武器完成
「…498、499、500。腹筋500回達成!どうよシン。」
「よくやるね、賞賛に値するよ。」
「私は努力の人だからね。さっきからずーっと座ってるだけのシンとは違うのー。シンも少しは鍛えなよ、お腹タプタプになっちゃうよ?」
「僕は能力を磨いているのだよ。筋肉を鍛えるしか脳のないユリとは違うのー。ユリも少しは能力の方を鍛えなよ。約立たずになっちゃうよ?」
そう、先程から僕はずっと本の時間を操っている。
ハジメが見つけてきた旧世界の遺物であるこの本は、劣化が酷くとても読めたものではない。
読める状態まで戻せ、と言われている。
その前に少し遊ぼうと、時間を進めて本が崩れて紙屑になってしまったことは、ハジメには秘密だ。
今は大分読める状態になったと思うが、まだ文字が擦り切れているところがある。
ユリにしてみたら、ずっと座っているだけに見えるのだろうな。
「2人ともその辺にしてよ、また暴れる気なの。私はもうイヤよ、外でやって頂戴。」
イヴには疎ましく思われていたようだ、無理もない。
今日の天気は大雨、ここ数日曇天が続いていたが、とうとう降り出した。
ジメジメとして空気は重く、雨の音で眠れやしない。
イヴは特に雨が嫌いなのだ。
今日はかなり機嫌が悪い、ハジメが部屋に篭もりっきりなのも関係しているのだろう。
先程から発言にトゲが多い。
「はいはい、ごめんなさーい。」
本の修復が終わった、リコリスと戯れるとしよう。
もっとも、イヴの機嫌が悪い以上、会話は諦めた方が良いのだろうが。
「リーコリスー、今日も可愛いねぇ。」
リコリスは安楽椅子に座って、ウトウトとしていた。
僕が近づいたことに気がついて、ゆっくりとこちらを見据える、鮮血のごとき紅い瞳。
何か用、そう聞かれた気がした。
「お手伝いが終わったからね、君と遊ぼうと思っていたのだけど。
眠っているといいよ、君の寝顔を見られる事以上の幸福はないからね。」
リコリスの頭を撫でて、眠りを誘う。
予想以上に簡単に誘いに乗って、トロンとした可愛い瞳は、再び瞼の奥に隠されてしまった。
「あなたの愛の言葉はリコリスには届いていないわよ、残念な事にね。」
「今日は少し不機嫌が過ぎるね?届いていなくとも僕は構わないのだよ、至福の時を邪魔しないで貰えるかな。」
「…………ふんっ!」
本当に不機嫌だな。
1年に1度あるかないか、ってくらいだよ。
「ユリ、イヴに構ってあげたら。
……うわ、うるさい、頭の中で轟音が。ちょっとイヴ、八つ当たりやめてよ。」
ふいっ、とそっぽを向くイヴ。
もう何も言わない方が良いのだろうな。
「お前らー、武器完成したぞー、早速遠征だー。」
これでもか、と言うほど抑揚のない声。
ハジメが何やら重たそうなモノを抱えている。
「こんな雨の日に遠征なんてヤダ。延期しよ、延期!延期!」
ユリが覚えたての言葉を使いたがる子どもみたいに延期を求める。
僕も賛成だ、雨の日にリコリスを外に出すなど許されざる行いである。
「私もイヤよ。」
「あ、僕もやだ。」
イヴに先を越されてしまったが、僕もしっかりと不満を伝える。
自分の意見を伝えることは大切だ。
「お前らなぁ、人が死んでんだぞ。もうちょい正義感ってものを見せてくれよ。
まぁいいや、それより武器見てくれよ、いい出来なんだぜ。」
ハジメにも正義感とやらは存在していないように思えるのだが。
僕は正直に言うと、人がどれだけ死のうと構わない。
他の3人はどうか知らないが、まぁ本気で悲しむ者はいないだろう。
「じゃっじゃーん!ハジメ様特製のぉ……武器!」
じゃっじゃーんとか言う割に武器の名前は無いらしい。
ハジメらしい情熱の無さだ、好感すら覚える。
「何コレ、どうやって使うの?」
机にばら撒かれた武器たち。
ユリはつまみ上げてまじまじと見ている。
確かに、用途の想像出来ない形をしている。
だがそのうちの1つに、見覚えのある形を見つける。
ナイフを3つ繋げたような形だ、指を通せそうな位の穴もある。
「これってナイフ…みたいに見えるけど、少し違う?」
「よく気がついたなサクラァ!だがこれはお前のものでは無い!!!」
「あっそう。」
徹夜明けだからだろうか、ハジメが異常に興奮している。かなり面倒臭い。
「ユリ!お前のものだ!!」
「あっホント?やったー。どうやって使うの?」
「まぁナイフなんだけどな、柄の部分が無く、代わりにリングか付いているだろ?ここに指をはめる、んで引っ掻く。爪よりもいい切れ味だろうし、折れてもダメージ無し。革新的ぃ。」
「なるほどー。すごーい、ハジメー。」
急に落ち着いたよ、何なんだろうねあの人。
それにしてもユリ、棒読み過ぎやしないか。
もう少し感情を込めてあげてよ、ハジメが可哀想になってくるよ。
「だろ?流石俺!天才!」
そうでもなかったかな。
「眉目秀麗、頭脳明晰、このハジメ様にかかればこんなものよ!」
「あ、後な、ナイフに溝があるからそっから毒流せるぜ。生成頑張れよ。」
「わー、えぐーい。」
ホントにコロコロ変わるな、大丈夫かなこの人。
「次、イヴ!」
「はい!」
「イイ返事だ!お前にはこれを授ける。」
「はい!…ハジメ、これは?」
「一言で言うと銃だな。」
「なにそれ。」
「火薬使って弾を飛ばす。旧世界ではメジャーな武器だったらしいぜ。研究員のファイ君が火薬の研究してたんでな、協力してもらった。」
火薬の研究と言えば、いつも失敗している人がいたな、ファイナライズ、だったかな?
確か前に本部に行った時に、誰かのレポート盗ってきていたな、ハジメにとっての協力とは何なのだろう。
「難しそうね、えーっと…ここを押すの?」
「引くって言ってくれ、危ないから人に向けて撃つなよ?」
「分かってるわよそれくらい。」
不機嫌な時だったら撃ってきそうだ、機嫌が悪くなったら隠すことにしようか。
「最後、リコリス!……?リコリスー?
イヴ、呼んで。あと通訳お願い。」
「待ってよハジメ、僕のは無いの?」
「無いぜ?」
(…ハジメ、なぁに?)
「おぅ!リコリス起きたか、お前の武器だ。」
「無いの?」
(…ありがと、どう使うの?)
「リコリスの武器は護身用だな。お前の能力なら近づかれることもないだろ?だがもし近づかれた時に使うものだ。いいか?ここを引くとな、棘つき毒つきの網が発射される。敵が絡まってる間に逃げるんだぞ。」
「ねぇ、無いの?」
(…分かった。)
「後な、急に抱きしめてくるような変態にも使え、遠慮はいらん。」
「……それ僕の事だよね。リコリスに変なコト教えないでよ。」
無視した挙句変態呼ばわり。
なんて酷いのだろう、とてもいい歳した大人のすることとは思えない。
「変態の自覚があったのか?あとお前の武器は無いぜ、刀持ってるだろ?この変態。」
「まぁ持ってるけどさ、仲間ハズレって気がして寂しい。」
「我慢しろ、ガキみてぇなこと言うな変態。」
「……変態変態言わないでよ!僕はそんな事言われるようなことしていない!」
「純愛だもんな、変態。」
何だかだんだんと変態の意味が分からなくなってきた。その上自分でも変態なのではないか?という疑惑が芽生えてくる。
いや、僕は変態などではない、断じて違う。
「さて、雨も止んだところで遠征行くぜ!ほらさっさと用意しろ、変態。」
「違うったら、変態が語尾みたいだよ。」
「……そうだな、変態変態言って悪かった、ごめんな、変態。」
僕の名前って変態だったかな。
僕にはまだ土砂降りに見えるのだけれど、ハジメには一体何が見えているのだろうか。
僕を追い出そうとしているのかな?
それとも徹夜明けで本当におかしくなってしまったのか。
今日はもう雨は止まないだろう、遠征は明日だな。
今のハジメの発言も聞いていたのだとしたら、リコリスには弁明が必要かもしれない。