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立花駅北モンテーニュ通り

作者: 猫山つつじ

 兵庫県尼崎市のJR立花駅からは、地元でモンテーニュ通りと呼ばれる市道が真っ直ぐ北に延びています。

 この一帯の別名が日本のパリだと聞いて、関西旅行のついでにちょっと期待して立ち寄ったのですが、普通の商店街の中に居酒屋があったりたこ焼き屋があったりするエリアで、およそパリらしくありません。

 看板も日本語ですし、飛び交う言葉はもちろん関西弁で、少しだけとはいえせっかくフランス語を勉強してきたのに拍子抜けです。


 一軒だけ値段がユーロ表記で「日本円も使えます」と書いてある八百屋さんがあったのでご主人に聞いてみると、今までに二回、本当にユーロを使ったお客さんがいたそうです。いずれもヨーロッパ旅行帰りのお客さんで、日本のパリということ自体が一種の冗談みたいなものだと言っていました。


 まあ、せっかく来たのだからと、私は「ルヴェ・フルール」といういかにもフランスっぽい名前の喫茶店に入ってみました。

「ボンジュール、イラシャイマセ」

 金ラメ入りの豹柄シャツにパーマ頭の、ステレオタイプそのものの関西のおばちゃんが出迎えてくれました。

「メニュー、シルブップレ」

 怪しげなフランス語で手渡してくれたメニューは手書きの日本語でした。

 でも、一応写真つきなので、外国からの観光客が来ても対応はできるのでしょう。

「えっと、カフェオレお願いします」 

「カフェオレ、ウィー、ウィー。ユー、タバー、スースー?」

 おばちゃんはタバコを吸うしぐさをして、私に尋ねてきました。

「ノン。スワナーイヨ」

 私も、ついついおばちゃんのしゃべり方を真似してしまいました。

 これが間違いの始まりでした。

「ユー、カムフロム、ジャポン?」

「ウィー、フロム、シナガワ」

「オー、シナノガワ! グラングラン、リバー、デッカイネ、ナガノケーン」

「ノン、ノン、シナガワ、トーキョー」

「オー、トーキョー! ノンノン、マガジーン」

 駄洒落のつもりなのか、おばちゃんはファッション雑誌を持ってきてくれました。

 本当はどうでも良かったのですが、おばちゃんのペースに乗せられるだけなのもしゃくなので、受け取らずに経済新聞を頼むことにしました。

「ノン、ノン、ノーマガジーン、シンブーン、エコノミック、シルヴプレ」

「ウィー、シンブーン、エコノミック、ジャスタモーメン」

 そう言うとおばちゃんは店から出ていってしまいました。

 しばらくして、おばちゃんはどこで手に入れたのかカナブンを持って戻ってきました。

「カナブーン、シルブップレ」

「ノン、アイウォン、シンブーン、エコノミック」

「カナブーン、ゴールドムシ、カネモチ、エコノミック」

「ノン、カナブーン、コガネムシ、タダノムシ」

「オー、ユーセイ、コガネムシ、カネニナラナイ、ノンエコノミック」

「ノン、オンリー、シーンブーン、エコノミック、シルヴプレ」

「テユーコトーワ、ユーウォン、グラングラン、オオクワガータ?」

「オオクワガータ?」

「グラングラン、オオクワガータ、オカネ、ガッポガッポ」

「ノン、オオクワガータ、アイウォン、シンブーン」

「カナブーン?」

「シンブーン」

「カンブーン?」

「シンブーン」

「ギモンブーン?」


 ここまできて、落ちのつけ方がわからないので、私は素に戻ることにしてしまいました。なんだかよくわからない競技に出て負けた気分で妙に悔しいのですが、仕方がありません。

「えっと、普通にカフェオレ一杯、お願いしていいですかね」

「わかりました。それにしてもお客さん、日本語お上手やねぇ」

 今度はずいぶんあっさりと注文が通りました。

 一体私を何人だと思っていたのでしょう。というか、私も最初は普通に日本語で話していたのですが、おばちゃんに完全に乗せられてしまいました。

 海外でむちゃくちゃな外国語でも押し通せるという、関西のおばちゃんのコミュニケーション力の一端を垣間見た気がします。


 カフェオレは結構おいしくて、おばちゃんは帰り際にメルシーメルシーと繰り返しながら送ってくれました。

 そのあとたこ焼きを食べて、食料品店でお土産用に関西仕様のカップうどんを買って、モンテーニュ通りを後にしました。


 関西旅行で名所と言われる所は色々めぐりましたが、一番印象に残ったのが立花駅北モンテーニュ通りの「ルヴェ・フルール」だったので、今ここでみなさんにお話ししている次第です。

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