序章
「解る。解るぜぇええええ。わかっちゃうぜぇええええええええ」
中世欧州を思わせるような、石造りの街の外れ。
角を曲がった先にいた、派手なピアスを幾つもした若い男が、突然、奇声を上げてきた。
「解っちゃうんだぜぇえええ。お前もぉおおお『転生者』だろぉおおう?
隠したって無駄だぜえええええ。
なぁあああんか、気配っていぅかあ? ふいんきっていぅか
なんとなく、解っちゃうんだよねぇえええええ。
あれ? ふいんきじゃなくってぇ、雰囲気だっったけぇえええ? あれぇえ? どっちだっけぇええ?」
眼の前に現れた、この下品なピアスの男。
こいつも、私と同じ『転生者』だ。
稲村裕子にも、なぜか、すぐにそう理解できた。
いや、それだけではない。
実はここ一週間程、ずっと「自分の近くに転生者がいる」と、感じつづけていた。
どうやら『転生者』は、本能のような物で、お互いの存在を感じることが出来るようだ。
「俺以外の『転生者』を始めて見たけど、まぁさか、こぉおぉおおおんな、かわいこちゃんだとはな。
いっくら"『転生者』を全員ぶっころしたら、どんな願いでもかなっちゃうぅううう"って言われてもよぉ、こんなかわいちゃんぶっ殺すのは心が痛むねぇええええ。
いや、まじで、まじでぇええええ。ぶっ殺すなんてぇ、もったいなぁあいぜぇえええええええぇぇえええええ。いっそのことぉおお、俺とぉおおお、付きあわなぁぁアアい」
ピアスの男が、ギラリと鈍く光る。
「でも、やっぱりぃいい、死ねやぁあああああああ!」
そう叫ぶと同時に、ピアスの男が拳を繰り出してきた。
その行動に稲村裕子は、やや混乱してしまう。
彼女と、ピアスの男の間には、まだ十メートル程の距離がある。
とても、拳を振っても届くとは思えない。
この男、冗談を言ってるの?
態度や喋り方のせいもあって、思わず、油断してしまう。
だが、そんな裕子を無視して、いきなり男が叫んだ。
「身体伸縮!」
ピアスの男の手が、いきなりゴムのように伸びてきた。
痛っ!?!
かわすことが出来ずに、鼻っ柱に、ピアスの男の拳を喰らってしまった。
当たった瞬間に顔の中心に熱さを感じ、その後に激しい痛みが顔中に広がる。
彼女は、ズキズキと痛む鼻に手をやった。
どうやら骨は折れていないようだ。一筋の血が、鼻から唇へと垂れていく。
油断してしまった。
稲村裕子は反省する。
相手も『転生者』なんだから、冗談でも何でもなく、出会ったら殺しあわなきゃいけない。
ちゃんと、最初に、そう説明されたじゃない。
それに、『転生者』は全員、それぞれ特殊スキルを一つ持っているって説明も受けたじゃない。
でも、まさか……、
あんな、どっかの海賊漫画みたいなスキルが有るなんて、思ってもみなかったわ。
「おっとぉおおぉおお、ついつい焦っちまって、素手で、一発、殴っちゃったぜぇぇええええええ。
いやぁああ、ほら、俺ぁあああ『転生者』と殺しあうの初めてなもんでぇさぁあ。
初めてのときぃいいってえええ、あせってぇえええ、早く発射しちゃうってえええ よくあることじゃぁあああああん。
おおお? よく見ると、かわいこちゃんも 鼻血でてるじゃぁあああん!
血でるってことは、あれかぁ?! 初体験かぁああああ?!!!」
くだらない冗談を言って、げぇええええへへへへへへと、下品な笑いを浮かべる。
それから、ピアスの男は、左右の腰にさげていた短剣を引き抜いた。
改めて短剣を両手にもち、構えをとる。
「つぎはぁあああ、ちゃぁああんと、しっかぁあぁり、
奥のほうまでぇええぇええ、ぶっすりとぉおおおおぐりぐりぃいいっとおおお
ぶっさしてやるぜぇええええええぇえええええ」
最初の一撃から、あの短剣を握られていたら、私は死んでいた。
ピアスの男が両手に構える短剣を見て、裕子は内心ゾッとする。と、同時に安心もする。
相手が馬鹿で助かったわ。
"殺し合う"
そのことを、了解したはずなのに、やはりどこか心の中で油断があった。
未だに 心のどこかで、殺しあうことを躊躇する気持ちも、もちろんある。
だが、彼女はどうしても負ける訳にはいかない。
美人だがややつり目な瞳のせいできつい顔に見えてしまう彼女の表情が、決意でひきしまり、さらにきつい表情となる。
生き残って、"願い"を叶えるのは、この私!
稲村裕子よ!
彼女は、手を挙げて叫ぶ。
「従獣召還!」
彼女の転生者としての特殊スキル。それは『従獣召還』
煙と共に現れた三つ首のケルベロスが、ピアスの男に襲いかかる。
「うおぉおおおお なんだこの犬っころはぁあああ?」
伸びる手で短剣を操りで、ケロベロスの体に確実に傷をつけていく。
だが、ケルベロスは、少々の傷などものともしない。
巨大なアギトがピアスの男を、齧り付こうと迫ってくる。
「くっそぉおおおおお。これなら、どうだぁああああ」
思いっきり伸びた腕をしならせたかと思うと、グルグルとケルベロスの体に巻きつける。
逃げようと、もがくその巨体を、ゴム紐のように、ギリギリと締め付けていった。
「へへへへへへへぇへへ、死ねヤァアアぁああ 犬っころぉおおお」
ケルベロスの大きな口の端から涎が垂れ、その体がわずかに痙攣し始める。
その様子を、稲村裕子は冷静に見つめていた。
ピアスの男とケルベロス 両者の動きが止まっている。
彼女は、背中に背負っていた弓矢を構え、ピアスの男の 眉間を狙いを付けた。
矢を放つ。
風を切り、矢が男に迫る。
眉間を狙った矢は、 普通なら避けられない。
もらった!
稲村裕子が、そう確信した、その時。
グニャリ
ピアスの男の首は、普通にはありえない方向へと曲げり、矢を交わす。
そのまま、ろくろ首のように、首がどんどん伸びていく。
「ざぁあああんねぇええええん でしたぁああああああ!」
首がどんどんと伸びて、嫌な笑みを浮かべた顔が、裕子に迫ってくる。
裕子は腰の剣を抜き、すぐ眼の前にある嫌な笑みを向かって、切りかかった。
だが、その攻撃もあっさり交わされる。
さらに口から伸びてきた、涎に湿った長い舌が、裕子の頬を舐めあげた。
「嫌!!」
裕子が悲痛な叫びを上げて、振り払おうとする。
だが、無駄だった。
近づいてきたピアスの男の顔が、裕子の首元を、噛みちぎった。
――――――
「ひゃっははははっははは!
やったぜぇ、やってやったぜええええええ」
ピアスの男は、稲村裕子の死体に走りよって、いきなり蹴っ飛ばした。
もちろん、ピクリとも反応は無い。
「よーしよーしぃいい。ちゃぁあああんと死んでるな。
これで、一つ目の☆、げっとぉだぜぇええええええ!!!
なんでぇえええ、簡単じゃねぇえかぁよぉおおお。
この調子で全員ぶっっっころしてぇええ、俺の"願い"をかなえてみせるぜぇええええ!
世界中の女を、俺の肉奴隷にしてやるぜぇええええぇぇぇええええぇええええええ!!」
げひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃと、ピアスの男の高笑いが響く。
んんん?
高笑いをしてたピアスの男の顔が、不意に歪んだ。
おかしぃいいいいい。
おかしぃいいいいいぞぉおおおおお。
首を伸ばし、少し高い所から、周りをグルグルと見渡す。
だが、足元に稲村裕子の死体が転がっているだけで、周りには、別に他に何もない。
おかぃいいいいいい、なぜだ? なぜなんだぁああああ?
この、かわいこちゃんをぶっ殺したのにぃいいいいいいいいい!
なぜ『転生者』の気配が消えないんだぁあああああ?!
次の瞬間。
後ろから、一本の剣が、ピアスの男の心臓を貫いた。
な?!!!
後ろを振り返る。
今まで何もないと思っていた空間。
そこに、自分から噴出す血を浴びて、うっすらと人の形の輪郭が、湧き上がっていた。
「お、おめぇええええもぉおおお、て、『転生者』かぁああ……ぁああ……」
刺さった剣をグリグリと捻られ、心臓が破壊される。
「あああぁあああああ…… あああぁ……ああ ……あ ……ぁ」
ピアスの男は、憎しみに顔をゆがめながら、ゆっくりと崩れ落ちていった。
何もなかった空間が、人の形に揺らぐ。
人型の輪郭が浮かび、そこに白い色が着色されていく。やがて、一人の裸の少女が現れた。
まっすぐな長い黒髪と、それと正反対に、しみ一つ無い真っ白な肌。
その白い肌だけでなく、胸の先の桜色の突起も、股間の僅かな茂みも、すべてをさらけ出してしまっている。
返り血をあびた少女の裸は、汚れない美しさと、そして途方もない淫猥さの両方を感じさせた。
ふう。
裸の少女は、小さくため息をついてから、ペタンとその場に座り込んでしまう。
その裸の少女も、もちろん『転生者』だ。
彼女の特殊スキルは『保護色』。どんな背景にも、完全に溶け込むことができる。
目視によって発見することは絶対に不可能な特殊スキル。
だが、このスキルは欠点だらけであった。
自分の姿が見えなくなるだけなので、動く音や、臭いも消せい。
服は着れないし、武器の一つも持つ事ができない。攻撃力も防御力も皆無だ。
そのうえ、さらに致命的な欠点があった。
それは、『転生者』同士だと、その独特な気配のせいで、簡単に存在を気付かれてしまうことだ。
だから彼女は、稲村裕子を見つけてからも、この一週間、ずっと近づけないでいた。
手出しできずに、離れた所から監視するに留まっていた。
そこへ、不意にもう一人の『転生者』、このピアスの男が現れてくれたのだ。
本当に、こんなに上手くいくなんて、思ってもみなかった。
私って、意外と運がいいのかしら。
裸の少女は、そう呟いてから、手にもっていた剣を、稲村裕子の死体の上に置く。
「剣を、お返ししますね。
その……、見殺しにしてしまってごめんなさい」
さらに裸の少女は、ピアスの男の死体へも話しかけた。
「殺してしまって、ごめんなさい。
私も本当はこんな事したくなかったですけど……、でも……」
裸の少女は、やや苦悩した表情を浮かべて呟く。
「私、どうしても生き残って、叶えないといけない"願い"が有るんです」
この作品は、不定期連載となります。
宜しくお願い致します。