遠征・中編
一旦視点変わります
時は、ユリとシンが死体を見つける前。
イヴは途方に暮れていた。
「嘘でしょ…?」
自分の手を目の前にかざしたとて何も見えない暗闇。
前後も左右も、自分が何処に立っているのかも分からなくなる暗闇。
「松明1つしかないのよ?普通それ持ってる人は動き回っちゃダメよね?そもそも固まって移動するべきよね?」
どうしよう。
私の左手はリコリスと手を繋いでいる。
私はついさっきまでハジメの手を引いていた。
シンは、ハジメの手を払ってリコリスの手を握らせた。
すぐに走って行ってしまったため、辺りは闇に閉ざされた。
ハジメは暗い所が苦手だ。
「ハ、ハジメー…どこ行っちゃったの…?」
手を離され、真っ暗になった事で、パニックにでもなったのか。
探そうとする右手は、虚空をさまようだけ。
ハジメは戦闘は出来ない筈、それもこんな暗闇でなんて。
まっすぐに出口へと向かったなら良い、けれどもし、所々にあった分かれ道の方に進んでいたら?
(リコリス!ハジメはどこ!)
(…ちょっと、待って。ドンドン離れていっちゃったから、範囲外に出ちゃった。今範囲を広げて探しているけど…見つからないの。)
(はぁ!?なんでそんな走り回ってんの!?)
まずい、かなりまずい。
このままリコリスに能力を使わせ続ければ、ハジメは見つかったとしても、敵が来た時に対応出来ない。
だからといって、ハジメを見捨てる訳にも…
「あぁ!もう!なんでこうみんな勝手なことばかり!」
左手にかかる重さが増えた、リコリスがしゃがみ込んでしまったから。
(リコリス!大丈夫?)
(……う…ん、へいき。ハジメも見つけた、行こう。つかまって?)
(へ?えっと…分かったわ?)
リコリスの言う通りに、両手を繋ぐ。
しっかりと、離れないよう、痛いくらい。
「きゃっ!?」
どこかに落とされた?
足の裏に伝わる感触が、先程とは違う。
ここはさっきまでいた所よりも整備されている。
握っていた手の感触が消えて、軽い音が洞窟に響いた。
「リコリス!?」
リコリスが倒れてしまった、意識はあるが立つことは難しそうだ。
今のは恐らく空間転移だろう。
私がいるせいで、いつもよりも移動にかかる負荷が増えた。
リコリスをおぶってハジメを探す。
先程から聞こえている声の元に向かった。
「暗い…無理。怖い…ヤダ。」
「ハジメ!しっかりしてよ!」
「無理。こっから動かない。怖い。」
ハジメは人1人が入れるかどうか、という程の細い穴に隠れていた。
「出てきて!敵が来たらどうするの!?」
「なんとかしてくれ、俺無理。」
見つけた所で事態は好転しない、むしろ悪化した。
ドォォン……
遠くで大きな音がする。
シン達の方に何かあったのかもしれない。
早くハジメを引っ張り出して、合流しないと。
「お、おい!何の音だよ!崩れるんじゃねぇだろうな!」
「そう思うのなら、早く出てきて!生き埋めになりたいの!?」
「生き埋めは嫌だ!もっと暗く狭くなるんだぜ!?、せめて殺してから埋めてくれ!」
「ふざけてないで出てきて!」
ハジメのいる穴に、手を伸ばすが届かない。
力ずくで出すことは叶わなさそうだ、別の手段を考えよう。
穴の前で途方に暮れていると、背中側の壁に銀色の『トゲ』を見つけた。
何故今まで気づかなかったのか、その『トゲ』からは微かな思考が感じ取られた。
「『ネクスト』、ここにいたのね。」
今の所は敵意を感じない。
刺激を与えないように逃げるべき?
いえ、今の私には武器がある、戦えるんだ。
武器の仕組みは簡単だ。
鉄製の筒の中に弾を入れて、引き金を引く。
弾の後ろには火薬が詰まってあって、引き金を引くことで弾を叩き、衝撃によって火薬が爆発を起こして弾が飛ぶ。
ただ問題が1つ、命中率が低い。
何度も練習したけれど、お世辞にも上手いとはいえない。
きっと私には才能がない。
大きく息を吸う、ホコリっぽくて鉄錆臭い空気が肺を満たす。
ゆっくりと息を吐いて、足音を盗んで、静かに『ネクスト』へと近づく。
「リコリス…か?おい!イヴ、どこに行った?そこにいるよな!」
ハジメの声が聞こえる、近いはずなのに遠くに居るような気がする。
『トゲ』を見てすぐにリコリスを穴へと押し込んだ、うまく奥に行ってくれたようでよかった。
悪いけれど、今は返事が出来ないの。
私は妙に落ち着いていた、銃口を『トゲ』の隙間を縫って、密着させる。
『ネクスト』は、微かに動いてはいるが、こちらを認識はしていない。
好機だ。
銃声が響く。
思っていたよりも大きくて耳が痛い、腕が痺れる。
『トゲ』からは血が流れていた。
壁から剥がれて、地面に落ちると正体がわかった。
「ハリネズミ…?」
思考は感じ取られない。
倒した、殺したんだ。
私が。
「……気持ち悪い。」
よく分からないけれど、なんだか嫌な感じがする。
吐き気がする、頭痛がする、目眩がする。
なにこれ…なんで。
ハリネズミは、静かに横たわっている。
危害を加えるどころか、気づいてさえいなかったのに。
私が殺したんだ。
こんな酷い気分になるなんて知らなかった。
シンもユリもこんな気分になっていなかったのに、なんで私だけ。
「……ハジメ、倒したからもう出てきても大丈夫よ。」
「えぇ…怖い。」
「今のうちに行かないと。大きな音がしたし、他のがよってきちゃうかも。」
嫌がるハジメを説得して、出口へと向かう。
『ネクスト』は殲滅出来ていないだろうけど、今はとにかく気分が悪かった。
早く外に出たい、日の光を浴びて、綺麗な空気を吸いたい。
早く、私を清めたい。
「なんで人の目は暗い所で役に立たねぇんだよ、おかしいだろ。」
「…………ん。」
「イヴ?どうした、気分でも悪いか?」
「……だい、じょう…ぶ、よ。」
「どこがだよ。ほら、肩貸してやるから。」
ハジメに支えられて、なんとか洞窟の外へ出た。
まだ日は落ちていなくて、外には私の望んだものがあった。
「採掘現場で、その上死体が大量にあったらそりゃ気分も悪くなるよな。ちょっと休んどけ。」
「………うん。」
ハジメが心配そうに私の顔を覗き込んだり、辺りを行ったり来たりしている。
安心させたかったけど、今は能力も使いたくなかった。
私はそのままゴツゴツした岩場で眠ることにした。
身体中が痛くなってもどうでもよかった。
私が眠ってから暫くして、シンとユリも出てきたらしい。
2人とも私の様子にとても驚いていたらしい。
続きます