五人の冒険者と鍛錬 (4)
「さあ! 皆いくぞ! 紀子を守るんだ!」
金髪の青年が叫ぶと、それに答えるように他の冒険者達も叫んだ。
「もちろんだ!」「さあいくわよ!」「……」
目の前に立ちはだかる、屈強の男、赤毛の女、ローブをきた初老の人物、金髪の青年。
その四人に向かって、曽我は無言で、手をふるい、炎の蛇を操った。
曽我の特殊スキル『紅蓮炎蛇』によって生み出される炎の蛇が、次々と冒険者達を焼き殺そうと襲いかかる。
だが、紀子の『完全回復』により、冒険者達は、すぐさま回復して立ち上がる。
それは不死者による殺し合いのような、まるで終わりの無い永遠の戦いのようにも思われた。
だが、もちろん、その戦いは永遠に同じ局面が続くはずもなく、変化が訪れた。
冒険者の一人、老人が立ち上がらない。
すでに、着ていたローブはすべて焼け落ちて、その老いた肉体はすべてさらけだしてしまっている。
だが、その肉体は、紀子の『完全回復』ですべて癒えていて、傷1つもない。さらに体力も魔力も、回復しているはずだ。
何も問題はないはず、完全に回復したはず。
なのに、老人は立ち上がらない。
いや、立ち上がろうとしない。
立ち上がらない老人に向けて紀子が声をかけた。
「どうしたんです!? 大丈夫ですか?
立ち上がれないんですか? 私の完全回復で、回復しきっていないのですか?」
老人は、まるで胎児の様に老いた体を丸めて、呻くような声で呟いた。
「す、すまぬ、紀子よ、わしはもう、無理だ」
「何が無理なんですか? 体力も魔力も回復してるはずですよ?」
「無理だ。老いたわしには、もう一度、立ち上がって、あの炎にたちむかうだけの勇気がない。すまぬ」
老人は恐怖と苦しみに、怯えていた。
いくら彼女の完全回復で、すべての傷が回復すると言っても、攻撃を受けた際の"炎に肉体を焼かれる苦しみ"は、明確に存在する。
すでに数回、死ぬほどの苦しみを味わった老人の心は、完全に折れていたのだった。
「そ、そんな? だって、私を助けてくれるって……」
私を助けるって言ったのは 嘘だったの?!
そんな思いが、口から出そうになるが、すんでの所で押さえる。
仕方ないことよ。
誰だって、苦しいのは嫌だもの。
老いた彼が、ここまで、私の為にがんばってくれた事に感謝するべきだわ。
すぐに、そう思い直し、反省をする。
「いいんです。ここまで戦ってくれて、本当に有難うございます」
そう言って、老人を労わるように、彼女は微笑んだ。
このままでは、拉致があかないな。
何度焼き殺しても立ち上がってくる冒険者達をみて、曽我も思いをめぐらす。
いくら、どんな傷でも直せる特殊なスキルと言えど、死んでしまった人を蘇らせることはできまい。
1人を徹底的に攻めて、完全に死ぬまで、確実に焼き殺す!
曽我が、決意を新たに手を指揮者の様に振り、炎の蛇を操る。
炎の蛇は、屈強な男の体へと巻きついた。
ぐがぁあああ。
屈強な男が体を焼かれる苦しみに叫び声をあげた。
その隙をついて、赤毛の女と、金髪の青年が曽我に直接攻撃を加えようとする。
いままでの曽我なら、すぐさま炎の蛇をあやつり反撃していた。
だが今回の曽我は、炎の蛇は屈強な男にまきつけたままで、転移者として強化された体力を使って動きまわって、他の二人の攻撃をかわす。
炎の蛇は、屈強な男の体を、ひたすらに焼き続ける。
その様子をみた紀子も、すぐに曽我が意図している事を理解した。
まずいわ。
敵は、ひとりづつ完全に焼き殺していくつもりなのね。
私のスキル『完全回復』はあくまで回復させるだけ。死んでしまったら、生き返らせる事はできない。
死なせては、いけない!
『完全回復!』
紀子は叫び、炎に焼かれる屈強な男の肉体を直接、回復させる。
ぐぐぎぃぎぃぎゃぁああああぁぁぁあああぁぁぁあああああぁぁぁああああ!!!!
屈強な男の絶叫が響いた。
纏わりつく炎の蛇に体を焼かれながら、それと平行して、体が『完全回復』の効果で回復していく。
だが回復した皮膚や肉体は、すぐさま、炎の蛇に焼かれていく。
焼かれ、回復し、焼かれる。回復して、焼かれ、そして回復する。
もちろん、焼かれる苦しみは無くなりはしない。
"死ぬほどの苦しみ"が、何度も何度も何度も屈強な男の肉体を襲う。
「あああっぁあぁああああ。だ、だのむぅうう や゛め゛でぐれぇええぇえええだずげでぐれぇえええええ」
屈強な男は、焼かれながら地面を転がり、恥も外聞もなく命乞いをする。
だが、いくら"止めてくれ"と懇願されても、曽我が、その攻撃を止めることはない。
紀子としても、止めてしまったら屈強な男が死んでしまう以上、止めるに止められない。
そのまま、焼かれ続け、回復しつづけ、そしてまた焼かれ続ける。
肉体を焼く炎と、回復する速度は拮抗している。
だが、屈強な男の精神がもたなかった。
肉体より先に彼の心が切れてしまい、亡くなってしまった。
死んだ者を回復させることはできない。
そのまま屈強な男の肉体は焼かれて黒い炭と化してしまい、もうピクリとも動かなくなった。
よし。次だ!
すぐさま曽我は炎の蛇を操り、赤毛の女に襲いかからせる。
今度こそは、助けてみせる!
紀子も、対抗してすぐさま、赤毛の女の体に直接『完全回復』のスキルをかける。
すでに衣服はすべて焼け落ちて全裸になってしまっている赤毛の女。
形の良い乳房、その先の桜色の乳首、くびれた腰、ひきしまった腹筋、わずかに茂る陰毛、すべてが見えてしまっている。
その美しい裸体に、淫らに炎の蛇が巻きついていく。と、すぐさま、その肉体を焼き焦がし始めた。
そして、それと同時に、焼かれた皮膚や肉体が、みるみる回復していく。
ぎゃぁあぁああああああ!
蛇の炎が、その赤い髪や皮膚や肉を焼く。嫌な臭いが辺り一面に広がる。
だが、その髪も皮膚も肉も、すぐさま復活していく。
特殊スキルとて、無限に使えるわけではない。
若干、曽我があやつる蛇の炎の勢いが弱まってきている。
そして、もちろん紀子が冒険者を回復する速度も若干遅くなってきている。
赤毛の女の肉体を焼く速度が僅かに遅くなり、回復させる速度もやや遅くなる。
そして、それは、赤毛の女に、この上ない苦しみを与える結果となった。
「やめてぇえええ おねがいぃい もうやめてぇえ」
赤毛の女がそう懇願する。
だが、やはり曽我は止めるはずが無いし、紀子も同じく止める訳にはいかなかった。
やや勢いが落ちた炎が彼女の体を焼きつづけ、速度がおちた完全回復のスキルが、1テンポ遅れて、彼女の体が回復し続ける。
地獄の苦しみが彼女を襲い続けた。
そして、とうとう耐えられなくなった彼女は地面に転がりながら、叫んだのだった。
「紀子!! もう、やめてえぇええええ! おねがぃいいいいい もう、死なせてぇえええええええ!」
え? 私がやめるの?
紀子は混乱してしまう。
なぜなら、紀子としては、"赤毛の女を救う為"に、必死に完全回復のスキルを発動しているのだ。
彼女を守るために回復しているのに、止めて暮れとはどう言うことか。
「止めるって? 死なせてって、どう言うこと?」
「もうたえられなぃいいい じんだほうがましなのぉおおおお、とにがぐや゛め゛でぇええええ。
おねがぃいいい! もう、い゛い゛がら、とにかくやめでぇええ! 」
紀子は、スキルを止めた。
当然のように、炎の蛇が、赤毛の女を焼き殺してしまった。
赤毛の女の死体を見つめながら、紀子は呆然とする。
私のせい? 私が、彼女を苦しめたの? 私が悪いの?
いつの間にか、地面に転がり震えていた老人の姿は無くなっている。
どこかに逃げてしまったようだ。
「安心しろ、紀子。
君は悪くない。悪いのは、すべて、あの男だ」
立ち尽くす紀子に、金髪の青年が優しく声をかける。
「大丈夫だ紀子。何も心配することはない。
悪いあの男は、僕が倒す。僕は君を守って見せる。
だから、何があっても、絶対に『完全回復』のスキルを止めないでくれ」
そう言うと、金髪の青年が、曽我に襲いかかった。
曽我は炎の蛇を操り、青年の体に巻きつけ、焼き殺そうとする。
すぐさま、紀子は、彼の体を回復させる。
すでに曽我も紀子もお互い特殊スキルの力がつきかけている。
必死に精神を集中して焼き、必死に精神を集中して治す。
二つの特殊スキルの能力が中心で、金髪の青年が焼かれながら、そして治されながら叫んだ。
「紀子、愛してる! 僕は君を愛してる。愛してるんだ!
だから僕は! この地獄のような苦しみにも! 君の為に!! 絶対に!!! 負けない!!!!」
坂野紀子。
彼女は、金髪の青年を愛していなかった。
金髪の青年はかっこいいと思う。見つめられるとドキドキはする。
でも、愛しているかと言われると、正直、愛してはいない。
金髪の青年の独善的で自分勝手なところが鼻につき、どうしても好きになれない。
だが、この瞬間に本当の思いなど、言う必要の無いことだ。
彼女は叫んだ。
「私も愛してるわ! だから、お願い、死なないで……、 負けないで……、
私の為に戦って!!」
……
暗い暗い、森の中。
曽我晋作と、坂野紀子が、対峙する。
すでに曽我の特殊スキル『紅蓮炎蛇』は力尽き、炎の蛇は消えていた。
もちろん、紀子の特殊スキル『完全回復』も、力尽きている。
あたりを、森の静けさが包み込んでいる。
そして、その暗い森の中で、足元に転がっていた黒い肉体がゆっくりと、二人の視線を遮るように立ち上がった。
「僕の……、僕の愛の…… 勝ちだね」
その黒い肉体は、皮膚の殆どが焼け焦げ、見た目にではすでに誰かも解らぬ状態だ。
だが、もちろん、その肉体は、金髪の青年である。
どれほどの時間、炎が彼の体を焼き、スキルが肉体を回復させ、そして、また炎に焼かれる事をくりかえしただろう。
何度も繰り返す、"死ぬほどの苦しみ"を耐え続け、乗り越えて、彼は生き残ったのだった。
よろよろと立ち上がった青年は、右手をあげる。
「特殊スキルさえ、無ければ……、いくら転移者でも、ぼくの……『破壊光弾』は、避けれないだろう」
右手は、ピタリと曽我の頭に狙いを定める。
曽我は、腰の剣を抜き、静かに構えた。
持っている剣はこの異世界によくある洋風の両手剣だ。だが、構えが妙だった。
金髪の青年は、その姿を見て、少しだけ戸惑う。
見たことも無い構えだな。
両手剣を腰の前で構えている。その剣の位置は、普通といえば普通だ。
だが、剣を握る両手の拳が妙に離れている。あんな握り方で、刀に巧く力が込められるのだろうか?
そのうえ、右足を前に出し、左足を引き、さらに両足のかかとを挙げている。
あんな不自然な足の格好で動けるのか?
いや、惑わされるな、いまさら相手の構えなんか、たいした問題じゃない。
とにかく僕のスキル『破壊光弾』を当てれば勝ちなんだ。
坂野紀子は、その構えを知っていた。
見たこと有るわ。
あの構え方って……、確か…… 剣道?
ィヤァァアアアァァァアアア!
気合と共に、曽我が踏み込んだ。
鍛えた技は、何があろうと、けっして彼を裏切らない。
物心ついた頃から、毎日ただひたすらに鍛えつづけてきた技は、たとえ肉体が変化しようとも、まったく濁りはない。
さらに転移者として得た肉体が、彼を加速させる。
え? なっ!?
金髪の青年が反応するよりも先に、曽我の剣がその頭を、叩き割った。
そのまま動きを止めず、残心の流れから、剣先を紀子の方へと向ける。
「あっ! お願い、やめ
ィヤァァァアアアアァァァ!!
言い終わるよりも早く、曽我の剣が、彼女の頭を叩き割った。
曽我晋作と、坂野紀子。
二人の転移者としての『特殊スキル』には、ほぼ差が無かった。
戦いとしては、どちらかというと、この異世界で協力者をえた紀子の方が有利だったかもしれない。
だが、両者のあいだには、圧倒的な差があった。
それは『元世界で過ごした日々の中で、積み上げてきた物』の差だ。
ふぅぅうううううう
曽我は、肺の中の空気を総て吐き出す。
試合後の様に礼をつくしてから、剣を鞘へと治めた。
横たわる死体に向けて、手を合わせてから、改めて決意する。
俺は俺のやり方で、生き残ってみせる。
この先も、何があろうと……
俺の信念は、揺るがない。
この作品は、不定期連載となります。