遠征・後編
「よぉサクラ!無事だったか、ユリに抱えられてるなんざ情ねぇな!」
「うるさい、ハジメに言われたくない。」
洞窟の中で暗い怖いと震えていたのはどこの誰だったかな。
それより、リコリスだ。
「リコリスは?」
「ここ、一応起きてる。」
僕はリコリスの方へ走り寄る…つもりだったが這い寄るかたちになってしまった。
「シン怖い……ねぇ、イヴは無事?」
ユリになにやら酷いことを言われた気がする。
イヴは出口から少し離れた岩場で眠っていた。
「イヴ!どうしたの!」
「寝てるみてぇだからそっとしとけ。疲れたんだろ。」
リコリスは意識はあるようで、僕がケガをしている事を心配している様子だ。
不安そうな目で僕を見つめるリコリスはとても可愛い、それだけでケガは治りそうだ。
「僕は大丈夫だからね、リコリスは何も無かった?怖い奴はいなかった?いたら僕が消してあげるからね。」
「相変わらずだな、傷はどうなんだ。」
「結構酷いと思うけど、今は痛みは忘れているよ。リコリスを一通り愛でたら確認するよ。」
「先にしろ、つーか時間戻せばいいだろ。」
「今はちょっとキツいかな。」
「あっそ。」
冷たく突き放すような言葉だが、ハジメは僕の傷を手当し始めた。
口調は荒いが優しい人だ。
「……ユリ。」
「イヴ!起きた?大丈夫だよね、何があったの?ケガはしてないよね?」
「聞きたいことがあるの。」
「なぁに?何でも聞いて。」
「あなたは、『ネクスト』を殺す時、どうして何も思わないの?
私は今日初めて生き物を殺したの。とても気持ち悪くて、怖くて、寒気が止まらなくなった。
あなたはどうして何も思わずに殺せるの?」
「えっと…?よく分からないんだけど、そういうものだし。」
「そういうもの?どういうものなのよ、殺すことが普通って言いたいの?」
「……普通、だよ?」
「意味分かんない!なんでそんな風に思えるの!?」
「ずっとそうだったから、守る為にそうしてきたから。」
「守る為なら殺していいって?あなたはそう言うの、あぁ、そうなの。」
「守る為なら何でもするよ、約束だもん。」
「………そう。そうね、そうだったわね。あなたはそういう人よ。」
「イヴはそんなの嫌なんだよね、大丈夫!あたしが全部してあげる!」
「……ありがとう。」
イヴはあたしが守るって街にいた頃に約束したの。
イヴは殆ど外に出たことのない、世間知らずのお嬢様。
1人ではなんにも出来ない人。
だからあたしが守るって、そう決めたの。
あたしも1人ではなんにも出来ないから、バカだから、イヴの言う通りにすれば間違いないから、そうするの。
イヴの嫌なことはあたしが、代わりに難しい事はイヴが考えるの。
そうすれば全部上手くいく、今までも、これからも、ずっと。
「ねぇ、ユリ。あなたは私の一番の友達よね?」
「うん!ずっとずっと、親友だよ!」
「……そう。」
イヴは少し安心したみたいで、また眠ってしまった。
何があっても2人なら大丈夫、だよね?
「っていうかよぉ、洞窟崩しちまったな。どうすんだよ、これ。」
「倒せたのだから、多少の被害は目を瞑ってもらわないと。」
「ウッソだろお前、そんなこと言う?」
ハジメは洞窟の前で項垂れていた。
このまま本部に報告に行けば、かなりの文句を言われることだろう。
でも仕方がない事なのだ、納得して貰わないと。
「はぁー…何言われるんだろ、米減らされるぜ、絶対。」
ハジメが新しく作った松明を持って、洞窟を覗き込む、すると。
銀色の針がハジメの頬を掠めていった。
まだ生き残りがいた。
「はっ!?うっそだろ!」
この状況はかなりマズい。
イヴとユリは話があるとかでここにはいない。
僕は自分の傷を治す事に能力を使って、暫くは休憩が欲しい。
リコリスはさっき寝かしつけてしまって、起こしたくはない。
「どうする?ハジメ。」
「お前なんとかしろよ!」
針を飛ばしてくるなんて思わなかった、さっき戦った奴より上手なのかもしれない。
そういえば、刀を回収し忘れていた。
「僕無理だよ。」
「お前ふざけんなよ!この役立たず!」
あまりにも酷い暴言に傷つく、とにかくリコリスだけでも逃がさねば。
ピィィイイィー!
鳴き声と共に、再び針が飛んでくる。
狙いは無いらしく、四方八方に飛ばしているようだ。
「ちっ!」
ハジメは上手く、岩の影でやり過ごしたらしい。
針を飛ばし終わって、無防備なハリネズミを思い切り蹴り飛ばして、何かを投げた。
「っおら!くたばれネズミ野郎!」
轟音と共に、洞窟が完全に埋まった。
「ハジメ、今の何。」
「爆弾。」
緊急用にと作っていたものらしい。
僕らが出てくる前に敵が来ていたら、まさか、僕らも埋められていたのか。
「折角上手く出来た試作品だったのによぉ、落ち込むわー。」
とてもそうは見えない。
満足そうな顔をしている、きっと会心の出来だったのだろう。
「ハジメ、僕の刀は?」
「知らねぇよ、探しに行けば?」
「冷たいな。お気に入りなのに、あれ。」
「鞘は残ってんだろ、時間戻せば?」
「鞘が綺麗になるだけだよ。一つの物が二つに分かれたのなら戻るけれど、元々二つの物なのだから。」
「じゃ、諦めるんだな。」
簡単に諦められる訳がない。
また今度ここに来て掘り返すしかないか、これだけ崩れたのだからもう『ネクスト』もいないだろう。
イヴとユリが戻って来た、話は終わったらしい。
イヴはまだふらふらしているが、心なしか顔色も戻った気がする。
「もう帰るの?」
「そうしたいんだがな、まだ『ネクスト』が残っているかも、だからなー。今日はここで野宿!」
「は!?ヤダ、絶対ヤダ!明日また来れば良いじゃん!野宿とか無理だよ!」
「ワガママ言わない。帰ってからハリネズミ共が復讐だー。って街に向かったらどうすんだよ。」
「こんだけ離れてたら大丈夫だよ!」
「もしも、があるだろ。野宿だ。」
ユリはかなり不服そうにしていたが、結局夜はここで眠ることになった。
山は冷える、それに岩場だらけで体を休ませる場所もない。
火をたいて、一時間事に見張りをすることとなった。
「なんかワクワクするよなー、こーゆうのって。」
「……全然、お腹すいたし、布団ないし、最悪。」
「んだよサクラーつれねぇなー。」
「…めんどくさい、早く寝なよ。」
「へーへー、分かりましたっと。……………なぁサクラ。」
「寝てよ!」
ハジメにはああ言ったが、眠れないのは僕も同じだ。
こんな所で、ましてやいつ敵が来るのかも分からない状況で眠れる訳がない。
「なぁ、サクラってば。」
「はぁー……何?」
「なんか話そうぜ、暇だ。」
僕は能力を発動して、自分の時間を最大まで遅らせた。
すると月がみるみるうちに沈んでいき、太陽が顔を現した。
「一晩中話掛けてたのに全く反応しやがらねぇの。」
僕にとっては一瞬の夜だったのだ。
ハジメの声など聞こえてはいない。
「じゃあ、『ネクスト』の残党確認と洒落こもう。イヴ、リコリス、頼むぜ。」
「んー?うん。分かったわぁ……。」
イヴは寝ぼけているみたいだけれど、大丈夫かな?
イヴとリコリスは洞窟の中の生命反応を調べる、初めからこうやって入れば楽だったのではないか?
「生命反応なしっと。この鉱山には生き物はハリネズミ以外いなかったのかしら?」
「食い尽くした、のかもな。そのうち山を降りてきてたかもしれねぇぜ?」
「こ、怖いこと言わないでよ。」
イヴはすっかり元気になったようだ。
リコリスはまだ能力を使っている。
「リコリス、どうしたの?もう何もいないだろう。」
突如として虚空に岩が現れる。
地に落ちたそれは、バラバラに砕けると、中から美しい光を放った。
僕の刀だ。
「これ…!リコリス、ありがとう!」
僕は思わずリコリスを抱きしめる。
刀は少し刃こぼれてしまっていたが、時間を戻せば問題はない。
僕は、リコリスが頼まれてもいないのに、僕の為に、僕の為だけに能力を使ったことが嬉しくてたまらなかった。
遠征編終了です