本部にて
「食料調達」のハジメパートです。
朝礼を終えて休む暇もなく
「一様。お迎えに上がりました。」
黒服が迎えに来た。
黒服は本部の職員で、端的に言うと雑用係。あとボディーガード。
上層部の人間や研究員が真白な制服なのに対し、こいつらは黒い制服だ。
白い服は上流階級の高い知能を持つ選ばれた人間だけが着用を許される。
黒服というのは蔑称の意味もこめられているそうだ。俺はこいつらを蔑む気は無いが、好きでもない。だが、まぁ。
「いつもありがとう。」
優しい微笑の仮面を被る。
これが大人ってやつだ。分かるか?ガキども?
後ろを振り返ると、嫌悪を隠す気もなく黒服を睨みつけるサクラが目に入る。仕方のない奴だ。
イヴは理解はするが…といった具合に目を逸らす。そんな大人ならなりたくないと?
ユリは…何も考えて無いだろうな。リコリスもか?2人はそれでいい。
馬車に乗り込む。
相変わらず椅子は硬いわ、揺れは激しいわ、隣に黒服はいるわ…居心地は最悪だ。
「一様も大変ですね。こんな何も無いところに住むなんて。」
「住めば都だ、あー…田中クン?」
黙ってればいいのに、面倒な。
それに本部の周りなんて住めたもんじゃない。
名ばかりのバカな研究員共が有毒なガスを撒き散らしてる。それで自分は優秀だと信じてるからタチが悪い、救いようがない。
「苧環ですよ。でもこんな扱い酷くないですか?一様が今までどれほどの成功をおさめてきたことか!」
「随分怒ってるな。」
「当たり前です!私はずっとあなたに憧れていましたから。それを……あんな。」
「あんな、何だ。」
「……あんな化物共の世話係なんて、あなたに相応しくない。」
「……………そうか。」
化物、ねぇ。
随分と嫌われたもんだ。
あんなに純粋で可愛い子たちを、よくも、そんな。
「あなたは本部に戻るべきだ。みんなそれを望んでる。」
みんなって何だ?誰のことだ?
あの子たちはそんなこと望んでない。
「化物共の世話なんて、下級市民にやらせればいい。」
「『ネクスト』との戦いには知識が要る。俺の仕事は世話係じゃない、戦闘の指示だ。」
食い気味に、少し声を荒立ててしまったか。
俺も存外大人気ない。
黒服は静かになった。俺の気持ちが通じたのか?
いや、おそらく戦闘の指示だなんて俺の思いつきの言い訳に納得したか、その辺だろう。
街は、四方を山に囲まれた盆地にある。
北の端が本部で、入口は南に2箇所しかない。1つは一般用、もう1つは本部用。
南側は下級市民の住宅で、木の棒とボロ布だけの家が見える。
道端で、鳥みたいな足の痩せ細った子供たちが倒れている。生きているのかも分からない。
その次に中級市民の住宅、木造のまともな家が多い。道端で倒れる人はいない。
だが皆、世界中の不幸を全て1人で背負ってますって顔してる。
大きな川を渡って上級市民の住宅、レンガ造りの家が増えてくる。ここまでくると流石に活気がある。
着飾った中年の女が、自分を美しいと信じて道のド真ん中を歩いてる。
3m程の壁を抜けると、いよいよ本部だ。
レンガ造りの4階建ての建物は、下品なまでに装飾過多だ。見るだけで吐き気がする。
この装飾は二代目の王の趣味だろうか、初代は豪快ではあったが宝石の類が好きでは無かったハズだ。
黒服は本部に入ることに興奮しているようだが、俺はかなり参っていた。
馬車を降り、赤い絨毯の敷かれた廊下を歩く。
等間隔で配置された燭台の光に照らされて、壁や天井のあちこちに埋め込まれた宝石が極彩色の輝きを放つ。
………目がチカチカする。頭も痛くなってきた。
「一様?どうかなされましたか?」
「なんでもない、馬車に酔ったかな。」
俺を支えようとする黒服の手を払う、もうすぐで目的地か。
4階の一番北の部屋、王の間だ。
「おお!紫苑!久しいの、いつぶりだ?」
「…この間会ったばかりです。耄碌しましたか?」
「ハハハ!口が減らんな!」
脂ぎったデブ……いや、王様。
何をどれだけ食えばその体型になるのか。
少し痩せた方が良いのでは?なんて失礼な言葉は飲み込んで、あくまでも丁寧に言葉を紡ぐ。
「なんの御用でしょうか?」
デブ…じゃなくて王に呼ばれるなんて、嫌な予感がする。
「ワシの娘も年頃でな、婿を探しておるのだ。」
へぇ、あのデブスもうそんな歳か。17だったか?上級市民は一桁の年に相手が決まると聞いたが、王族は違うのかもな、もしくはただの行き遅れか。
前に見たのは15の時だった、庭で遊んでいたな。子猫を縛りつけて、石を投げて、その様を親猫に見せるって遊びだ。趣味の悪い。
「そうでしたか、それで私になんの御用でしょうか。王女に祝いごとでも述べろと?」
「おヌシを婿に迎えたい。」
「お断りします。そんな年の娘を嫁にするような年ではありません。それに、仕事が仕事ですし。」
「そう言うな、仕事などワシが口を聞く。年など問題ではない、娘もおヌシならいい、と。」
ふざけんな。アレと結婚するならタコとした方がマシだ。
「まぁ、すぐにはとは言わん。考えておけ。」
「凄いじゃないですか!王族に婿入りですよ!流石です!」
「盗み聞きか?趣味が悪いな、山崎クン。俺は断るつもりだ。」
「苧環ですよ。断るなんてそんな勿体無い。」
「いいだろ別に。で、次は何処に行けばいい?」
「研究室のあと、食料庫です。」
研究室、渡り廊下を通って東側にある。
あまり気が進まない。
換気をしないから空気は淀んでて、掃除をしないから埃まみれ、寝泊まりすれば喘息確実。
足元には何から出たかも分からないゴミ。
進んで行きたい場所では無い。
「研究長、定期報告に来てやった。喜べ、はしゃげ、飛び跳ねろ。」
「一さん…相変わらずですね。」
「俺の美しさがか?」
「態度の悪さです。」
報告書を投げ渡すと、引き籠もりで反射神経の悪い研究長は掴み損ねて取り落としてしまう。
「あーもう、投げないでください。」
「もう行っていい?」
「まだ駄目です。」
報告書を捲る度に、研究長の顔がコロコロ変わる。昔こんなオモチャあったなー。
「相変わらず凄いですね。これは…旧世界の文字の解読方法ですか。」
「旧世界の言語は複数あるが、地域によってまっったく違う法則がある。それの一部分を纏めた。研究室に読める奴いないんだろ。」
「ええ、助かります。」
まぁ、あの僅かな資料から法則を見つけて読み解ける奴もいないだろうな。
コレで報告は終わり、後は食料をふんだくる。
「少なすぎる、もっと増やせ。じゃなきゃここから動かないぜ?」
食料庫の前に座り込んで、追加の要求。5人いるのに2週間分の米が0.5kgは少なすぎる。
「無茶言わないでくださいよ…充分な量でしょう?」
こいつらはあの子たちを鑑定にいれない、だから。
「大食いなんだよ俺。こんな量じゃ飢え死にする。2kgにしろ。」
1人で食うと言い張る。
そっちの方が可能性が高い。
暫く押し問答が続き、交渉の結果米は1kgになった。いつもよりはいいだろう。
「一様ー!乗ってくださーい!」
後は帰るだけ。
そう、帰るのだ。可愛いあの子たちの待つ家へ。
今日の夕飯は何だろうか?食事の用意はイヴの仕事だ。イヴは料理が上手くていつも楽しみにしている。思わず笑みが零れる、胸が弾む。
ユリはまたケガでもしてくるのだろう。手当してやらないとな、本当にそそっかしい子だ。
サクラは、まぁリコリスを愛でて過ごしてるだろう。俺がいないからな、連れていったのか残ったのか。1人で置いて行くことはしないだろう。ちゃんと食料をとって帰ってくるのか不安だな、だけどこれは嬉しい不安だ。1人じゃないから不安になる、心配になる。
嫌いな馬車の揺れも、この時ばかりは心地よく思える。
早く、帰ってやらないとな。