魔法の書 パンドラ ♯2
それは私の父が祖母から託された本だと聞いた。
少しだけ色褪せたそれは古い本なんだろうけど、図書館なんかで誰の目にも触れず放置されている他の書物とかとは違い、大切に大切にされていたであろう事が手に取った瞬間ひと目で分かった。
「そろそろコレを誰かに託してもいい頃だと思って。」
絵本作家の父が三年前の春、中学生になる私に入学祝に。と、プレゼントしてくれた。
「人は一人では生きていけない。いつか必ず誰かの助けや助言が必要となる時が来る。その時この本を開きなさい。それは必ずお前の助けになるはずだから。」
そんな言葉を一つ添えて、私の両手にしっかりとその本を握らせてくれた。
父の仕事の影響と、生まれた時から書物が身近にある環境と言う境遇からか、私は小さい頃から読書がとても大好きだった。
本は私の想像力と空想力を豊かにしてくれる。
どんな書物も一度それを開いたら、私はいつでもその物語の主人公になれる。
でもそれは本を読んでいる時だけの話で、読み終えてしまえば現実に引き戻されてしまう。
私は人付き合いが苦手だ。
誰に似たのか?とても引込み思案な性格だと自負している。
物語とは違って、現実世界はそう都合よく出来ていない。棒に引っかかったカカシやブリキの木こり、ライオンなんかと出会う事もなければ、気のいい小人が向こうから勝手に話しかけてくる事もない。
そんな私だけど、幼い頃から夢がある。
将来は父や父の祖母がそうであった様に、私も絵本作家になりたいという夢だ。
内緒だけど、将来の為に自分でお話を考えたりもしている。
けれど私が作る作品にはいつも何かが足りない。
パズルを埋める為の大切な何かがいつも1ピース欠けているのだ。
それがなんであるかわかった今、私は父から譲り受けた魔法の書を机の引き出しから取り出し、そっと頁を開いてみた。
その本の中には色々な事が書かれていた。
悲しみを優しさに変える方法や、自分を成長させる方法。
それらは決して想像や空想の中で手に入れられるものではなく、全て経験しなければ気が付く事の出来ないものなんだろうと、子供の私にも理解出来た。
私に足り合いもの・・・。
友達。
私には知識がある。でもそれは書物から得たものだ。でも代わりに人と関わりを持った経験はとても乏しい。だから私の作る物語はいつもどこかで読んだ事がある様な、ありふれた心に響かない作品なんだと思う。
そんな事を考えながらページを捲っていくと、私が求める答えに辿り着いた。
”私達人間は昔から集団で行動してきました。恋人を作り、結ばれて家族を作り、知人が集まり、村になり、それはいつしか街になる。誰かと誰かが結びつく時、それは友達だったり恋人だったりカタチはそれぞれでしょうけど、そこには必ず想いが付いてまわるの。でもね、想いだけでは気持ちを伝える事は出来ない。だから人は言葉を持ったの。誰かにそれを伝える為にね。”
そこに書かれた言葉は、私の心臓を大きく一つ高鳴らせた。うまく言えないけど、嬉しさや切なさにも似た胸の痛みの様な。
”アナタがもしも人付き合いが苦手だったとしても、難しく考える事なんて何もないの。ほんの少しの勇気を出せば、それはきっとアナタにとって必ず掛け替えのないものになるでしょう。”
それは私の心を衝き動かすには充分な衝動だった。
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それから時間は少し流れて、私は高校二年生の秋を迎えた。
あの言葉に背中を押され、引込み思案な所はまだあるものの、親しい友人を作る事が出来た。
そう言えば父が先日こんな事を話してくれた。
父の祖母が教えてくれた言葉らしい。
”人は誰もが旅人で、みんな口にはしないけど明日を探して旅をしている。素敵な旅をしなさい。素敵な旅人になって、素敵な出会いをしなさい。”
「なにも本当に旅をする必要はないんだ。探している明日はひとそれぞれだし、出会いのカタチだってそれぞれだと思う。実は案外近くで見つかる事だってあるだろうしね。でもね、足踏みしているだけでは決して明日にはたどり着けないんだ。だから色々な経験をしなさい。それは必ず自分を成長させる為の糧となるはずだから。」
父の祖母の言葉は、父に引き継がれ、今私に引き継がれた。
こうやって明日は引き継がれて行くのかな?託された本と共に。
”魔法の書 パンドラ”
その書はきっと全ての希望に繋がっているんだと思った。
いつか誰かに”希望”を手渡す為に。
私は私の旅を始めようと思う。