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彼岸まで  作者: 若松ユウ
一両目「傲慢と高慢の国~A country of pride~」
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#004「ブイ字回復」

@トーマス邸

中狼「このスコーン、香ばしくて絶品だ」

小華「このミルクティーも、甘くて美味しい」

主人「清々するほどの食べっぷりだね。誰も取り上げはしないから、ゆっくり食べると良い」

中狼「店の料理と雲泥の差だ」

小華「本当。途中で投げ出して、引き返さなくて良かった」

主人「外で一度、食べていたのか。不味かっただろう? この国では、外食文化が乏しくてね。どの店も、たまに来る余所者しか相手にしないものだから、企業努力を傾けようという意欲が無いんだ。あんなものは、食事というより、家畜の餌と言ったほうが正しい」

中狼「あの、トーマスさん。こういう質問をするのは気が引けるんですが」

小華「わたしからも、トーマスさんに質問があります」

主人「ひょっとして、我々吸血鬼のことについてかな? ま、遠慮せずに何でも聞きたまえ」

  *

主人「フム。年配層ほど、エスノセントリズムに凝り固まっているからね」

中狼「えすのせんとりずむ?」

主人「自民族中心主義、あるいは自文化中心主義と言い直そうか。自分たちは純潔な血統を引く貴なる種であり、穢れた血は浄化せねばならぬという思い上がりに執着してるのだよ。血縁や地縁によるゲマインシャフトから、より広域のゲゼルシャフトへ遷り変わる過渡期は、とうの昔に過ぎ去り、多様な国民、多様な種族と共に支え合い、協力し、手を携え合う時代であり、目障りなライバルを懐柔しようかと策を弄したり、それとも拳や剣を闘わせて抹消しようかと謀をめぐらせたり、集落や一族で徒党を組んだりするような時代ではないというのにね」

小華「それは、みんな仲良くしなさいということですか?」

主人「その通り。排他主義を、花壇の間引きのようなものだと捉えている老人もいる。育ちの悪い苗を引き抜くという訳だね。大局的視野に基づき、俯瞰的観点から判断した、最大多数の最大幸福だ、という詭弁だよ。人格なき学識を振り回してはいけない。二人は数字じゃない。血が通った生身の命だ。たとえ、育ての親しか知らなかろうとね」

中狼「狭い花壇の中から抜いた苗は、広い野原に植えれば良い」

主人「まったくだね。この小さい国には、寛容さがなさすぎる。国民投票による自由交易協定離脱と、異種族移民差別には心を痛めてるよ。品の無い言い草で申し訳ないが、頭の固い老人がのさばり続け、いつまでもくたばらないのが問題だと思うね。寿命の長い種は、柔軟な頭脳を保つ義務を負うべきなのに、それを果たしていない老人が多いせいで、方々で若者が迷惑を被ってしまう」

小華「長生きなのも、いいことばかりではないんですね」

主人「ウム。他人様の生き方にケチをつけるのもアレだが、資格や免許がないと何も出来ない社会は、不便で無味乾燥としたものだと思うよ。何でもハラスメントとして扱われ、何をしても過激行為と看做される世知辛い社会が、住みよい望ましい形であるはずないからね。ただ、残念なことに、異星人にでも侵略されない限り、この星は一丸とならないだろう。世界統一帝国、国際共同体社会という夢を実現するためには、目前に山積する問題をクリアする必要があるが、利害を一致させる手っ取り早い方法は、共通の忌避すべき敵を用立てることだからね。悲しいことだ」

主人、二人の表情の曇りに気付く。

主人「おっと。未来ある相手に、嘆き節を言うものではなかったね。いま話した内容は、あくまでも、これまでの歴史を踏まえての話だ。変えようと思えば、これからいくらでも変えることが出来るんだ。共に頑張ろうではないか」

中狼「何が出来るか分からないけど、俺、頑張る」

小華「わたしも、頑張る」

主人「その意気だ。もし、支援が必要になったら、いつでも言いなさい。及ばずながら、力添えをするよ」

主人、懐から時計を出す。

主人「いまから馬車を走らせれば、今日中に香澳島に戻れそうだ。空腹も満たされただろうし、約束の品も用意出来ているだろう。駅まで送ってあげるから、こちらへおいで」

  *

@吉国中央駅

中狼「今日は、色々ありがとうございました」

小華「ごちそうさまでした」

主人「またおいで。今度は失礼が無いよう、家令はキツく叱っておくよ。そうだな。ガーリックラスクを食べさせようか。それとも、ブラッドジュースをトマトジュースにすり替えようか。ハハッ。いつまでも子供扱いされて、なめられてばかりもいられない」

♪汽笛の音。

主人「そろそろ窓を閉めないと、煙が入り込む。それでは二人とも、お元気で」

中狼「あの、トーマスさん。最後に一点だけ。年齢を教えてもらっても良いですか?」

小華「わたしも、気になってたわ。おいくつなんですか?」

主人「百五十三歳だよ。まだまだ若造さ」


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