五人の冒険者と鍛錬 (1)
グゥウオオオォォォオオオオオォォォォ
咆哮が森の中に響き渡る。
その叫びに森中の木々の枝が揺れ、葉が舞い落ちる。
周りの動物達は、恐れをなし、後ろも見ずに必死に逃げ出していく。
凶悪な瞳、巨大な牙、長い首、長い爪、丸太のような尾、そして、大きく広げられた翼。
その者は、ドラゴン。
この異世界の、すべての生物の頂点に立つ王者。
ただ、このドラゴンは、まだ子供なのか、一般的なドラゴンに比べて二周り程小さい。
それでも、すでに王者の風格があり、その格に相応しい威厳と迫力にみちた咆哮を、森の隅々まで響き渡らせている。
そんなドラゴンと対峙しても……、
その冒険者達は、まったく怯まなかった。
屈強な男が勇気をもって、前に一歩進み出る。
ドラゴンの巨大な爪が、男に襲いかかろうとした、その時。
屈強な男が叫んだ。
『鉄壁防御!』
屈強な男の体が、薄い光の膜に覆われいく。
その光の膜が、彼に振り下ろされた、ドラゴンの爪を弾いた。
更に、両手に持った剣をもった赤毛の女性が、ドラゴンに切りかかりながら叫んだ。
『斬鋼聖剣!』
彼女がもっていた剣が光を放ち、ドラゴンに大きな傷を付ける。
だが、ドラゴンの太く巨大なまるで丸太の様な尾が、その赤毛の女性を横から殴りつけた。
彼女は吹き飛ばされ、遠く地面に落下する。
あわてて、黒髪の女性が、地面に倒れた赤毛の女性に駆け寄り手をかざしながら、叫んだ。
『完全回復!』
黒髪の女性の手から出た光が、女性の傷をみるみる治していく。
その二人を庇うように、全身を限りなく黒に近い紺色のローブで全身を包んだ、性別不明の人物が立ちふさがる。
その人物は、両手を挙げて、叫んだ。
『氷柱結界!』
その叫ぶと同時に、ドラゴンの周りに氷の柱が出現していく。
氷の柱に回りを囲まれ、行き場を失ったドラゴンが、その動きを止める。
「よし! とどめは、僕にまかせてください!」
金髪の青年が、右手をドラゴンに向けて、更に叫んだ。
『破壊光弾!』
右手の先から、光弾を発射された。
暗い森の中を奔った光弾が、見事にドラゴンに命中し、その肉体を四散させた。
「がはははっは やったぞ!」屈強な男が豪快に笑う。
「やったわね!」赤毛の女性も嬉しそうに笑う。
「やりましたね」黒髪の女性も微笑をうかべてみいる。
「……」ローブの人物は、無言で"GJ"とでも言うかのように右手の親指を挙げる。
そして、リーダーらしき金髪の青年が、最後に誇らしげに叫ぶ。
「ああ、俺達はとうとうやったんだ! ドラゴンを倒したぞ!」
喜びを分かち合う冒険者達。
その様子を、森を見下ろす丘の上から、静かに見つめる一人の男がいた。
どうやら、間違いなさそうだ。
屈強な男。赤毛の女性。黒髪の女性。ローブの人物。
そして、金髪の青年。
あの中の冒険者達の中に……
『転移者』がいる。
――――――
曽我晋作は、走る。
走って、走って、走って、ひたすら走り続ける。
山を超え、川を渡り、街を通り、森を抜け、走り続ける。
どれだけ走っただろうか。
不意に曽我は、走るのを止めた。
止まった場所には別に何も無い。この場所に来る為に走ってきたと言う訳では無いようだ。
次に彼は、いきなり地面に体を投げ出した。
そして、腕立て伏せを始める。延々と腕立て伏せを行った後、今度は腹筋を開始した。
曽我は、ただひたすら、黙々と腹筋を続ける。
"筋力のトレーニングなど、もはや意味がない"
そのことは、曽我も本能的に解っている。
異世界に来てからも体を酷使すると、疲れる。無理をすると息が切れ、動きは鈍る。
だがそれは、非常に変な表現だが、体内のHPとか、MPが切れて動けなくなるような感覚だ。
自分の体の中に意識を向けると、いつも鍛錬の後に感じる、筋肉に与えた負荷による疲労が溜まった感覚が無い。乳酸が溜まる、あの嫌な感覚も無い。
さらに、鍛錬によって筋肉が潰れ、その後の超回復による筋肉の増加がおきていない事も、何となく解る。
ようするに、どれだけ鍛錬しようが、筋力を酷使しようが、体には変化が無いという事だ。
『転移者』の筋肉は、この異世界に来た時点で、全員が、極端に強化されている。
曽我も、今の筋力のまま全国大会に出場すれば、即優勝できるほどの体力になっていた。
それは筋力そのものが増えたというより、魔法のような物で力や速さが、みな同じ量だけ底上げされている感覚である。
『転移者』同士の、元の肉体の筋力差は、一応、存在していた。
だが、その差は底上げされた筋力に比べると、本当に僅かな差で、もはや誤差と言ってしまっていいレベルだった。
"この行為には、殆ど意味は無い"
鍛えれば鍛えるほど、その事実を実感するだけだ。
それでも、十九歳になる今まで子供の頃から一日たりともサボることなく続けてきた鍛錬を、いまさら止めることなど、できよう筈も無い。
毎日おこなってきた鍛錬のルーティーンを、最後まで黙々とつづける。
鍛錬の総てを終えたが、もちろん前までは感じることができた充実感は、まったく感じられない。
やはり、一度、死んでしまっているからなのか。
この体は、ひょっとすると仮の体なのかも知れないな。
たしかに、今はこの鍛錬に意味を見出せない。
それでも……
俺の信念は揺るがない。
曽我は、自分の体について、あれこれ考えることを止めた。
もうすでに、自分が知っていた常識など、何の意味もない世界にいるのだ。
いまさら『なぜだ?』などと、考えるだけ、無駄だ。
それよりも、もっと考えなければならに事が、別にある。
昼間に森の中で見た、冒険者達。
屈強な男
赤毛の女性
黒髪の女性
紺色のローブの人物
そして、金髪の少年。
あの中に、『転移者』がいるのは間違いない。
さすがに誰が『転移者』までは、解らなかった。
曽我は知らぬことだが、本来ならば『転移者』同士は、相手の顔さえ見ればすぐに『転移者』だと認識できるはずである。
だが、冒険者達の中にいる、この異世界の魔法使いが、"他人に、スキルや能力や特徴などを調べさせない為の妨害魔法"を、使用していた。
その為に、『転移者』と言う特徴の認識が妨害されてしまい、誰が『転移者』なのか解らなくなっていたのだった。
もう少し、近づければ、彼らが叫んだスキル名が聞こえたのに。
そうすれば、少しだけは、絞りこめたんだがな。
曽我は少しだけ、悔しがる。
冒険者が使うスキルは、確かに遠めに見ることができた。
だが、距離が遠かったために、彼には冒険者達が叫んだスキル名は聞き取れていなかった。
もし、スキル名が聞き取れていれば、"虐殺録"と照らしあわせることも出来る。
虐殺録に書かれていないスキルを叫んだ者は『転移者』では無い。
聞こえてさえいれば、ある程度、誰が『転移者』か絞り込めた可能性が高かっただろう。
だが、向こうだって、こちらの存在には気付いている。
これ以上、近づことは無理だろうな。
出来なかった事を反省することは必要だが、無駄に悔やんでも仕方ない。
曽我は、改めて思案する。
見た目からすると、まず、金髪の青年は、日本人っぽくなくて、この世界の住人のように感じる。
いや、別にこの異世界にきてる転移者が、全員日本人だという事も無いのか?
外人が居ても不思議じゃないし、それでなくても、ハーフとかの可能性だってある。
見た目で判断する事は止めておいたほうがいいな。
逆に、見たところではスキルが一番強力で、転移者っぽく感じるのも、あの金髪の青年だった。
そう考えれば、あの金髪の青年の可能性が高いのか?
いや、駄目だ、駄目だ。
下手に考えて、へんな先入観を持つほうが、危険だな。
ふう。
息を吐き、それまで考え込んでいた思考を、一度すべてクリアにする。
相手を知ることは重要だ。
でも、それに振り回されてもいけない。
曽我は改めて決意を胸にする。
俺は、俺を信じて、俺の戦い方をするのみだ。




