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エンジェルズ  作者: ムーン
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邪魔者

「ねーぇ、シン。イヴ知らない?」


陽気な声とともに目の前に現れる、見慣れた深紅の双眸と、美しい黒髪。

その主の少女─ユリ─は友人を探しているらしい。

僕には、ユリの尋ね人であるイヴという少女の行方に心当たりがあった。


「東の方に行ってたよ、多分ハジメと一緒。

…もういいかな、リコリスとの貴重な時間を邪魔しないで欲しいんだ。」


リコリスは僕の大切な人、もうすぐ八歳になる可愛い子。今は僕の腕の中に、小さな身体をすっぽりと収めて静かに寝息を立てている。

眠っている時、人は最も無防備になる。この時間はリコリスが僕を信頼しているということに実感の持てる、至福の時だったのだ。

その時間を邪魔されて腹が立った。が、腹を立てている時間すら惜しい。

内側から輝いているかのような白い肌、クルクルと巻いた白銀の髪。なんと美しい、なんと素晴らしい!僕はすぐにリコリスを愛でることに集中した。


あぁ、愛しい愛しい僕の、僕だけのリコリス…。


「ハジメとぉ?めっずらしーぃ、何かあったの?」


僕が今言ったこと聞いていなかっただろ、こいつ。


「邪魔しないでって言ったよね、そんなに気になるなら追いかければいいだろ。」


わざとらしくため息をつき、ドアの方を見る。と、ハジメが息を切らして飛び込んで来た。あぁ、嫌な予感がする…。



「敵襲だ、戦闘準備!」



予感的中。僕の至福の時が終わりを告げる。



「敵来たの?最近暇だったんだー、丁度いい運動になりそう!ねっシン。」


「僕は君と違って忙しかったかな、リコリスを愛でるので。ホント、最悪。」


敵襲だなんて冗談じゃない。せっかくのリコリスとの時間がなくなってしまう、すぐに片付けないと。

リコリスをゆっくりと抱き上げ、ハジメに渡す。

僕から離れたからだろうか、目を覚まして不安そうにこちらを見つめる。


なんて可愛いんだ…今すぐ抱き締めたい!

たとえ一瞬だろうとリコリスと離れるなど我慢できない!


「あー…リコリスは俺がちゃんと見といてやるからさ、な?」


ハジメにさっさと行け、とでも言いたげな目で見られて、僕は深いため息をつき、上着を着る。椅子にに立てかけてあった刀を帯びて、僕の準備は整う。

ユリはもう外に出て行ってしまったようだ、僕も早くいかなければ。

邪魔者どもを切り刻むのだ。





敵、というのは『進化』した生物のことだ。

遥か昔、この世界には優れた文明があった。

数多の生物達と自然を踏み台にして発展した文明が。

やがてその文明は滅びた。


理由は分からない。時折に旧世界の遺物が見つかることがあるが、滅びを記した物は見つかっていない。

最も、旧世界の遺物はどれも難解で、解読できる者は少ない。


だがその遺物の中に、今僕らが戦っているような生物の情報は無い。文明が滅びた後に生物は『進化』を始めた。そして生物達は自らの種が繁栄するために他の種を滅ぼそうとする。勿論人類もその標的。


だが人類の中にも『進化』した者がいる。それが僕達。


ハジメの時論は、『進化』というのはある細菌の汚染で、適応できたものが進化したもの、できなかったものは死んでいく…というものだ。この説はかなり有力とされてはいるが、その細菌の発見には至っていない為、推測の域を出ない。

『進化』は、生物に特殊な能力をもたらす。

だが能力が強力になればなるほど元の生物らしさは失われていく。


『進化』による変異には、段階がある。

まず瞳の色が深紅に染まる。だがそれによる影響はない。

次に身体能力の向上、老化速度の低下、生殖能力の低下など。生き物らしくなさが出てくる頃か。

そして特殊能力に目覚める。

…その先は不明。


人は人という種を守る役を僕らに押し付けた。化物には化物を、という訳だ。

人はもう僕らを同じ人とは認識しない。

人は『進化』した生物を、僕らを、『ネクスト』と呼ぶ。





「敵どこにいんのー?なーんにも見えなーい。」


ユリは退屈そうに腕を振り回し、イヴを見やる。


(…上にいるわ。鳥ね、距離は400、数は13。)


頭に声が響く、これがイヴの能力。

他者の思考を読み、自らの思考を発信する。

戦闘に置いて必須と言える。


「空なら僕の出番はないかな、ユリにお任せするよ。」


「おっけー!まーかせちゃってー!」


ユリの背から翅が現れる。

蜂のようなそれは、ユリの躰を宙へと躍らせた。


ユリの能力は、その場の状況に応じて姿を変えることだ。空を飛ぶことも、水中を進むことも、彼女にとっては地を歩くことと変わりない。


「まず一匹!次こい次ぃ!」


「一匹って…一羽じゃないの。」


長い腕を振るい、仕留めていく。その姿は空中を舞い踊るように思える。彼女の頬を嘴が掠め、鮮血が小麦色の肌を染めていく。だがそんな事は問題ではないと、次々に叩き落していく。


「流石、戦闘では頼りになるね。」


地に落ちて痙攣する灰色の鳥を踏みにじる。

ぶにゃりとした柔らかい感触と、中の腐った枝を折るような小気味良い響きが足裏に伝わる。

このまま、全部倒してくれたら楽なんだけれど。


(…シン、急降下してくる。気を付けてね。)


そう上手くは行かないらしい、僕はポケットに手を突っ込んだまま、向かってくる鳥達を眺めた。


面倒臭い…


能力を発動する。

その瞬間全てが静止した。

これが僕の能力、時間操作だ。止める、進める、戻す、自由自在。

使い過ぎると疲れて動けなくなる、消費が激しすぎることが欠点かな。


あまり長い間時間を止めているのもキツい、刀を抜いて、鳥どもを切り捨てる。

この刀は旧世界の遺物で、切れ味抜群。この程度なら切った感触はほとんどない。



(…もう倒したの、流石ね。)


「こっちも終わったよー!」


少女達の声が遠く聞こえる。

頭が痛い、久しぶりだったからか、加減を間違えた。

視界が暗くなる、体から力が抜けていく。

僕は意識を手放した。





目が覚めた頃にはすっかり日が落ちて、夜の帳が降りていた。

硬い床に寝ていたせいで腰が痛い、柔らかい布団が欲しいものだ。


壁にもたれかかりながら、寝室を出て光の漏れる部屋に向かう。肉の焼ける匂いが空腹を思い出させる。


「おっ!シン起きた!」


ユリの明るい声が頭に響く、もう少し声を小さくして欲しい。


「今日の晩メシは鳥だ。結構イケるぜ。」


席に座ると、ハジメに皿を渡される。

皿の上には一口大に切られ、少量の塩をかけられた鳥肉がのっている。


「この肉、まさか。」


「昼前に倒したのだ。歯ごたえが並の鳥の比じゃない。鳥の癖して肉汁も中々。」


「食べられるのこれ。」


「食えるも食えないも俺ら食ってるし、めっちゃ美味いし。」


…正直気が進まないが、空腹には勝てない。

毒がないことを祈りつつ口に運ぶ。


噛めば噛むほど旨みが増える、塩がまたそれを引き立てる。コリコリとした肉の歯ごたえがたまらない!


「食わず嫌いはよくないぜ。」


ハジメの笑みに僅かな敗北感を感じながら、口の中に広がる幸福感に酔いしれる。


「追加焼くぜ、早い者勝ちだ。…まぁ一騎打ちだろうけどな。」


その後僕はユリとの肉の取り合いで、能力を使ってまた倒れた。時間を止めてまで食べようとした肉は、結局全てユリの腹に収まった。

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