食料調達
「朝の朝礼を行いまーす!起きてくださーい!」
ハジメの声が部屋中に響く、もう起きる時間だ。
「朝の」は要らないといつも思う。
「起きろってんだろガキども!5分以内に朝礼台前集合だ!1人でも遅れたら全員飯抜きだぜ!」
とんでもないこと言ってるよ…
ユリの寝起きの悪さとイヴの朝の弱さを知っててこれなのだ。起こすのは僕の仕事。
僕が爽やかな朝を迎えられる日は来ないのだろう。
残り5分
まずはイヴだ、右隣でシーツを頭から被って布の塊と化している。
「イヴ、起きて。」
反応無し、想定内だ。
イヴを起こすのには声を掛けたり体を揺するよりも良い方法がある。彼女の能力を利用するのだ。
実はイヴの能力は遮断が出来ず、強く考えることほど良く聞こえるらしい。
そしてイヴは幽霊の類が苦手だ。
僕は想像する。
薄暗い森を歩いている。肌寒く、まとわりつくような空気の流れる気味の悪い森だ。
ぬかるんだ地面と、木の根に足をとられながら、奥へ奥へ進んでいく。
ふと、気配を感じて目を凝らす。
森の奥からこちらに近付いてくる白い影。
…女だ。
どんな夜よりも深い黒い髪が不気味に揺れる。
白い服には赤黒いシミがついている。
枝葉をすり抜け、スーッとこちらへ向かってくる…
髪の隙間から女の目が見える、血走った瞳でこちらを睨みつけ────
「いやあぁぁぁ!」
イヴの絶叫が響き渡る、耳が痛い。
彼女の大声は珍しい、いつもは頭に直接語りかけるからだ。
「い、いやっ、なに、いまの。なんで、私、森に。」
怖がらせ過ぎたかな?
ガタガタ震えながら辺りを見回すと、シーツを頭から被ってしまった。
「ただの夢だよ、きっと。ほら早く起きて?ご飯抜きになっちゃうよ。」
僕の想像ってことは黙っておこう。
うん、それがいい。
「ゆ、め?そうよね。怖かったぁ…。」
イヴにリコリスを任せ、寝室から出す。
着替えて外に出るのに5分もかからないだろう。
問題は…こいつだ。
ハジメの怒声とイヴの絶叫をものともせず、呑気に寝ている。
何なんだこいつ。耳ないのか?
残り3分40秒
「ユリ!ユリ起きて!」
シーツを引っペがし、蹴り飛ばす。乱暴かも知れないが、これで起きないのだから問題無いだろう。
「起きてって!」
耳を引っ張る。
「起!き!て!」
耳元で叫ぶ、頬をつねる。
「んむー…いふぁい。」
起きてはいない、これは寝言だ。
かくなる上は…
腕を持って引っ張り、外に連れ出す。
心地よい陽射しが僕を包み込む、朗らかな陽気は二度寝を誘う。誘いに負ける訳にはいかない。
家の裏には川がある、サラサラと流れる小川の音は、いつ聴いても癒されるものだ。
この川にユリを浸ける。
「っ!?げほっげほっ」
このやり方はちょっと危ない気もするが、まぁ大丈夫だろう。ユリなら溺れることはない、起きればの話だが。
「シン!?何すんの!」
「起こした。」
「もっと優しく起こして!女の子の扱いってものが分かってない!」
「女の子なんていた?それより早くしないとご飯抜きだよ。」
文句を言うユリを引き摺り、朝礼台に向かう。既にイヴとリコリスは着いていたようだ。
リコリスは白いワンピース。うん、可愛い。イヴは白いブラウスに黒いスカート。雪のように白い髪は赤いリボンでツインテールに結ばれている。
そして僕は寝間着のまま、ユリも同じく寝間着だが、こちらはびしょ濡れだ。水も滴るいい女…にはならず髪がベッタリと顔に張りついて、正直怖い。夜に見たら腰を抜かすだろう。イヴなら気絶してしまうかも知れない。
「右2人相変わらずひでぇな。まーいいや、点呼とるぜ。」
4人しか居ないというのに点呼は必要なのか。
「リコリス!」
名を呼ばれたリコリスは、小さく手を挙げる。その姿はどんな芸術作品よりも美しく可憐だ。
「イヴリシア・スノードロップ!」
「はーい。」
イヴは元気に手を挙げる。怖い夢を見て落ち込んでいる…なんてことは無いようで良かった。
「白百合・麗華!」
「…はーい。」
対照的にユリは不機嫌だ。何があったというのか。僕のせいではないと思う。
「夜桜・神太郎・サクラリッジ!」
「はい。」
そして僕、今日はまあまあ調子がいい。
「そして俺だ!!!!!」
最後にハジメ、元気で何より。
「今日は皆さんに食料調達に行ってもらいまーす。俺は本部に定期報告でーす。ついでに米もっと寄越せって駄々こねてきまーす。んじゃ解散!」
ハジメの乗った馬車が遠ざかって行く。迎えの黒服達が僕達のことを忌々しそうに見ていたのは、きっと気のせいではないのだろう。
イヴが伏し目がちになってしまった。彼らは僕達をどう思っていたのだろうか。化物、とか?
(…そんなところ。あの人たち私、苦手。)
人は、僕達を気味悪がる。守ってやってるってのに。
僕達が自分達で食料調達しなければならないのもそうだ。本部が食料をほとんど寄越さないから。
家も自分達で建てた、本部は家なんて用意してくれない。
街で買い物も出来ない、いや、そもそも街に入れる事なんて滅多にない。
人として見ていないから。
「よーっし!イノシシ狩ってくる!」
こんな時はユリの明るさに救われる。人の悪意を感じとれない鈍感さは、羨ましくもある。
「イノシシはもう飽きたわ、牛がいいなぁ、乳牛も欲しいし、馬もいいわね。久しぶりに魚も…ふふっ。」
イヴも元気を取り戻したようでなによりだ。
だが相談があるのだ。
山へと走り出すユリと、空想の世界に旅立つイヴを連れ戻す。
ハジメのいない間の食料調達には問題がある。
重大な問題だ。
リコリスを見守る者がいない。
食料調達は、数日分の食料を回収しなければならない。ユリは山で狩りを、イヴは森で採集を、僕は海で魚をとる。
リコリスはハジメと留守番をしている。服を作ったり、釣竿や籠、食器や家具を作ったり、ハジメの研究を手伝うこともあるそうだ。
だが今日はそのハジメがいない。
リコリスを1人で置いて行くなんて、できる訳がない。
誰かが残るわけにもいかない。
山へ行かなければ肉が手に入らず、今日の夕食が無くなる。
森へ行かなければ果物が手に入らず、明日の朝食が無くなる。
海へ行かなければ魚が手に入らず、干物が作れない。保存食は大切なのだ。
「あー…そっか。ハジメいないんだよね、どうしよっか?」
「どうするも何も、心配し過ぎよ。数時間くらい1人で大丈夫よ。ね、リコリス。」
イヴは案外楽観的なところがある。調達の為には数キロ単位で離れなければならない。イヴの能力だって範囲外だ。
リコリスを1人でなんて…危険すぎる!何かあってからでは遅いのだ。
「リコリスの能力なら、何があっても大丈夫よ。私達の誰よりも強いんだから。」
リコリスの能力は空間操作だ。
襲ってくるものなんて簡単に蹴散らせるだろう。だが、リコリスの能力は僕と同じで消耗が激しい。使い過ぎれば倒れてしまう。その倒れたところを襲われたら…?
考えたくない。やはり危険だ、1人になんてできない
「考えすぎだと思うなぁ。ねぇリコリス、大丈夫よね?」
それにリコリスは五感が鈍い。イヴを介さねば会話もできない。転びでもしたらどうなる?痛みにも鈍感な上、傷を目に映すことも出来ない。
…ダメだ。1人に、できない。
「リコリスはどう思う?1人でおるすばん出来るよね。シンは心配し過ぎ!」
「シン残ればいいんじゃない?山でも川で魚とれるし。いつものハジメみたいに服とか作っとけば。」
「…シンにそんな器用な真似出来ないわよ。」
「失礼過ぎやしないか?」
「そんなに心配なら…連れていけばいいのよ!」
「……はぁ?」
イヴの考えはこうだ。潜らずに釣りだけならリコリスを連れても出来るのではないか、リコリスもたまには遠くへ出かけてみたいはずだ、と。
「うぅん…でも…やっぱり…。」
「男の癖にウジウジしない!ユリはもう出かけちゃったわよ。」
早すぎるだろあいつ。
まだ話終わってないよ?
「私ももう行くね。」
イヴまでそんな…
リコリスを連れて、だって?そんな無茶な。
結局、連れてきてしまった。
リコリスに抱きつかれながら馬を操った道中は、至福のひとときだった。
イヴがいないので正確には分からないが、リコリスもはしゃいでいるように思える。
パタパタと足を揺らす姿がとても可愛い。最高!
リコリスを眺めていてもいつまで経っても魚は手に入らない。気持ちを切り替えるのだ!
近くの岩場に馬を繋いで休ませる。その隣にリコリスも座らせる。馬の額を優しく撫でるリコリス、なんて羨ましい…おい馬そこ変われ。
……気持ちを切り替えるのだ!!
………釣れない。まっったく釣れない。
釣りは待ちだ。とはいえあまりにも釣れなさすぎではないか?籠はまだ空っぽだ。
馬も眠ってしまったようで、リコリスも隣で眠たそうにしている。
僕の居る方向に向けられた深紅の瞳は、今にも瞼に覆い隠されそうで、馬のたてがみを玩ぶ、白魚のように美しく繊細な指は、今にもその愛らしい仕草をやめてしまいそうだ。
………ずっと見ていたいな。
勿論そんな訳には行かないのだが、このままでは馬への嫉妬で狂ってしまう。
僕はふと立ち上がり、愛し子の元へ。
こわれものを扱う様に優しく、リコリスを抱き上げる、そのまま元の場所へ戻り釣りを再開した。
僕の腕の中は落ち着くのか、うつらうつらと船を漕ぐ。とても可愛い。
リコリスが気になるのなら、抱きながら釣りをすればいい、魚が来るまでリコリスを愛でて過ごそう。そうすればいつまでだって待っていられる。
「それで?」
「……リコリスを眺めていたらいつの間にか釣竿が消えてた。」
「………アホか、お前。」
ハジメに呆れた、とため息をつかれる。
気がつくとあたりはどっぷりと夜の闇に浸かっていたのだ。自分でも情けないと思う。
それよりも気になることがある。ユリとイヴだ。
「ユリは獲物を追いかけて崖を転がり落ちたそうだ。ケガは大したことない、ユリなら明日には治る。」
山での狩りは危険がつきものだ。落ち込んでいることだろうし、あとで労っておこう。
「イヴは、今日の森は濃霧で足元も見えず、夢を思い出して怖くなって帰ってきたんだと。」
僕のせいかな…?これは。
しかし、3人ともこの有様では、
「よって今日の晩メシにおかずは無い。配給の少ない米だけだ。おにぎり1人1個。」
そんな…なんてことだ。
ハジメの作るおにぎりは一口サイズ、1つでは食べた気にならない。
なんとも寂しい食事となった。
鳴き喚く腹の虫を黙らせて床につく。
今夜はなかなか眠れそうにない。