名前はユウト。
本当は勇一のはずなんだけど、まぁ、いいか。
二人とも苗字はなくて、名前だけだ。
今はふたりは、宇宙護衛艦「サザナミ」の搭乗している。ここは護衛艦の食堂で、さっきの場所が対空レーザー操作室。この護衛艦は、輸送船の護衛任務のために、合流地点に向かっている。
驚いた。いわゆる、あの異世界転生という奴らしい。数年前にラノベでハマってずいぶんと読んだから、どんな物か知っている。
だけど、自分の身に起きてしまったのと、転生先がファンタジー世界ではなく、SF映画の世界だったのはびっくりしている。
『スターウォーズ』はあんまり好きじゃないけど、『スペース1999』とかマイナーなのが好きで、
DVDを借りてきてずいぶん観た。
まぁ、あれだな。どうしてこうなってしまった、とか。どうしたらいいのか、とか。そういう問題はおいおい考えていこう。
今は、すごく重大な問題が起きている。
美少女と一緒にお茶しているのに、沈黙が訪れてしまった。そう。今おかれている状況の話を一通りしてもらったら、話題がなくなってしまったのだ。
なんといっても、彼女いない歴38年の38歳にとって、心の準備もなく女性とふたりきりはまずい。
気の利いた話題を提供しようとしても無理がある。
「カンナさんの趣味は何ですか?」
「趣味?とくにないわね」
「えっと、休みの日は何しているんですか?」
「あのね。ユウト。そういうのは、お見合いとかの時に相手の女性に聞きなさいね」
あーーーーーー、ヤバイ、あきれられてしまった。せっかく美少女と知り合いになれたらしいのに、いきなり嫌われたっ。
「付き合うのは無理と感じるのは、どんな時」って女性向けアンケートをネットで見たら、1位が「話が続かないと分かった時」だった。
どうしよう、どうしょう、どうしよう。
「だからよぉ、俺はこんなとこにいるはずじゃなかったのにさ」
「ですよね。運が悪いというか、なんというか」
助かったぁ。ふたりきりじゃなくなれば、なんとかなるかも。
入ってきたのは、男ふたり。どちらも二十代前半くらいの若い男。
「おい、ユウト。おまえは、肩もみしろよ」
「あ、はい」
偉そうに言われた。美少女と一緒にいて沈黙状態よりは、男の肩もみをしている方が楽だ。よかった。
「カンナちゃんは、いつもの様にカフェオレ入れて」
「あ、俺はアメリカン」
「はーい」
カンナさんは、お茶くみね。あれ、すぐ近くにドリンクサーバーあるのに奥のドアに向かっている。
でも、カンナさん、やっぱり可愛いな。本当の美少女っていうのは、360度どこから見ても可愛い人のことを言うんだって確信したよ。
「痛い!バカ、強すぎるぞ」
いけない、いけない。他のことに気がいくと、ついつい目の前のことがおろそかになる。よく怒られているけど、変わらないんだよね。
しばらく肩もみに集中していると、奥のドアが開く。
そこには・・・グリーンを基調としたメイド服を着たカンナさんがいた!
「お帰りなさい。ご主人様♪」
うわーーー、完璧だぁ。
メイド服の美少女にして、アニメ声でお約束のメイド口調。
うわーーー、ドリンクを置いて、もしかして、あれやりますかっ。
「はい、一緒にお願いします。おいしくなあれ、萌え萌え、キュゥン♪」
やられたっ、ハートを撃ち抜かれたっ。
そんなことを考えている、天野勇一、いや、ユウトはまだ、ここが宇宙の戦場だということにピンとは来てなかった。
命の危険がある宇宙の戦場だと、本当に理解するのは、敵本体との戦闘が起きてからになる。
そして、その時は、すぐそこに迫っていた。