遠征・前編
鉱山。
街から数km離れた山では、鉄鉱石が採れる。
街を囲む岩山からは何も採れず、尚且つ街を守護する役割の岩山をわざわざ掘り返すような真似も出来ない。
街から離れれば当然『ネクスト』に遭遇する危険性は跳ね上がる。
だが鉄は街に必要だ。
それに極希に見つかる希少鉱石は、高値で取引される。
何をどれだけとろうと、下級市民の報酬は変わらないが、希少鉱石は黒服になれない中級市民が成り上がる唯一の希望でもある。
「中級市民の夢の溢れる素敵な場所っつーわけだ。」
「とてもそうは思えないなぁ、凄く不気味。」
「そりゃそーだよシン、人いっぱい死んでるし。」
「そうじゃなくてさ…何か得体の知れないものがいる様な気がする、みたいなさ。」
「幽霊…?私帰る!帰るわ!」
「お前ら……緊張感って言葉知ってるよな?」
「バカにしないでよー、知ってる!」
「当たり前だよ。ねっリコリス?」
「かーえーるー!」
「はぁ……大丈夫か?今回。」
5人は、本部からの要請に応じ、鉱山に来ていた。
鉱山で人が死んでいる、死体は凄惨を極めるものだ。
自体を重くみた本部は、『ネクスト』に原因究明と、解決を求めた。
「ここが入口だな、俺暗い所とか狭い所とか苦手なんだよなー…特に洞窟とか。」
「まったまたぁ、よく遺跡とかに楽しそーうに入っていくじゃん!」
「アレは異常な興奮状態なんだよ…。」
「それはそれで問題だと思うよ。……ん?リコリス、どうかした?」
軽口を叩きながらも入口を見つけた。
ハジメがここまで来て駄々をこね始めたが、気にせずに向かおうとした。
リコリスが僕の手を引っ張っている、いつもより強く握って。
「っ……。」
「シン?あなたまでどうしたの?」
「………可愛い。」
「…………だと思ったわ。」
僕の手を握るリコリスに見とれていた。
ため息をついて、イヴがリコリスの言葉を紡いでいく。
「……何かがいる、小さい何かがたくさん。って言ってるわね。気をつけろってさ。」
「小さいぃ?虫じゃねえだろうな、虫は面倒なんだよ。」
「そこまでは分からないけど。」
「虫だろうと何だろうと、リコリスは僕が守るよ、安心して。」
「俺も安心したい。」
「私も。」
「えっ?あっ、あたしも!」
非戦闘員であるハジメとイヴはともかくユリはおかしい。
僕にリコリス以外を守る気は無い。
自分の身は自分で、だ。
「早く行こうよ、日が暮れるよ。」
「ちょっと待ってくれ、まだ覚悟が。やっ、やめろ!暗い!怖い!」
嫌がるハジメを無理矢理引きずり、鉱山の内部へと入っていく。
もう少し奥には、採れた鉄鉱石を運ぶトロッコがあるらしい、仕事などでなければリコリスと遊びたいところなのだが。
「く、暗いぃ、狭いぃ、ジメジメするぅ…怖ぇよぉ。おい、誰か手ぇつないでくれ。」
「なっさけないなー、最年長!」
「うるせぇ!怖いものは怖いんだ!」
ハジメは今にも泣き出しそうになっている、ホント情けないよ。
イヴに手を引かれ、ゆっくりと歩き出す。
本当に日が暮れてしまいそうだ。
「……!シン、変なニオイする!」
「失礼な奴だな、ユリは。」
「シンの事じゃなーい!あたしそこまで無神経じゃない!」
…言われてみると、確かに。
少し、鉄錆臭い。
鉄鉱石の採れる場所だから、ではないのだろう。
コレは、血の匂いだ。恐らく人の。
「ん…何か壁カピカピしてる。ねぇシン、たいまつかざしてよ。」
松明は僕が持っている。
僕が先導するつもりだったのだが、ユリが先へ先へと行ってしまうのだ。
「暗い所でも見えるって言ってなかった?」
「色は良くわかんないの。」
ユリは暗い所だろうとも見えるらしい。
何かの動物の特徴なのだろう。
羨ましいな、それがあれば夜中でもリコリスの寝顔を見ることが出来る。
「シン気持ち悪っ。」
イヴに聞かれていたらしい、それにしても酷いではないか。
明らかに心からの発言だった。
とても苦楽を共にした仲間の発言とは思えない。
「シーン!早く早くぅ!」
「ハイハイ、分かったよ。」
ユリの指さす壁に、松明の火をかざす。
岩肌とは思えない赤黒い色。
「血?」
「みたいだね、どれぐらいの時間が経っているのかな。」
上、横、下関係なく血で染まっている。
流石に気分が悪い。
ん?……穴が空いているようだ。
何か、先細りの物が突き刺さったような、そんな穴だ。
ユリに意見を仰ごうと横を見ると、既にいなくなっていた。先へ行ったのか。
「へぶぅ!」
奥から妙な叫び声が聞こえた、ユリの声だ…!
1人で行くからこうなるのだ!
「イヴ!リコリスお願い!」
「えっ!?ちょっと!」
洞窟の奥へと走る、途中何度も転びそうになった。
採掘現場ならもう少し整備したらどうだ!
「ユリ!どうした!」
「転んだぁ……いったぁい。」
どうやらユリは転んだだけらしい、人騒がせな。
………ズルッ!
「うわっ!?」
僕も転んだ。
何やら地面が濡れている、そのせいだ。
決して僕がドジな訳ではない。
「これ、血?」
「まだ新しいな、敵が近くにいる。」
立ち上がり奥を照らすが、何も見えない。
洞窟の奥へと意識を配りすぎた。
だからだろう。
ぶにゃ
何かを踏んでしまったのは。
「ち、ちょっと!シン、おじさん踏んでる!」
踏みつけてしまったのは鉱山の労働者らしい。
既に死んでいるようだ。
踏んだ感触から、この男がかなり痩せているのが伺える。
肉の感触が無く、骨が軋む。
骨と皮だけで、骨も脆くなっている。
下級市民だ。
「あ、ごめんなさい。えっと、おじさん?」
一応謝っておこう、死者を冒涜することはいけないことだ。
だが、敵を知る為にもこの男を調べる必要がある。
「ちょっと、シン。何してるの…?」
「調べもの。」
おじさんの死体は酷い有様だ。
手が千切れ、腹や太腿に大きな穴が空いている。零れ落ちた臓物は松明の明かりにらてらてらと反射し気味が悪い。
「うわぁ…どうなったらこうなんの?これ。
穴だらけだよ。」
細い穴も無数に空いている、死体を少し浮かせたからか、中から大量の蛆が逃げ出していく。
もうこんなに湧いているのか。
「うぇえ…何かゾッとするよー。」
この蛆がやった、という訳ではないのか?
こちらに何もせずに逃げ出したところをみると、『ネクスト』ではない気がする。
寝込みを襲ったり、傷口から潜り込むような奴らかもしれないが。
「あっ、ねぇシン!奥に何かいる!」
洞窟の奥深く、松明の明かりの届かない位置でジッとこちらの様子を伺っている。
無数の紅い輝きは、それらがこの凄惨な事件を起こしたモノという証拠だった。
「…『ネクスト』だね、小動物の群れ、かな。」
「いっぱいいるぅ…しかも全部『ネクスト』じゃん!コレはきっついよ。」
普通、群れに『ネクスト』は能力持ちが1体。
能力持ちはボスを務める。
能力にまだ目覚めていない、或いは目覚めることができない『ネクスト』が5体前後。
数は群れの規模にもよるが、幹部を務めることが多い。
それ以上に『ネクスト』が増えると、群れは内部分裂を起こす。
つまりこの数の『ネクスト』が群れとして成り立っているという事は、ボスが『洗脳系』の能力か、『ネクスト』として生まれることが当たり前になっているか、こんなところか?
『洗脳系』も面倒だが、後者の場合はかなりマズい、能力持ちが増えるなんて考えたくもない。
人も同じくらいに増えるのならまだいいが、街で『ネクスト』なんて生まれようものなら即刻死罪、赤子だろうと容赦は無い。
人の滅びが見えてきたかな?
「コイツらぜーんぶ能力持ちってことないよね?」
「さぁ?だったらユリは楽しむのだろう?」
「まぁね!」
ユリが群れに向かって走る、策などない。
予想外の動きに敵は対応する事ができるのか?
暫く見物させて貰おう。
「おっらぁあぁああ!」
ユリが地面を殴りつける、壁や天井にへばりついていたモノが地に落ちる。
コウモリなどではないのか?
「ユリ!武器は!?」
「っ!忘れてたぁ!」
腰のホルダーから『武器』を取り出し、右手に装着した、よく見るとかなりエグい形だ。
3本のナイフには、それぞれ違った形の返しがついていて、引き抜く時にかなり力がいる。
ユリなら問題は無いだろうが、刺された方は肉がズタズタに引き裂かれることだろう。
ハジメ曰く、毒を流し込む事も可能らしいが…
「ねぇユリ、毒は完成した?」
「なんかピリピリするくらいなら!」
毒を流し込む機能はまだ役には立たなさそうだ。
「そいや!」
肉の裂ける音と、骨の砕ける音。
小さな相手を貫いて、硬い岩にナイフが弾かれる音。
敵はかなり小さい、あの大きさのモノが刺されば一溜りも無いだろう。
特に能力を使った様子は無かった。
使う暇も無かったのか、能力持ちでは無かったのか。
暫くの間、『ネクスト』たちは何の反応も見せなかった。理解が出来ていないのか?
いや、少し震えているような。
「ユリ!一旦戻って!」
「えー、りょーかい。」
不服そうにユリが僕の横へ戻る。
松明の光に照らされたナイフは、銀色の輝きを滴り落ちる血で飾りつけていた。
何故ユリを下がらせたのか、自分でもハッキリとした理由は無い。
ただの勘、それと一つの相談。
あの『ネクスト』は見境無く攻撃してくるのではないのではないか、と。
……ピィ。キィキー!プー!
鳴き声が聞こえる、悲しんでいるような、怒っているような、そんな声が。
ハリネズミか、僅かに見える形から僕はそう判断した。
…ピィイィイィイイイィ!
僕の前に踊り出たハリネズミが大声を上げる。
瞳の紅い輝きが増し、無数の針が伸びた。
「ちっ!加速!」
能力を発動し、自らの時間を加速させる。
ゆっくりと迫り来る無数の針。
刀を抜き、全て切り落とす…つもりだった。
ガッ
刀は勢いよく岩に突き刺さる。
この狭い洞窟の中で振り回すことは出来ない、もっとひらけた所で使え。そう言われた気がする。
能力が解除される、ユリを庇って身構える。
ッズガガガガガガガガガッ!
洞窟を塞ぐように突き刺さる針、だがその針はすぐに元の長さへと戻った。
ハリネズミは誇らしげにこちらを見ている。
見上げられている筈が、見下げられているような気さえする。
僕はハリネズミへの苛立ちと共に、背に激痛を感じていた。
「シン!だ、大丈夫…だよね?そうだよね!?」
「うるさい、揺さぶらないで。はやくあいつら倒して来て。」
涙目で僕を心配するユリを冷たく突き放す。
別に何も考えずに庇った訳ではない、ユリが傷つくのは嫌だったとかそういうのでもない。
僕よりもユリの方が勝率が高いと思ったから。
それだけ。
「よく聞いて、今から今から君を加速させる。
長くは持たないから一瞬で決めて。
加速したらまず、あいつらのいる所の天井を崩す、全力でやれば、きっとできる。
そしたら僕を抱えて出口に向かって走って、能力が解除されるまででいいから。」
「えっと、わかった。崩せばいいんだね!」
能力を発動し、ユリは洞窟を崩す。
轟音と共にハリネズミのいた場所が瓦礫の山と化す。
「うわっ、やっばい!」
落石はハリネズミだけを狙ってはくれない。
僕らも標的になる。
ユリは僕を抱えて出口へと走る。
途中で能力が解除されたが、走る気力も無かったので、そのまま甘える事にした。
「ここまで来れば大丈夫…かな?」
洞窟は殆ど埋まってしまい、僕らは光の届く所にまで戻って来ていた。
「っていうかシン!能力切れるまでって言ってたじゃん!」
「疲れてたの。じゃあ何?僕が生き埋めになった方がよかったの?」
「そんなことない!」
「なら文句言わないでよ。まぁ、ありがとね。」
それよりも気になる事がある、リコリスは何処だ。
イヴに預けたのはどの辺だったか、走っている間は見かけなかった、埋まってはいないだろう。
外に出たのか?
「あれ?そういやイヴは?」
「とりあえず外に出よう、待ってるのかも。」
「そうだねー。あ、ねぇシン!」
「いきなり叫ばないでよ、何?」
「洞窟埋まっちゃったけどさ、本部に怒られない?採掘が出来ないから何とかして、って依頼だったよね、これじゃもう無理だよ。」
「あー……まぁ、うん。」
人が死んだから敵をとってくれ、なんて話ではない、確かにこれではもう採掘は出来ないだろう。
「また掘れば、って言っておこう。」
「……さっすがシン、適当。」
ユリには呆れられてしまったようだが、僕らがこの洞窟を整備するような義理もない。
『ネクスト』を倒しただけでも感謝してもらいたい。
続きます。