鉱山
殆どモブ
鉱山は俺の仕事場だ。
下級市民で力以外に取り柄の無い俺はこの仕事以外に出来るものもない。
俺はこの仕事に誇りを持っている、だって俺が働かなきゃ中級や上級のヤロウどもがふんぞり返ってられないから。
俺がアイツらを生かしてやってるんだ。
鉱山で働く人々、いや殆どの下級市民は自分達がいるから街が機能できる、だから実は自分達が一番偉い。そう考えている。
初めのうちは思い込むことによって心の平静を保っていたが、そのうち本当にそうだと思う者が増え、最近では暴動も少なくない。
「おーい、ノッポさん。休憩ですぜ。」
下級市民は名前を持つ事は許されない。
故に身体的特徴や住む場所、仕事などで呼ばれる。
「おう、分かった。」
休憩。
鉱山の仕事には一応の休憩が用意されている。
休憩時間は5分。
昼食をとることも許可されているが、その時間で食べようと言う奴はいない。
第一昼食を食べられる奴など下級市民にはいない。
「おい、貴様ら!休憩はもう終わりだ。さっさと仕事に戻れ!」
「なんでぇ、5分じゃねぇのかよ。」
「そうだそうだ、昨日のあんちゃんはもっと休ませてくれたぜ!」
「黙れ、下級市民如きが!俺が終わりだと言ったら終わりだ!」
たった5分の休みも、その日の担当者の機嫌次第で変わってしまう。
担当者は中級市民だ。
「けっ、黒服にもなれねぇ落ちこぼれが。」
「ノッポさん、アイツきっと俺らに八つ当たりしてるんでさぁ。全くこれだから中級市民は。」
「何か言ったか!」
「いえなにも?」
「なぁんにも言ってませんぜ。」
「ちっ、ゴミが。なんで俺がこんな…」
大抵の場合下級市民の仕事の監視を行う中級市民は、黒服になれなかった者や、街の中での仕事が出来ない落ちこぼれの仕事である。
そのため下級市民に図星を突かれ、乱闘騒ぎになることも多々ある。
「ん…、おいノッポさんこれなんだぁ?」
「草かなんかか?いや硬いな、それに光ってやがる。加工した後の鉄みてぇだ。」
「そこ!何を怠けている!」
「おぉ、カルミアのあんちゃんこれ見ろ。」
「誰が俺の名を呼んでいいと言った!?……何だこれは。」
岩壁の穴から、銀色の『トゲ』が出っ張っている。
『トゲ』は微かに震え、鉱物らしくなさを示している。
3人は暫し時間を忘れ、その美しい光沢に目を奪われていた。
「………はっ!な、何をこんなものに!とっとと仕事に戻れ!」
「へぇへえ。」
「はぁ…全く。しかしこれは、新種の宝石だろうか?少し動いているような気もするが…宝石だとしたら、俺は。」
この担当者は、この仕事に不満を持っている。
大金持ちになれる?
こんなクソみたいな仕事を辞められる?
ずっと一獲千金を夢見ていた。
この時が来るのを待っていた!
遂に、俺を馬鹿にした奴らを見下せる!
そっと、『トゲ』に触れる。
刺さらないように、慎重に慎重を重ねゆっくりと『トゲ』を引っ張る。
手に振動が伝わる、これは……きっと奥の採掘している方から伝わっているんだ。そうに違いない。
かなり頑丈にくっついている。
当然か、あくまでも石なのだから。そう、石だ。石の筈だ。
丁度、岩盤を砕くための工具はある。
やはり俺は選ばれた存在だ、金持ちになる運命なのだ!
ガン!ガン!ガン!
……………周りの岩を砕く、『トゲ』に傷がつかないように、慎重に。
ガン!ガン!ガン!
…………もういいだろうか?周りの岩は砕いた。
もう一度『トゲ』を引っ張る。
……………………ポンッ!
間の抜けた音が響いて、『トゲ』は完全に引きずり出された。
意外と小さいな、俺の手の平に収まる程だ。
こんなものでは大金持ちにはなれない。
もっと大量に、もっと大きな物を。
他の『トゲ』を探そうと、辺りを見回す。
手の平に、妙な感触がある。
暖かいものがのっている、柔らかい毛も感じられる。
それが、微かに動いた。
おかしい、俺は鉱石を手に入れた筈だ。
何だ、これは。
本能が叫ぶ、コレに触れてはいけない。コレに関わってはいけない。コレは……。
「ひっ……。」
短く息を吸い、微かな声が漏れる。
手から力が抜け、『トゲ』が落ちる。
………ポトン
また、間の抜けた音が響く。
……ピィ!ピィ!ピィイイィイィイイ!
耳をつんざく、金切り声のような音。
「何だよ、何なんだよ!これ!」
………ピィ、ピィイィィイ……
それは次第に小さく、弱々しくなる。
いや違う、怒っている。力を貯めている。
ピィイイィイィイイ!
『トゲ』の下から、紅い輝きを放つ瞳が姿を現す。
『トゲ』が伸び、岩盤に深く突き刺さる。
もちろん、人にも。
「がっ、あ、ぁ?」
訳も分からず、呻き声を漏らす。
右足の膝から下は千切れてしまった。
左肩は、もう上がらない。感覚も無い。
腹には一際太い『トゲ』が刺さっている。
……しゅるん!
可愛らしい音と共に、『トゲ』は姿を消す。
元のサイズに戻ったのだ。
崩れ落ちる体、外を渇望するように零れでるはらわた、朦朧とする意識。
「う、ぁ゛…。」
生命の光を失った目に映ったのは、気味の悪い化物でも残忍な怪物でも無かった。
……ピィ!
銀色の『トゲ』をもつ、小さな可愛らしいハリネズミだった。
「おーい、あんちゃんどうしたんだよ。」
「ママが恋しいってかぁ?」
「の、ノッポさん!これ!」
「あぁ?何だって、……うわぁぁぁ!?」
「死んでる…?し、死体ですぜ!ノッポさん!」
「ひ、ひぃ!」
「あっ!ノッポさん!」
ノッポさん、と呼ばれる男は担当者だったものから反対方向へ走る。
正しい反応だ、危険そうな場所からは逃げるべきだ。
だが、足元は確認した方がいい。
ぐにゃ
「うわぁ!」
柔らかいモノを踏みつけ、転ぶ。
顔をぶつけて鼻血が出た、肘も擦りむいてしまった。
だが男よりも、痛い思いをしたモノがいた。
……キィイイィイィイイ!
とても怒っているようだ。
紅い輝きには確かな怒りが感じられる。
『トゲ』が男を突き刺した。
「………。」
この男は心臓を綺麗に貫かれたようだ。
ある意味幸運と呼べるのかもしれない。
……キィィィイ……
当のハリネズミはまだ気が済まないようだが。
「の、ノッポさん。そんな……。」
もう一人の男が、そろそろと姿を現す。
目には恐怖が浮かんでいる。
正確な認識は無くとも、危険を理解した。
そしてもう一つ、街の者ならたとえ下級市民だろうとも知っている。
紅い瞳の化物を、『ネクスト』を。
「は、ハーイ。小さな動物くん、元気だね?」
だがこの男はその恐怖を無視して、震える声でハリネズミに声を掛ける。
明らかに異常な行動だ、人の死体の前で。
だがこの行動は意外な効果を示した。
「チッチッ、お、おいで?」
しゃがみ込んで手を差し出す。
ハリネズミは興味を示した。
ふんふん、ふんふん
ヒクヒクと鼻を動かして、指の先を臭う。
エサだとでも思ったのか、或いはただの興味本位だったのか。
ハリネズミは指に齧り付いた。
「いっでぇ!」
男は思わず手を振り、ハリネズミを岩盤に叩きつけてしまった。
…キィィィイ!
「ひっ、あ、ごめんよ。その、そんなつもりは。」
必死に猫撫で声で取り繕う。
……ピィ?
……キィ!キイキィ!キィィィイ!
…ピィ?ピィイイィイィイイ!
後ろからやってきたハリネズミと、会話をするように鳴き声をあげだした。
「あ、あぁあ!」
男は、自分の未来を思い描き逃げ出した。
だが、少し遅かった。
…ピィイイィイィイイ!
…キィィィイ!
男は、二匹のハリネズミの『トゲ』によって、事切れた。
その死体は、あまりの『トゲ』の多さにズタズタとなり、原型を残さなかった。
「えー、担当者が一名、労働者が二名。三名とも死体はグチャグチャで、特に労働者の1人が酷かったんだってよ。んで、最近そんな事件が頻発してるから何とかしろ、ってのが本部から。」
「やっぱり『ネクスト』なのかな?」
「さぁーな。まぁ九割九分そうだろ。」
「……残り一分は?」
「めんどくせぇ事気にすんのな、サクラは。」
ハジメは呆れたようにため息をついた。
それにしても、事件があったら直ぐに調査するものではないのか?
「対応遅いよね、何人死んだの?」
「連絡が回りにくいからな、本部にとっちゃ下級中級の連中なんぞどうでもいい、ってものあるが。今まで死者は18名、行方不明者3名、怪我人が2名。だがその怪我人もロクな治療を受けられずに傷が化膿して死んだってよ。」
「なら23人死んだの?」
「行方不明者を勝手に殺すなよ、……死んでるんだろうけどさ。一応、な。」
外は相変わらずの大雨だ、雨が止み次第遠征だと言う。
犠牲者には悪いがもう少し降り続いて欲しい。
リコリスとの時間が欲しい。
「おっ?雨弱くなってきたぜ、明日には出られるかもな。」
……よっぽど僕とリコリスの邪魔をしたいらしい。
仕方がない、邪魔者への憐憫などカケラも必要ない。
全て切る。