#003「鍋底の苦味」
@ベゴナ
中狼「酸っぱすぎる揚げ魚に、油でギトギトのフライドポテト」
小華「そして、サンドイッチはパッサパサ。食べ物に期待しない方が良いとは言われてたけど」
中狼「ここまで酷いとは思わなかったな。全然、食べた気がしないぜ」
小華「同感だわ。おまけに道は凸凹だらけで、馬車がひっきりなしに通ってるから、危なくて仕方ないわ」
中狼「歩行者のことを考えてないんだろう。早く用事を済ませて、さっさとオサラバしよう。あっ」
小華「どうしたの? あっ」
二人、足を止めて門扉を見る。
小華「手紙の住所は、ここで間違いなさそうね」
中狼「そのようだな。スタンプにある紋章と同じだ。――ごめんください」
家令、門扉を薄く開いて出てくる。
家令「悪戯は、余所でやってもらえるかね? おや、見慣れない姿だ」
小華「はじめまして。トーマスさんですか?」
家令「私は家令だ。主なら、まだお休みになっている」
中狼「起きるまで、中で待たせてもらえますか?」
家令「フン。貴様らのような駄犬を、主の聖域に踏み入らせる訳にいくものか。お引取り願おう」
小華「そこを一つ、お願いします」
家令「断る。どういう教育を受けたか知らないが、礼儀知らずにも程があると思わないのかね? 手土産も持たず、心づけも渡そうとせず、名刺や紹介状もない。挙句の果てに、ノッカーも使わずに通りから大声で叫ぶとは。あっちへ行け。シッシ」
家令、門扉を閉めて戻ろうとする。中狼、片足を隙間に挟み、片手で門扉を抑えて抵抗し、手紙を渡そうとする。
中狼「これ、を、トーマス、さん、に、渡さ、ないと、俺たち、帰れ、ない」
家令、門扉を開ける。
家令「えぇい、シブトイ奴め。そこまで言うのなら、気が済むまで控え室で待つがいい」
*
@トーマス邸
小華「足、大丈夫だった、中中?」
中狼「あぁ、平気だ。帰ってから二日か三日、ゆっくり休めば治るさ」
小華「それなら、良いんだけど」
中狼「心配するな、小小。帰るまでの辛抱だ」
小華「そうね。でも、それにしたって遅いと思わないこと? 時計が無いから、あれから何分経ったのか分からないけど、待たせすぎだと思わない?」
中狼「そうだな。しかも、この国は日の光が一切射し込まない常闇の世界だもんな」
小華「特殊な魔法で、領海と領空を球状のバリアシールドで覆ってるのよね、ここ」
中狼「夜が明けないって、こんなに違和感があるんだな。ハァ。乗り合わせた客に罵倒されるわ、通行人には打擲されるわ、使用人から冷遇されるわで、もう」
小華「じっとしてるとクサクサしてくるわね。国民性が陰湿になるのも、頷ける風土だわ」
中狼「あぁ。早く帰りたい」
主人「物音と体温がするので探してみれば、声と匂いは、ここから発せられてるようだ」
二人、キョロキョロと見回す。
小華「誰の声?」
中狼「どこから聞こえてるんだ?」
主人、蝙蝠から人間の姿に変身し、天井から登場。
主人「やぁやぁ、失敬。この姿なら、よろしいかな?」
小華、中狼の後ろに隠れる。中狼、主人を睨みつける。
中狼「怪しい奴め。俺の眼が光ってるうちは、小小には危害を加えさせないぞ」
主人「もとより、その気はないから警戒心を解きたまえ。そうだ。お近付きの印に、これを渡そう」
主人、ローテーブルに二枚の名刺を置く。二人、じりじりとローテーブルににじり寄る。
中狼「え、嘘だろう」
小華「さっきの人より若いのに」
主人「ハッハッハ。あの家令は、先代からこの屋敷に仕えてるからね」
主人、居住まいを正す。
主人「申し遅れました。トーマス家、第九十六代当主、ダグラス・モンダギュー・ドナルド=トーマスです。どうぞ、よろしく」
中狼「こちらこそ。それより、すみませんでした」
小華「ごめんなさい。まさか」
♪腹の鳴る音
主人「おやおや。長旅で、腹の虫が限界のようだね。話は食後にしよう。ダイニングに案内するよ。ついて来たまえ」