#002「最悪の滑り出し」
@香澳島中央駅
中狼「一号線に停車してる福禄寿号に乗って、あの真っ赤な東橋を渡った先にあるのが、目的地の吉国。グリフォンが描かれた国章や、獅子、孔雀、蝙蝠が描かれた国旗が目印。そこのベゴナって場所で、トーマスって人を訪ねて、この箱いっぱいに紅茶の茶葉を貰ってくるのが、今回の使命。謙譲を重んじる国柄でって。オイ、聴いてるのか、小小」
小華「耳にタコ、イカ、もう一つオマケにクラーケン。わたしが普段、どこで仕事をしてると思ってるのよ、中中」
中狼「逓信局、観光案内係」
小華「そうよ。それが分かっていて、何でパンフレットの解説を聞かなきゃいけないわけ?」
売り子「豆菓子ひとつ、いかがっすかぁ」
小華「二袋ください」
小華、売り子に小銭を渡し、袋を受け取る。
売り子「毎度ありぃ」
中狼「無駄遣いするなよ、小小」
小華「あら。先は長いのよ、中中。きっと、途中で小腹が空くわ」
駅員「まもなく、一号線の列車が発車いたします。ご乗車のお客様は、お急ぎください」
中狼「口論は後回し。早く乗ろうぜ」
小華「言われなくても、そうするわよ」
*
@吉国中央駅
中狼「フゥ。狭いコンパートメントから、ようやく解放されたぜ」
小華「広さだけじゃなくて、違う意味でも息が詰まりそうだったわ。一緒になったあのおばあさん。ご挨拶をしても、お天気の話をしても、体調がすぐれない様子だからと思って窓側の席を譲ってあげても、ムスッと顰め面をしたままだったじゃない」
中狼「しかも、挙句の果てに、逆上されてしまった。向こうから、意味の分からない小言を喰らったもんな」
小華「『あなたがたに、何の資格や免許がお有りなの?』『何の権限があって、あたくしに指図するの?』なんて言われて、不愉快極まりなかったわ」
中狼、通行人にぶつかる。
通行人「どこを見て歩いてるのかね?」
中狼「すみません」
小華「お怪我はありませんでしたか?」
通行人、二人を品定めするように見る。
通行人「ハハン。その奇妙な格好に、他人の怪我の心配をするところから察するに、さては香澳島の住民だな? 種族は、人狼と妖狐といったところか。ここに何しに来た? 我々、神聖な吸血鬼の国に、お前たちのような混血児に居場所は無い。とっとと失せろ」
通行人、中狼を杖で滅多打ちにする。
中狼「イテッ、イッテ。痛いっつってるだろうが」
小華「中中に何するのよ」
通行人「黙れ、小童共め。フン。瞬間治癒もできない劣悪種は、ご苦労様だな」
中狼「この野郎」
中狼、通行人に掴みかかろうとするが、杖で返り討ちに遭う。
小華「何とか二人を止めなきゃ」
小華、ポシェットを開け、中を探る。
小華「えぇっと。役に立ちそうなものは、と。そうだわ。これよ」
小華、袋の豆菓子をばらまく。通行人、杖を止め、足下の豆菓子を数える。
通行人「おや、豆菓子か。一つ、二つ、三つ」
中狼「隙あり」
中狼、通行人を捕まえるが、霧になって逃げられる。
通行人「フフッ、残念だったな。さらばだ」
中狼「あ、コラ。逃がすか。待ちやがれ」
小華、追いかけようとする中狼の腕を引いて止める。
小華「落ち着いて、中中」
中狼「えぇい。離せよ、小小」
小華「頭を冷やしなさいよ。わたしたちは、老師の御遣いで来たのよ? 通りすがりに売られた喧嘩を買ってる場合ではないわ」
中狼、抵抗をやめ、大人しくなる。
中狼「あぁ、そうだった。悪い。つい、血が上ってしまったな」
小華「まだ序盤なのに、嫌な思いをしてばっかりね。でも、いつまでも引き摺って、不貞腐れてる場合じゃないわ。さ。気持ちを切り替えて、あの駅員さんに目的地までの行きかたを訊いてみましょう」