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魔王様捜してます  作者: とまと屋
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第六話

 テオドラは腰に下げていた皮袋から竪琴を取り出した。カーテンの隙間から射し込む月明かりを受けて微かに光るそれは、楽器に詳しくないアンナが見ても上質な竪琴だとわかる輝きを持っていた。テオドラは弦を弾いて音を確認する。驚いたのはアンナだ。

「あ、あの……いくらここが村の外れとはいえ、音を立てるのは問題なのでは」

「ああ、そこは大丈夫よ。テオドラ、外に音を漏らさないように」

「承知してます、お嬢様。頑張りますから、ご褒美にお嬢様の熱いベーゼを────」


 ゴスッ!


「……集中しますので会話はお任せしますね」

 頭にコブを作ったテオドラは音を確かめると、おもむろに竪琴を奏で始めた。普段の姿からは想像できない、しっとりとした優しい音色が狭いアンナの家に響き渡る。明らかに家の外に聞こえる音量であったが、カタリナの指示通り外に音は漏れていなかった。

「実はテオドラは魔界でも有名な吟遊詩人でね。壁に反射する音で外に漏れるはずの音を打ち消す演奏をしてるのよ」

「そ、それ、凄すぎませんか?」

「凄いわよ。まあ……問題がないわけじゃないんだけど」

 マルレーネが嘆息した時、すうっと室内の温度が下がった。

 カタカタと音がし、アンナが音の方向に視線を向けると、テーブルが小さく揺れて乗っているカップが小刻みに揺れていた。その揺れは次第に大きさを増し、やがて室内のあらゆる物がガタガタと暴れはじめる。

「な、なにが起きてるんですか!?」

「あー……そろそろかしらねえ」

 アンナの戸惑いにカタリナが答えた時、


 ウウゥオオオォォォンンン────


 地の底から響くような冷え切った怨嗟の声がどこからともなく響いた。ポッ、ポッとテオドラの周囲に鬼火が灯り、半透明な何かがテオドラの背後の暗闇から一斉に室内に溢れ出た。

 それは……大量の霊たち。半透明なそれは怨嗟の声をあげながらデタラメに室内を飛び回り、それに合せて家具の揺れも大きくなっていく。所謂、騒霊現象(ポルター・ガイスト)が発生していた。

「見ての通り、もの凄い霊媒体質でね。浮遊霊だろうが地縛霊だろうが引き寄せて背負っちゃうのよ。お陰でどんな見事な演奏をしても騒霊現象(ポルター・ガイスト)で台無しよ」

 マルレーネが肩をすくめる間にも家具は倒れ、霊たちは狂ったように飛び回っている。そんな霊に見知った顔を見つけてアンナは驚いた。

「村長……さん」

「へえ、村長。ちょうどいいわね。……村長!」

 呆然としたアンナの呟きをマルレーネは聞き逃さなかった。呼ぶように声をかけると、目の前に一体の霊が舞い降りた。マルレーネやカタリナは知らないが、アンナに薬を盛ったと神官に告げた男である。呼ばれた村長はいきなり怨嗟の声をあげた。

『国のやつらめえぇぇぇっ! わが村を見捨ておってぇっ! 度重なる陳情をことごとく無視しおって! 先の戦争からわが村がどれだけ苦しんできたのか、わからせてやるぅっ!!』

 ゴッ!

 鎚矛(メイス)に少しの魔力を流してマルレーネは村長の霊を殴った。魔法による魔力付与(エンチャント)ではなかったが、わずかでも魔力を纏っていれば霊にもダメージがいく。陽炎のように揺らめいた村長の霊は消滅の危機に怯えて沈黙した。

「うるさい。殴るよ」

 もう殴ってる! というツッコミをする勇気は霊たちには無かった。

「こっちの質問にだけ答えなさい。……返事」

『し、承知しました!』

 直立不動で村長の霊は答える。不興を買えば消されるかもしれないのだ、当然かもしれない。気がつけば他の霊たちも沈黙し、室内にはテオドラだけの演奏が穏やかに流れていた。

「アンナの両親に関する情報を、知っていること全部話しなさい」

 アンナが思わず身を乗り出す。自分が生まれた時には他界していた両親、聞こえてくるのは村に災いを呼んだという悪い話ばかり。そんな両親について聞かされることのなかったエピソードが聞けるかもしれないという期待感が隠せずにいた。

『アンナの父親が村に来たのは、そう、十二年ほど前になりますか……』

 村長の霊は語る。

 十二年前、その男はふらりとハスラ村に現れた。服はボロボロで髪も髭も伸び放題。自分が何者か覚えておらず、ただ、どこか薄暗い場所でずっと眠っていたようだと話した。

 ハスラ村は北の港町と南の都市とを結ぶ街道近くにあり、かつては商人と旅人がひっきりなしに訪れてそれなりに豊かな生活をしていた。しかし二百年前、魔王のアルシーク侵攻の際に北の港町が壊滅、地形そのものが変わってしまったため大型の船舶が寄港できなくなり、そのまま再開発は断念された。結果、人と物流が途絶え、ハスラ村は衰退の一途を辿ることになる。

 寂れゆく村に現れた、くたびれた男を村人たちは受け入れた。共感するものがあったのかもしれない。身なりを整えるとそれなりに見られる姿になった男は、世話になった恩を返すと言って村で働くようになった。

 男は働き者で、しかも村一番の力持ちだった。農地に居座る大岩を容易く掘り返して移動させ、木こりの倍の速度で大木を切り倒す。害獣が出れば率先して退治に出かけ、必ず仕留めた。彼の力で停滞していた開墾が一気に進み、村の生活も安定するようになった。誰もが男に感謝した。

 一年後後、男は一人の女生と結婚した。それがアンナの母親である。

 二人の幸せな生活が始まってしばらくして事件は起きた。小鬼(ゴブリン)の襲撃である。

 どこからか流れてきた小鬼(ゴブリン)の群れがハスラ村に襲いかかってきたのだ。無論、男達は村を守るべく武器を手に応戦したが、訓練を受けたわけではない村人では相手にならなかった。このままでは村が滅ぶ、誰もがそう思った時、戦況は一変した。男が魔族として目覚めたのだ。

 戦いの中、小鬼(ゴブリン)のまとうわずかな瘴気が呼び水となり、男は記憶も、力も取り戻した。そして一人で小鬼(ゴブリン)の群れを蹂躙した。

 男にとって不運だったのは、魔王崇拝者の情報を求めて旅をしていた異端審問官のパーティがたまたま近くまで来ており、小鬼(ゴブリン)の襲撃を知ってハスラ村に駆けつけたことだった。

 魔王崇拝者どころか魔族を発見した異端審問官は男の討伐に動いた。

 村人は男が村の恩人だと理解していたが、異端審問官を前に魔族をかばうことはできなかった。

 小鬼(ゴブリン)との戦闘で力を使い果たしたのか、それとも抵抗すれば世話になった村に迷惑がかかると考えたのか────男は大した抵抗もせずに討ち取られる。

 魔族ではあるが村を救った男。彼を討った異端審問官を非難する者はいなかった。……一人を除いて。

『ただ一人……アンナの母親だけが異端審問官たちを非難したのです』

 村長の霊が、なにか後悔するように言葉を吐き出した。

 アンナの母はお腹にアンナを宿した身でありながら異端審問官に駆け寄り、村の恩人を、そして自分の夫を殺した彼らを非難した。しかし、自分が魔族の男の妻だと告白したのは間違いであった。魔族の子を身籠った者となれば、異端審問官が許すはずもなかった。

『儂らが見守る中で、アンナの母は異端審問官に首を刎ねられて死んだのです』

 ガタン、と大きな音がした。村長の話を聞いていたアンナが口を押さえて吐き気に耐えている。不死(アンデッド)化しているために吐くことはないのだが、まだ人間だった時の反応が残っているようだ。

 少しだけ、吐き気に耐えるアンナに気遣うような視線を向けたカタリナが村長の霊に視線を戻した。

「それだと、アンナが生まれないんじゃないの?」

『それが、生まれたのですよ』

 遠い目をした村長の霊が乾いた笑いをこぼし、続けた。

 異端審問官は二人の遺体を焼いて処分するよう、村人たちに命令した。本当ならば自分達で処分したいところだったのだが、ちょうど捜していた魔王崇拝者の情報が入ってきたため、急ぎハスラ村を離れることになったのだ。

 暗澹たる気分で村人たちが遺体を焼こうとした時、遺体からアンナが生まれた。臨月であったとはいえ、奇跡に近い誕生であった。

 魔族の血を引く子供……。本当ならば異端審問官に伝えなければならない案件である。しかし、その産声を聞いた村人たちは、二人を見殺しにした事実を責められているように感じて通報する気持ちになれなかった。なにより血に飽いていたのだ。

 こうして、アンナは村で育てられることになったのだが……。

「それなのに生贄にした理由は?」

『先の一件で異端審問官に目をつけられたのですよ。定期的に村に視察が来るようになり、アンナの存在がバレやしないかとヒヤヒヤする日々が続いたのです。そのアンナといえば、魔族の血を引くせいか三歳で鉈を振って薪を割り、五歳で大木を切り倒すほどになりました。正直、恐ろしくなりました……』

 アンナの力がいつ自分達に向けられるかわからない。それを恐れた村人たちはアンナに罪悪感を植えつけ、村人に逆らえないようにしようと考えた。

 両親が村に災いを運んだ。その娘であるお前は、両親の罪を償わなければならないのだ、と。そして異端審問官の目を避けるように、村はずれの家に一人で住まわせたのだ。すぐそばにある小さな祠の管理を仕事とされて。

「あ、あのっ!」

 村長の霊が話を続けようとすると、両親の罪が冤罪だと知らされて言葉を無くしていたアンナが、しかし声をしぼり出した。

「両親の墓は……どこに?」

『なんじゃ、気づかなかったのか。この家のすぐそばにある祠……あれじゃよ』

 瞬間、家が揺れた。弾かれたように、アンナが家を飛び出していったからだ。────扉を吹き飛ばして。遠く、木々が折れる音が風に乗って開け放たれた入り口から流れ込んでくる。

「……力加減を教えないとダメだわね」

 カタリナのため息交じりの呟きに、マルレーネとテオドラは同意した。

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