第二話
「全軍突撃! さらに【将軍の大号令】で攻撃力アップ!」
「く、くそっ。だが、【鼓舞】の効果で耐えられるはず……」
「ああ、そこで【流言】を使用。指揮官が逃げたぞ~、なんてね」
「ぐわああああっ!!」
マルレーネが教室に戻ると、マルレーネと対戦していた牛頭と単眼のクラスメイトが他のクラスメイトと対戦していた。……なぜか対戦者の列ができている。
「あら、おかえりマリィ」
入り口から賑わう室内を見ていると、気づいたクラスメイトのカタリナがメイドのテオドラを従えながら声をかけてきた。
カタリナ・フォン・ヘルヅ。ヘルヅ伯爵の娘で吸血鬼と魔族のハーフである。
艶やかな金髪ツインテールを躍らせながらマルレーネに駆け寄ってくるが、悪魔の羽を変化させたマントに隠れるボディ────布面積の小さい水着のような服に隠された胸は微動だにしていなかった。
死にたくなければ指摘してはいけない。
一方のテオドラはボンッ! キュッ! ボンッ! という効果音が聞こえてきそうな、けしからん褐色ボディにエプロンをつけただけという歩く十八禁仕様。しかし彼女は淫魔、魔界ではテオドラのような姿の魔族は珍しくもない。
珍しくはないのだが、被害に遭う男性魔族が後を絶たないところに男という生き物の業の深さを感じる。
「ただいま。あれは、どういう状況なの?」
片手を挙げて二人に応えながら、マルレーネは対戦者の列を指差す。
「ああ、あれね。マリィが呼び出しで出て行ったあと、あの二人が『呼び出しでマルレーネは命拾いした』とか強がるもんだから、じゃあお手並み拝見、とアタシが対戦を申し込んだら皆が後に続いたのよ」
「無論、お嬢様の完勝ですけどぉ。と言いますか、まだ勝ち星が無いですよ、あの二人」
二人の説明に苦笑しながら、フルボッコにされながらもどことなく楽しそうなクラスメイトを見てマルレーネは目を細めた。一年前までは、こんな光景は見られなかったのだ。
マルレーネが【特別学科】に編入された当時、【特別学科】は非常に荒れていた。
『役立たず』『問題児の集団』『足手まとい』……他の学科生から見下され、直接、間接的に向けられる蔑みと憐みの感情は【特別学科】の訓練生たちの心を荒ませるに十分すぎた。
いくらマリア教官が、自分も【特別学科】出身で努力すれば大丈夫と説いたところで、現在進行形で見下されている訓練生の心には届かなかった。
そんな【特別学科】を変えてくれたのが、あのカードゲームだった。
「この学科は荒れてるねえ」
一年前、窓の外からかけられた声。見れば見知らぬ女魔族が覗き込んでいた。
少なくとも訓練所の関係者ではない女魔族を威嚇しようとするクラスメイトをなだめながら、マルレーネは自虐的に現状を説明した。見ず知らずの相手であったが、不思議と話してもいいと思ったのだ。
話を聞き終わった女魔族が取り出したのが、件のカードゲームだった。
気晴らしにやってみなよ。そう言って。
言われた通りに気晴らしにでもなれば、と試しにプレイしてみたクラスメイト達は、気がつけばこのゲームに夢中になっていた。
プレイヤーは王となり、互いの領土を奪い合う。内容はシンプルなものだったが戦略性に富んでおり、部隊間の相性から戦場の地形、補給に計略、考えることは多岐に渡った。そして考えれば考えただけ強くなったことを実感できた。
すっかりこのゲームにハマってしまったクラスメイト達は、講義中にすらプレイしてしまうほどだったのだが、不思議とマリア教官はそれを咎めなかった。
その理由はすぐに判明した。半年ごとに行われる各学科対抗の戦略模擬戦争で【特別学科】が優勝したのだ。
あのカードゲームで知らず戦略を鍛えられていたことにクラスメイト達は気づいた。そして、自分達を見下していた他の学科に勝利したことは自信になり、次第に【特別学科】は落ち着きを取り戻していったのだ。
今の自分たちがあるのは、あのカードゲームのお陰だ。そう思うとあの女魔族に会って礼を言いたいところだが、あれから姿を見かけていない。
(いつかお礼が言えればいいな)
敗北し、悲鳴をあげるクラスメイトを見ながら、そう思うマルレーネだった。
「で、なんで呼び出されたの?」
物思いにふけっていたマルレーネを現実に引き戻したカタリナの問いに、しかし答えたのは別の声だった。
「はい、それについては午後の講義を変更して伝えますね」
ほんわか気配をそのままに、マリア教官が教室に入って来た。同時に休憩時間終了の鐘が鳴る。
助かった、と顔に出ている牛頭と単眼のクラスメイトに気づいたマルレーネはマリア教官に言った。
「教官、せめてあの二人が一勝するまで待ってあげてください」
「え~? それじゃあ、期日の三日後に間に合わないわよ」
「「教官! あんまりっすよーーーーー!!」」
【特別学科】に二人の悲鳴と笑い声が響いた。