#005「諫言、耳に逆らう」
@香澳島中央駅
――久し振りじゃの、諸君。ん? 荷物はあれども、二人の姿が無いことに疑問を感じてるようじゃな。案ずることは無い。二人は、スカーレットくんのところで治療を受けておる。せっかくじゃから、自慢の千里眼でもって、ちょいと覗かせてやろう。どれ。ワシの髪か髭を掴みなさい。痛タタ。そんなに強く握らんでも、軽く触れるだけで充分じゃ。そうそう。それで、よろしい。
小華「これは何なの、紅さん?」
紅月「そんな、いぶかしみなさんな。眉間に皺が寄ってるわよ、小ちゃん? 愛らしい顔が台無し」
中狼「目薬を注した方がいいんじゃないか、紅さん。老眼が進んでるぜ?」
紅月「せめて霞み目だと言いなさい、中ちゃん」
小華「それで、これは何なのよ?」
紅月「材料は企業秘密だけど、あたし特製の疲労回復薬よ。食べやすいように一口大に濃縮したから、パクッといっちゃいなさい」
中狼「気を配る方向性を全面的に間違えてる気がするのは、俺だけか? 何だか、沼に生えてる藻か、岩に生してる苔みたいな見た目だな」
紅月「食欲を削ぐようなことを言わないの。お抹茶か何かだと思いなさい」
小華「お口に入れるのを躊躇うニオイがするんだけど、身体に悪影響はないの? 副作用があるなら、先に言ってほしいわ」
紅月「昔の偉い人は言いました。良薬は口に苦し。いいから、何も疑わずに食べなさい」
中狼「鼻を摘んどいてやろうか?」
紅月「中ちゃん、いい加減にしなさい。それとも、あたしがアーンしてあげましょうか?」
小華「いや、自分で食べられるわ。イタダキマス」
小華、特製薬を食べる。一瞬、目を見開き、口に手を当て、声にならない叫びを上げる。
中狼「オイ。しっかりしろよ、小小。何か言い残すことはあるか?」
小華「ケホ、ケホ。……一度でいいから、蒸饅頭を蒸籠で丸ごと一つ分、平らげたかった」
紅月「縁起でもないことを言うんじゃありません。ま、くだらない小芝居を演じられるだけの元気があれば、問題は無さそうね。胃腸に収まれば反応は治まるから、それまで我慢なさい。さて、お次は」
中狼「良かったな、小小。それじゃあ、俺は失礼して」
中狼、立ち上がり、何かを探す。
中狼「アレ? 俺の上着が無いぞ?」
紅月「こんなこともあろうかと、透明化魔法を掛けておいたの。治癒が終わったら術を解いてあげるから、観念してこっちへいらっしゃい。背中と足にダメージを負ったんでしょう?」
中狼「いやいや。たしかに、ちょっと乱暴な目には遭ったけど、治癒が必要な程ではないから」
中狼、軽く屈伸。
中狼「この通り、平気だって。だから、上着を」
小華「あら。杖で袋叩きにされたり、門扉に挟まれて押し付けられたりしてたじゃないの」
中狼「小小。余計なことを言うな」
小華「事実じゃないの。自分だけ逃げようったって、そうは問屋が卸さなくってよ」
紅月「中ちゃんの言う『ちょっと』は、当てにならないわね。それなら、なお一層のこと気合を入れて治癒してあげなくっちゃ」
紅月、指を弾いて鳴らす。中狼、その場に崩れる。
中狼「オ、オカシイな。身体ニ、チカラガ、入ラナイ」
紅月、中狼を両脇から抱え、仰向けに寝かせる。
紅月「ハイ、目を瞑って。全身の力を抜いて。……よし。それじゃあ、治癒魔法を掛けるわ」
紅月、人差し指を唇に当て、詠唱。反対の手を、中狼の胸の上に置く。
紅月「エルホールング」
中狼「ぎゃおわぁっ」
――ホッホッ。こんなもので良かろう。小一時間もすれば、ツヤツヤした顔で、ここにやってくるはずじゃ。さて。紅茶を入れる支度でもしようかの。湯を沸かして、陶器を温めねば。はて。茶菓子は、何か、あったかの? おぉ、そうじゃ。箪笥にドライフルーツがあったはずじゃ。それを出そう。
それにしても、アレじゃな。香澳島以外でワシの出番が無いのが、ちょいとばかり寂しいところじゃの。